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その1:仮説

第二部、タネ明かし編の開始です。

そんなの有りか?って思われるかもしれませんが、「常識改変」というものに何らかの科学的な理由付けを付与するには、他に手は無いかな、と。

その後も、あたしの不可解なコスプレ生活は続いた。


バニーガールの次に与えられたのは、セーラー服。続いてはスクール水着、さらにゴスロリ、チャイナドレス、果ては何かのアニメのヒロインやら、ひと昔前の集団アイドル衣裳まで。まるで誰かがコスプレカタログを片手に選んでいるかのような非日常的な衣装を着て、あたしは毎日、大学に通い、コンビニで買い物をし、電車やバスに揺られて日常を過ごしていた。


それでも、誰も気にしない。友人も知人も通りすがりの人々も、皆、あたしの姿を“普通の格好”として受け入れている。


――この姿を異常だと思っているのは、あたしだけ。


だからといって、恥ずかしさが消えたわけじゃない。

周囲から「普通」と思われていたとしても、自分自身が異質だと思う感覚まで無くなるわけじゃない。周りの女子たちの姿と、鏡に映った自分の姿を比べて、思わず目をそらしたくなることもある。


だけど……慣れてしまうんだよね。何を着せられても、周囲の反応が変わらないことが続くと、心のどこかで「まあ、いいや」と思うようになってくる。


――恥ずかしさに、慣れてゆく。なんとも形容しがたい、奇妙な日常。


だけど、悪いことばかりじゃない。いいこともある。


なにせ衣服にお金がかからない。下着も、靴下も、靴も、さらにバッグやアクセサリーまで、身に着けるものは何もかも全部勝手に用意されている。

そして着終わったら消えてしまうので、洗濯の必要もない。


そんなこんな丸ごとひっくるめて、あたしはこの奇妙なコスプレ生活を受け入れ、馴染んでいった。


    *    *    *    *    *    *    *


大学を卒業したあたしは、ある大手のゲーム開発会社に就職した。希望していた開発部門に配属され、毎日けっこう忙しいけれど、ゲームという“非日常”を創り出す仕事は、思っていた以上に楽しくてやりがいがある。


そんな日々の中でも、あたしの“奇妙なコスプレ生活”は変わらない。会社にも、毎朝、用意された衣装を身にまとって出勤している。


今日のあたしの衣装は、何回目かのセーラー服。

大学出たての20代前半という年齢的には…痛い、という程ではないと思うけど、やっぱりコスプレ感というか非日常感というか…違和感は拭えない、と思う。


こんな格好で電車に乗って、オフィスに入って、会議に出る――

にもかかわらず、誰ひとりとして気にすることもなく、あたしの恰好を「普通」として受け入れている。


それでも、ひとつだけ――これは正直、かなり閉口していることがある。


とんでもないミニ丈。前から見ると股下10センチあるかどうか。ということは、後ろから見たらお尻ぎりぎり。少しでもかがんだらお尻丸出し。おまけに生地が薄くて裏地も何故かついてないから、ちょっとした動きでも、ふわっとスカートの裾がめくれ上がる。


お陰で、歩くだけでも一苦労。少しでも歩幅を大きく取れば、布地が腰のあたりまで跳ね上がってしまいそうになる。ちょっとした風が吹けば一発でめくれあがって、パンティが丸出し。


露出度でいえば、もっと露わな衣裳を着せられたこともある。水着、それも大胆なビキニ姿の日だってあった。それに比べれば、この衣裳はかなり露出度は低い。上半身に限って見れば、ごく真っ当な?セーラー服。腕も胸元も、しっかりと覆われている。


だけど、上半身はしっかりと覆われているのに下半身だけ……しかも常時露出ではなく、チラチラと見えるか見えないかっていう状況が、何故か余計に恥ずかしい。


いっそ最初から全部丸見えの方が諦めがつくというか、割り切れるというか……なんとなく受け入れやすいと思ってしまう。ちょっと不思議だけど。


そんなわけで、あたしは四六時中、気が休まる暇がない。

さっきも――


「あ、ユカリさん、ちょっといいかな?」


先輩に呼び止められて軽く振り返った拍子に、ふわっとスカートの裾がめくれ上がった。露わになった太腿に冷たい空気が触れ、思わず手を伸ばして抑える。


(今の、絶対見られたよね……)


先輩の顔を見ると、視線はしっかり下半身に向けられてる。「鼻の下を伸ばす」とはこういうことを言うのだろう、うっすらと笑みを浮かべている。


以前だったら、どんなに露出度が高い恰好であっても、周囲の人は「普通の服を着ている」という認識でいてくれて、見えちゃいけないところが露わでも、見えていないかのように誰も気にしなかった。なのに、この超ミニスカセーラー服になってからは、そうじゃなくなっている。見えていることがしっかりと認識されている。


だったら、驚くとか、目のやり場に困るとか、そういう反応を示すのが自然だと思うのだけど、なんというか…あたしに限って、見せても良い、見ても良い、という認識になっているみたい。


だからと言って「見られてもかまわない」と開き直れるかというとそうもいかない。一度開き直って、堂々とスカートを翻して歩いていたら、同期の子に「注意力散漫になってるみたいだけど…疲れてる?」って真顔で心配された。見られてもかまわないのだけど、見られないように注意してなきゃいけないらしい。なんとも理不尽。


この世界、ただひたすら、あたしの羞恥心を高めるためだけのルールが設定されているみたいに思えてならない。


(やっぱりなんか不自然なんだよね…このルール……)


今更だけど、この世界で「あたしだけ」に適用されている“ルール”が奇妙に思えてきた。一定の法則なり原則があるように見えるけど、細かな所で矛盾があったり、取って付けたような不自然さや強引さが垣間見えたりする。


(後付けというか、ご都合主義的というか……なんかエロゲーの設定みたい)


なんて言うと、エロゲー開発者に怒られそうだがそうでもないらしい。実際にウチの会社のエロゲーの開発部隊の責任者に聞いた話だ。


「エロゲーの設定は感覚が大事。ヌけるかどうか、が重要であって、リアリティとか理屈はどーでもいい。」


そう力説するプロジェクトリーダーはなんと女性。エロゲーの仕事は、理屈にこだわる男性よりも、感覚を重視する女性の方が向いている、というのが上層部の考えなのだそうな。


(あたしがエロゲー部門に配属されたら、この経験を提案してみようかな…)


いや、いくら何でも、不自然すぎるって却下されるか。


先輩との事務的な話を終えて自席に戻る。座るときには、スカートの背中側を手でそっと押さえて、なるべくお尻が露わにならないように工夫してる。でもその手つき自体が妙に目立つ気がして、かえって恥ずかしい。


(……やっぱりオフィスで超ミニスカって、落ち着かない……)


椅子の座面にお尻が直接触れ、ひやりとした感触が肌に伝わる。

脚を組んだりしたらスカートがずりあがって何もかも丸見え。しっかりとスカートの布地を太ももで挟むように両脚を閉じて座っていなきゃいけない。


そんな被害妄想に近い不安を感じながらも、デスクのワークステーションに向かう。

でも、視線がどうしても手元のキーボードではなく、自分の膝に落ちてしまう。


(もう少し……もうほんのちょっとでも足を開いたら、中が見えるよね……)


思わず両膝をぎゅっと閉じる。


休憩時間になると、同期の子達と一緒に最上階のカフェスペースへ。エレベーターを使えばいいのに、なぜか階段が人気。


だけど、階段は地獄。

特に、後ろを男性社員が歩いているときはもう……気が気じゃない。


(お願いだから、見上げないで……)


一段上るたびに、スカートの裾がふわりと浮く。

せめて少しでも抑えようと、手を後ろに添えるが、そんな仕草もまた目立つ。


そんな毎日。


    *    *    *    *    *    *    *


そんな日々の中でも、社会人一年目として仕事はしっかりやっている。


今あたしが関わっているゲームは、《グランド・リム:第四紀の継承者》という、オープンワールド型RPG。広大なフィールド、様々な種族、魔法と剣が入り乱れる世界観。そんな重厚ファンタジーの中で、あたしに任された仕事は、「服を着てないプレイヤーに注意する機能」の実装だった。


「男性なら腰装備、女性なら腰と胸装備を装備していないと、周囲のモブNPCが“服を着ろ”って注意するようにしてね」


そう指示してきたのは、開発リーダーであり、あたしの教育係でもある中年の先輩プログラマーだった。無精髭とコーヒーの匂いが染みついたシャツがトレードマークで、目の下には常にクマ。優しいけど、ちょっとクセがある。


「あの…この機能、何のために必要なんですか?……裸かどうかなんて、言われなくっても見れば分かるじゃないですか。もしかして厨二病プレイ対策とか?」


目的が理解できないまま実装するな、が先輩のモットー。だから遠慮せず訊いた。


「うん、それもあるけど……実はこのゲーム、VRにも対応予定なんだ。で、VRだと自分の姿が画面に表示されないから、裸だったとしても気づきにくい。で、うっかりそのまま出撃しちゃうと……」


「……全裸でドラゴンに立ち向かって秒殺、ですね」


「そう。そういうマヌケな事態にならないように、っていうのが一番の目的。出来たらメールで連絡して。じゃ、よろしく。」


このあたしが「ちゃんと服を着ろ」システムを実装してるなんて、なんか皮肉だよね……なんて思いながら、あたしは黙々とコードを書いていった。

このコスプレ生活が始まったばかりの頃、Tシャツとデニムを着たあたしを注意してくれた、あの近所のおばさんの顔を脳裏に浮かべながら。


ロジック自体は単純だ。プレイヤーの装備をチェックして、男性なら腰の装備、女性なら腰と胸の装備がなかったら、裸と判定。一定範囲内で最も近くにいるモブNPCに注意ボイスを再生させる。それだけのはず。


テストでも問題なく動いたし、あたしはそのまま完了報告のメールを先輩に投げた。


「ふー……完了」


ゲーム全体から見れば些細なプログラムだけど、それでも自分で作り上げたものが、世の中に出てゆくという感覚は胸躍るものがある。


肩を回してひと息ついたころ、ディスプレイの横にぬっと顔を出してきた先輩が、難しい顔で言った。


「ユカリさん……この実装、ちょっとバグってるかもしれない」


「えっ?」


「鎧はちゃんと判定されてるんだけどね、服を着てると……裸って判定されちゃう」


(服を着てると”裸”って……それって……!?)


驚愕するあたしに、先輩は手元のラップトップでバグを再現して見せてくれた。


「ほら、普通の服を着てるプレイヤーが村を歩いてると、周囲のNPCに『おい、裸じゃないか』ってツッコまれちゃってる」


あたしは、背筋がすうっと冷える感覚を覚えた。まさかこれって、あたしと同じ?


「もしかして、クローゼットに用意されていた衣裳を身につけてないと、裸として扱われちゃうってことですか?」


クローゼット、という言葉に先輩はキョトンとした表情になった。

もしかして、この世界の奇妙なルールがゲームの中にまで!って思ってしまったけど、そうじゃないらしい。


「クローゼット?……何それ?……ああ、もしかしてデータタイプの事を言ってるのかな。だったら正解。鎧と服ではデータタイプが違うんだ。」


「えっ、鎧と服って違うんですか?」


「うん。君の研修教材に使った前作《センチュリオン:第三紀の動乱》では、鎧も服も同じデータタイプが割り当てられていたんだけど、本作からは鎧と服はそれぞれ別のデータタイプを使うようになったんだ。服の上に鎧を重ね着できるように、ってね。これは僕がちゃんと説明しなかったせいだから、君のせいではないよ。」


「あ、でも、私がこの服でテストしたときは問題なかったはずなんですけど……」


あたしは自分がテストしたときのキャラを画面に呼び出して先輩に見せた。簡素なチュニックだけど、周囲のNPCから裸扱いはされてない。


「なんだって?……いや、なるほど。この服は”鎧”だね。」


「えっ?こんな鎧があるんですか?」


「いや、これはグラフィックが間違ってるんだ。だから服に見えるけど、データ的には鎧なんだよ。ほら、画面のアイコンは鎧になってるだろ?」


「ほんとだ……」


「システムにとって、見た目は全く関係ないんだ。データしか見ないからね。ほら、君が書いたコードも、見た目で裸かどうかを判定したわけじゃないだろ?」


あたしは苦笑いを浮かべるしかなかった。


「それじゃあ、全裸判定時に、鎧と服の両方のデータタイプでチェックすればいいんですよね?」


「うん、それでOK。すぐできる?」


「大丈夫です」


先輩が満足げに頷いて席に戻ると、あたしは再びキーボードに向かった。


    *    *    *    *    *    *    *


五分とかからずコードを修正し、ビルドを回してテストプレイ。鎧はもちろん、チュニックやローブを装備して歩かせても、NPCは「服を着ろ」と怒鳴らないことを確認。念のため、ログも確認…問題なし。コードをリポジトリにチェックインして先輩に報告し、OKをもらったら完了。


ささやかながらもひと仕事終えた気分で、椅子の背にもたれた時だった。


――服を着ているのに裸扱いされるバグ。


さっきまでの笑い話が、ふっと背筋を冷やす。

さっき自分が書いたバグ――“服なのに裸判定”――は、この世界で起きている不可解な出来事とあまりにもよく似ている。いや、それはまさに、いまのあたしの日常そのものだ。


メイド服、バニーガール、セーラー服……あたしが何を着ていようと、世間は「普通」だと言い張る。逆に、Tシャツにデニム姿だと、咎められる始末。


それは、まるでプログラムの判定ロジックが狂っているみたい。


(でも、現実はゲームのプログラムじゃないし…………あっ!)


その瞬間、頭の片隅で眠っていた記憶が不意に呼び起こされた。大学時代、一般教養の哲学の講義で教授が語っていた話――


――シミュレーション仮説。


あたしたちが知覚しているこの「世界」が、実は、非常に高度な文明によって作られたシミュレーション〈仮想世界〉である、という仮説。


そんな馬鹿な、と訝るあたしたちに教授は問いかけた。「もし未来の文明が高性能なコンピュータとシミュレーション技術を持ち、自分たちの世界をそっくり再現した仮想世界を作り出したとしたら、その仮想世界の中の人たちは“自分が仮想世界にいる”と気づけるだろうか?」と。


答えは否、だ。気づけるはずがない。


「だとしたら、その仮説が正しいかどうかなんて証明しようがない」そう反論する学生に、教授はこう続けた「その通り。だがしかし、確率的に語る事は出来るのだ。その可能性は非常に高いと。そう主張したのが高名な哲学者であるニック・ボストロムだよ」と。


ボストロムの主張を簡単に言うと、以下の3つのうちの「どれか一つ」が真である、というものだ。

(1) 全ての文明は、仮想世界を作り出せる段階に達する前に滅びる

(2) 仮想世界を作り出せる段階に達したとしても、何らかの理由で一切実行しない

(3) ひとつ又はいくつかの文明が、既に仮想世界を作り出し実行している


この地球だけを見ても、ゲームや研究用途での小規模な仮想世界が星の数ほど動いている。技術の伸びを考えれば、それらもいずれ “現実と区別がつかないレベル” に到達するのは時間の問題だ。まして宇宙には無数の星々がある――先行する文明が既にその段階に達していてもおかしくない。


となれば、(1) も (2) も「宇宙のすべての文明が同じ選択をする」という極端な前提に頼らざるを得ないわけで、それが成り立つ可能性は限りなく低い。


従って、消去法で残るのは (3)。

その場合、“現実世界”より“仮想世界”の方が桁違いに多いことになる。仮想世界の中でさらに仮想世界が作られ、さらにその仮想世界の中で仮想世界が作られる…という連鎖も考えれば、その数はほぼ無限――だとすれば、あたしたちも仮想世界の一つに暮らしている確率の方が高い……という、逆転の帰結が導かれるわけだ。


別の授業、理論物理学の基礎講義でもシミュレーション仮説について余談交じりに紹介してくれてたっけ。量子力学における、常識を裏切るような不思議な現象の多くが、シミュレーション仮説を前提にすると説明できる、と。


例えば――

・観測問題:電子や光子は観測するまでは曖昧な“波”で、測った瞬間だけ位置や速度が定まる。それはまるで、必要なときだけ高解像度テクスチャを読み込むゲームのストリーミング描画のように思われる。

・プランク長という最小単位:測定可能な長さや時間に最小単位が存在する(それ以下は測定できない)という事実は、まるでゲーム画面におけるピクセルサイズのように見える。

・光速の上限:速度に上限が存在するのは、CPUクロックの制限や通信バスの帯域上限のようにも感じられる。

・量子ゆらぎ:計算資源を節約するため「見られていない場所は粗い解像度で描画」「同時に高負荷なイベントを起こさない」――そんなゲーム開発の小技が、量子ゆらぎのふるまいに重なる。


……例をあげればきりがない。


ここまでは、哲学上の話、または単なる思考実験に過ぎない。

殆どの人にとっては、この世界が現実なのか仮想なのかということは、日々の暮らしには何の影響もない。まあ、死後の世界とか生まれ変わりとかを信じる根拠にはなるかもしれないけど。


だけど、あたしは違う。この世界で、あたしだけは、他の人と違った現象、違ったルールが適用されている。


それはつまり――あたしはこの世界のモブキャラクターじゃないということ。この世界を作り出した〈開発者〉に直接操作または観察されている存在――ゲームで言うところのPC〈プレイヤーキャラクター〉なのだ。


もし、だれかが、衣装関係の設定を書き換えるプログラムを開発していて、それを、あたしだけに適用していたとしたら?


メイド服

バニー

セーラー服

・・・


有り得ない話じゃない。現に、あたしの会社が開発しているゲームにも、ユーザーが自由にプログラムを作成してゲームをカスタマイズするツールが公開されているし、それを用いて世界中のユーザーが”MOD“と呼ばれるオリジナルのシナリオやアイテム、ゲーム設定の改変プログラムを作成し、公開している。


そしてそのMODの中には、元のゲームの世界観を無視してエロゲー世界を実現するような、エロMODと呼ばれるものも少なくない。っていうか、そっちの方が多い。


そう考えた瞬間、背筋が震えた。

けれど――妙に腑に落ちてもいた。


これまで説明のつかなかったすべての現象。

――自動的にクローゼットに衣裳が用意され、着終わった衣裳が消滅する仕掛け。

――裸同然の衣裳でも、周囲の人が違和感を持たないロジック。

――逆に、普通の服を着ると、裸同然と判定されてしまうロジック。

――ご都合主義的に、周囲の人の反応が変わってゆくシナリオ。

どれも、容易に想像がつく。もし今、開発中のゲームに「同じ機能を組み込んで」って言われたら、入社一年目のあたしでも簡単に実装出来ると思う。


仮説は、確信へと変わった。


あたしは思わず立ち上がり、ディスプレイに映り込む自分を見つめた。超ミニ丈のセーラー服。むき出しの太もも。


――なぜ、こんな格好しなきゃいけないのか?


何のことはない。エロゲー世界のヒロインなのだから。

エロゲーやってる人に「なんでこんなことするの?」って聞くのは愚問。どうやったら止めてもらえるか、なんて考えるだけ無駄。


そんなことよりも、もっと知りたいことがある。


(……この世界がゲームだとしたら、そのソースコードがどこかにあるはず!)


そう思った瞬間、胸が高鳴った。自分の世界のコードを覗きたい。できることなら、〈開発者〉として、コードに触れてみたい――それは、技術者を志したあたしの本能とでもいうべき欲求。抑えられるはずがない。


(……でも、どうやって?)


もし、この世界が本当にゲームの中だとしたら――その設定も、ソースコードも、きっと“外側”にある。宇宙の果てに行こうが、ブラックホールを越えようが、そこには届かない。


コードを書き換えられるのは〈開発者〉──あたしを観察している誰か──だけ。

……そう考えたとき、胸の奥に小さな火花が弾けた。


――呼びかけてみよう。


もしかしたら、面白がって返事をくれるかもしれない。その人が技術者の魂を持っている人ならば、予想外の事象を無視できないはずだ。絶対に。


モニターに映るセーラー服姿のあたしが、決意を湛えた目でこちらを見返していた。


    *    *    *    *    *    *    *


深夜。あたしの部屋。

パソコンの電源を落とし、部屋の灯りを最小限にして椅子に座る。妙な緊張で心拍が速い。けれど、この奇妙な世界をまるごと受け入れた今、怖さよりわくわくが勝っていた。


「ねえ、聞こえてる?」


まずは普通に声を出してみる。

壁に向かって、自分にしか聞こえないくらいの小さな声。


「開発者さん。そっち側にいるんでしょ?あたしを見てるんでしょ?だったら返事してみてくれない?ねえ、ちょっとお話したいんだけど!」


だが、壁も天井も静まり返ったままだ。

まあ、そりゃそうだ。


――でも、やるだけやる。


部屋の真ん中に立ち、大きく深呼吸。

そして、電波系と紙一重の行動に出る。


「開発者さん!あたし、ユカリ!あなたにお願いがありまーす!

もし聞こえていたら、どんな形でもいいからサインをくださーい!

キーボードが光るでも、電気が瞬くでも、なんでもいいから!」


叫び終えても、部屋はただ、深夜の静けさをたたえている。

エアコンのファンが低く唸っているほか、音らしい音もない。

五分、十分……時計を眺めて待ってみたけれど、ノイズひとつ起きない。


――だめか。


さすがに肩の力が抜けた。


「まあ、そう簡単には応えてはくれないか」


苦笑しながらベッドに潜り込む。


心臓はまだ少し速いままだけど、セーラー服を脱いだ体がシーツに触れると、汗ばんだ肌に心地いい冷たさが広がって、急に眠気が降りてきた。


(次に目を覚ましたとき、何かが変わっていたら――いいな)


半分冗談、半分本気でそんなことを考えながら、瞼を閉じる。

無音の天井が、次第にぼやけていく……

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