お馬鹿王子が婚約破棄をした
「スティア。君との婚約を破棄する」
卒業式の答辞にいきなりお馬鹿で評判の我が婚約者が名指しで言い出した。
「いきなり何を……」
この方は奇抜なことをするとは思っていたけど、最近の流行りの小説の真似事までするようになったのか。
というか……。
(本を読むのも毛嫌いしていたのに流行りものだからと言ってきちんと読んだのですね)
その成長にホロリと感動してしまう。
「理由を聞きたいか。当然か。――お前は俺に相応しくないからだ!!」
婚約者の隣には最近話題になっている男爵令嬢に婚約者の側近――婚約者は王子なので将来を見据えて側近が常に傍に控えている。
壇上にいる勝ち誇った顔をしている男爵令嬢に側近たち。呆れつつも傍観者に徹している舞台下の方々。その間で階段の所で控えているわたくし。
「相応しく……」
「考えてみろ!! 各国の言語30以上話せて、通訳もほとんど必要としていない。最近では少数民族の方言まで覚えようと努力家で、書類仕事も公務もしっかり行い、王子妃教育にも音を上げない。そんな素晴らしい女性がお馬鹿で有名なこのナルシスの婚約者などと。勿体なさ過ぎだろう!!」
王子の発言に誰もが疑問符を浮かべる。何でここで破棄する相手を持ち上げるの。いや、勿体ないって言ったよね。
「あの……ナルシス殿下……」
「ましてや、女のくせに出しゃばってと悪態を吐く側近を窘められず、言い負かされている自分や、明らかに女子を見下しておつむの弱い女性を王子に紹介して自分たちの傀儡にしようとしている側近に使い潰される未来しか見えない王子の婚約者など君には似つかわしくない!!」
後ろの側近が動揺しているのが舞台下の面々にしっかり見える。男爵令嬢などおつむの弱いって何なのよって文句を言っているが。
「君は僕なんかの婚約者に相応しくない。君には隣国の王族に嫁いで能力を発揮するか、優秀で評判の弟の婚約者に相応しい!! だから婚約破棄だ!!」
「聞き捨てなりませんわね」
最初の言動に呆気に取られていたけど、そろそろ反論させてもらっていいだろう。
「貴方の弟のエラン殿下は優秀と評判ですが、彼は身分の弱い者たちの手柄を脅して奪い取る卑怯者ですよ。現に家族に危害を加えられたという報告が何回か握り潰されていました。あと隣国の王族に嫁いだらいい大義名分だとばかりにこの国が攻められて滅ぼされます。民が戦禍で苦しむような状況をおつくりになるつもりですかっ⁉」
「そっ、それは駄目だっ!!」
慌てて止める婚約者に向かって微笑んで、
「わたくしに相応しいと決めるのはわたくしです。そんな愚かな発言をいかにも正しいことだと囁いた側近は貴方を真に理解していないだけです。はっきり言って、側近たちが貴方に相応しくありません!!」
そんな存在を側近と呼ぶのも間違っている。
「ナルシス殿下。確かに貴方はお馬鹿と言われて評判は悪いですが、誰よりも民を想い、わたくしが優秀だから手放すという判断で自分の評判を落としてもいいと思えるようなお方です。そんな貴方だからこそわたくしはお側で支えたいのです」
まっすぐなお馬鹿さん。でも、それは自分の利益を考えないで誰かの幸せを考えているからこそのお馬鹿なのだ。
「どうせ、自分が処分されても自分の問題のある側近を巻き込めればいいと思ったのでしょう」
困った人だ。だからこそ。
「婚約破棄はしません。――わたくしはナルシス殿下を愛していますので」
大きな声で宣言すると婚約者は泣きそうな顔でこちらを見てくる。
全く、相変わらず放っておけない人だ。まあ、でも。
「ナルシス殿下を唆した方々は処分しないとね」
彼らはわたくしを邪魔だと思って行動を起こしたのだろう。だけど、こんな方々にわたくしの可愛いお馬鹿な婚約者を制御できると思っているのでしょうか。
まあ、婚約者に他の女を紹介しようとした輩も王子妃の座を狙えると思ったおつむの弱い男爵令嬢も処分するいい理由になったわ。
それに、わたくしの愛をしっかり見せつけられるし。
そんな打算もあって愛するお馬鹿な婚約者を思いっきり抱きしめたのだった。
自分に(自分下げして)相応しくないという王子を書きたかった。