第二王子と聖女
王子と聖女の登場。
予想だにしない展開により、舵は完全に二人に握られていた。
「おい、男。なぜ、お前は守るべき民に手を掛けようとしているのだ?」
「で、殿下……。そ、それは」
「身分に差はあれと、我が国の大切な民に変わりはない。そうであろう?」
勇ましい言葉を言うリアム・ティルタニアの手は、なぜかメルクの手を大切そうに握っている。
ただ手を繋いでいるだけならともかく、どうにも目が行くぐらいにギュッと愛おしそうにしているのは気のせいだろうか?
そして、それとなくメルン・ホーエンベルクの手と身体が避けようとしているのは、果たして気のせいなのだろうか?
騎士団長は、第二王子が色恋に目覚め片想いをしているのかと納得をした。
「殿下、今この者も申す村への救援を集めている最中でございました。その秩序を乱す言動につき――」
「――秩序などと、軍を指揮すべき人間が持ち場を離れているクセに言ってくれるな。貴様では話しにならん。エルダー伯爵を呼べ。今すぐだ」
「……はっ。ただちに」
貴様では話しにならんと言い放たれた騎士団長は、己のプライドからつい逆上しそうになった。
しかし、文字通り王族とは身分貴賤における格が違う。
公侯伯子男騎の爵位ではなく、宮廷階位における身分差で現せば、王が一位。
次代の王となる王太子が従二位上。王族が二位下となり、国家の大臣級が三位と続いていく。
ギリギリ王の前に顔を出す権利が与えられているような、従七位の貴族私兵団騎士団長など、許可無く口を開くだけで不敬罪に問われてもおかしくない。
それが身分差や血筋がものをいう貴族社会、封建社会というものだ。
「クーデターさえ、成功すれば、あのガキなど……。たった二人、伯爵閣下へ進言して消すか?」
領主の城へと早歩きで向かいながら、騎士団長は己のプライドを傷付けた二名への復讐を考えていた――。
それから、数十分が経過した。
近衛兵四名を引き連れた騎士団長とエルダー伯爵は、急ぎ城門前に待たせているリアム・ティルタニア第二王子と、メルク・ホーエンベルク聖女の元へ駆けつけた。
「殿下、聖女様! お待たせいたしました!」
脂汗を流すエルダー伯爵は、片膝を付いてリアムに礼を尽くす。
それに対し、リアムは極めて冷たい視線を――汚物を見る視線を向けた。
「……私も舐められたものだな。よもや、このような野で何十分も待たされるとは」
ここで、騎士団長は胸がドクンと跳ねた。
尊き身分の方へ、然るべき場所で茶や菓子を振る舞うでもなく、立たせて待たせてしまった。
こんなもの、不敬中の不敬。
焦りすぎて遂、失念しまったのだ。
混乱の中、頭をグルグルと回した騎士団長は、視線を門衛へと向けた。
「……我が部下、城兵の気が回らず殿下や聖女様へご不快をかけてしまい申し訳ございませぬ。この者どもには、後々然るべき処分を――」
「――黙れ」
幾分か低音になった声で、リアムは声を遮った。
「責任を取らず守るべき部下へ責任を押し付ける上など、不要だ。そうであろうエルダー伯爵?」
「は……っ。まさに仰る通り! さすがは殿下! 私も含め、後に不敬に対して然るべき罰を司法の元で受けさせていただきまする!」
伯爵がチラリと騎士団長へ視線を向け――意味深に瞬きをすると、騎士団長は小さく頷きながら『失礼をいたしました。私は牢にて沙汰を待ちます』と場を去った。
王子と聖女の視界に入らなくなった所で、騎士団長はニヤリと悪辣に口角を上げる。
「軍を動かし、すぐに殺してやる。大丈夫だ、兵士には身分を明かさなければ噂が広まることもない。何故、ここにいるのかは知らぬが、道中に遺体を捨ててくれる!」
未来の光景を明確に想像し、騎士団長は黒い思惑を抱えながら軍の指揮へ向かう。
同じ頃。
リアム・ティルタニアとメルク・ホーエンベルクは、不快な表情を浮かべていた。
「エルダー伯爵へ命じる。今すぐ、ワルグ村とやらへ兵を向けよ。既に十分な兵が集っていることは確認している」
「今すぐ、ですよ。お願いします」
リアムは怒る表情とは裏腹に――メルクの手をにぎにぎして怒りを発散。
メルクは、早急に状況を打破せよと不快を露わに、どこか必死すぎるぐらいの形相で訴えかけていた。
「今すぐは、少々……。伯爵として、多くの兵の命を預かる身でございます。直に十分な兵が集いますので、いましばしのご辛抱をいただけますと――」
「――そういえば、途中で傷付いた魔族を保護したな。この近隣の王家直轄領にて勉学へ励む一環、その巡回中のことだ。私と王国正規軍は、こちらで起こっている異変を察知し既に軍を動かしている」
王国正規軍――まさに、国中のエリートが集う桁違いの戦闘力を持つ集団。
そんな存在が、軍列を整えエルダー伯爵領へ向かっている?
いや、魔族を利用して王家へ反逆を企てたことすら尋問されているのか!?
あの権力に弱いコビー・ウルドたちなら、有り得る!
戦慄して絶句しているエルダー伯爵の耳に、数百の騎兵が近寄ってくる蹄鉄の音が響いてきた。
それは、伯爵には絶望の音に聞こえた――。