登場!
突如として現れた、伯爵の右腕。
エルバー伯爵を支え、軍の実質的運用の最大権力者の登場に、門衛は驚愕が隠せない。
兵士の中でも下っ端である門衛からすると、顔を見たことすら殆どない。
「なぜ、ここに!? 兵を率いているはずでは……!」
金に物を言わせた輝く鎧に身を包んだ渋い男――騎士団長は、厳めしい目を向けながらガシャガシャと鎧の音を鳴らし歩み寄る。
威圧敵にも聞こえる、戦場を思わせるような音に、門衛や村人は震えあがった。
「寄子の貴族の兵が集まるまで、待機なのだ。領都の様子を伯爵閣下へご報告すべく見廻っていたら……よからぬ話し声が耳に入ったのでな?」
顔を青ざめた門衛が慌てて礼を取るが、緊急時に門を通そうとしたのを咎められている言葉に汗が顔を埋め尽くす。
不機嫌そうに眉間を寄せた騎士団長は、虫を見るような目を土下座する男へ向けた。
「私は伯爵閣下直属の騎士団長。畏れ多くも陛下へと面会が許可される宮廷階位従七位上を持つ身分だ。そんな私に、ただの村人が何か用か?」
有無を言わさぬ威厳。
宮廷階位とは、爵位を持つ者や騎士――この場合は、王国騎士ではない。
地方領主が任じることが認められる極一部の例外だ。
国王の前に立てるのは、この宮廷階位を持つ者のみで、それだけで広大な王国では強大な権力を発揮する。
「み、身分などの難しい話は分かりませんが……。ワルグ村を、我らの村を守ってくれている子供を救ってくだされ! この通りでございます!」
「ほう……。首が飛ぶ覚悟は良いな?」
追いこまれた人間とは強い。
土下座した村人は、死ぬのが早いか遅いかの違いだと、最後まで頭を血に擦りつけ続ける。
月の光を照り返す剣が抜かれ、天へ掲げられる。
門衛が目を閉じ顔を背けると――。
「――止めよ」
幼くも凜とした声が、夜闇に澄み渡り響いた。
その声には、思わず騎士団長の剣を握る腕さえ止めてしまうような魅力がある。
振り下ろそうとしていた剣を降ろし、騎士団長が声のした方を振り向く。
すると、明らかに高価で身分の高いと分かる服装やマント、シスター服へ身を包み、見事な白馬に相乗りしている幼い男女が目に入った。
突如として現れた高貴そうな正体不明な人物へ、戸惑う騎士団長は対応に戸惑う。
「そ、そなた達は何者ですかな?」
間違いなく、貴族の子女以上だろう。
この辺りに、高位の貴族がいただろうかと思考を巡らせていると、騎士団長の眼前へ堂々と近付いてくる。
少女が微笑みながら、先に口を開く。
「私の名前は、メルン・ホーエンベルクと申しますわ」
「なっ何ですと!?」
最近、風の噂に聞こえた人物の名前を思い浮かべ、騎士団長は驚愕に目を見開く。
「私の名は、リアム・ティルタニア」
その名乗りを聞いた瞬間――騎士団長は手から剣をズルりと落とした。
ガランガランと音を立てる剣に見向きもせず、騎士団長は声を絞り出す。
「――聖女様に、第二王子殿下……っ!」
これからクーデターを起こそうとしていた王都にいるであろう最大権力者側。
ピリピリとした空気が、完全に二名の登場に主導権を握られた――。