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外から馬の蹄の音がしたかと思うと、小屋の扉がノックされた。昨晩白麗から伝えられたお世話係の人かも。瑠奈は扉を恐る恐る開けた。
「こんにちは……」
扉の外には、瑠奈よりも若干背の高い黒髪の男性がいた。
声をかけたのに瑠奈と視線が合わない。男性は地面をじっと見ている。
(あれ………?白麗さんとキャラが違うな)
昨晩会った白麗はまさしく陽キャだった。出会ってすぐ軽口を聞いてきたし、女性慣れしていた。見た目の良さも相成って、とても華やかな人だった。
この異世界の人間はみんな白麗さんみたいなタイプだったらどうしようかと思っていた。だけど、この人は…。
格好が謎すぎる。素顔を隠したいのか、口と鼻を抑えるように白い布を巻いている。
しかも、瑠奈の挨拶に無反応である。
(もしかしたら、コミュニケーションを取るのが苦手なタイプかな…?)
それならばこっちから積極的にコミュニケーションを取っていかないといけない。瑠奈は再度挨拶することにした。今度はもっと大きな声で。
「こんにちは〜!初めまして〜!」
「うっ……………………!!」
ようやく男性と目があったと思ったら、男性は苦しそうな声を上げた。男性の手から籠が落ちる。
男性は慌てた様子で口元に巻いていた白い布を取り外し、帯から小袋を取り出した。小袋の中から錠剤のようなものを手に取り、勢いよく飲み込んだ。
「えっ……………?大丈夫ですか?」
「………………いきなりすみません、大丈夫です……」
男性は深い深呼吸を繰り返し、苦しさが落ち着いたのか返事をした。瑠奈と初めて視線が合う。
(この人もイケメンだ……)
紫色のつぶらな瞳が印象的だ。肌も白く、この人もアイドルとして活躍できそうなくらいの容姿をもっている。
年齢は瑠奈と同じくらいだろうか。
よくよく見たら男性の顔色はまだ悪い。瑠奈は男性の落とした籠を拾い上げ、小屋の中に入ってもらった。
「先ほどはすみませんでした。白麗の代わりにあなたのサポートをするために来ました。僕は、星輝といいます」
「私は瑠奈っていいます!よろしくお願いします!」
「瑠奈さん、その格好は……?」
瑠奈は昨晩からTシャツとショートパンツを着ている。明るめの茶髪は高めのポニーテールにしていた。
「白麗さんにも不思議な格好だねって指摘されたんだけど、変かな?」
「我が国では珍しい服装ではありますが、あの………露出が少し激しめでは………」
瑠奈を見つめる星輝の顔が見る見る真っ赤に染った。そんなに過激な服装だっただろうか。白麗はそこまで気にしてなかったけれど。
星輝は黒色の羽織を脱ぎ、瑠奈に手渡した。
「良かったら着ませんか……?僕が着ていたものなんて嫌かもしれませんが、風邪をひいたらいけませんし……」
「え?いいの?ありがとう!」
少し肌寒さを感じていた瑠奈は、受け取った上着を羽織った。羽織からふんわり甘い香りがする。肌触りも良くて、着心地がいい。
星輝は、凄く嬉しそうな表情で瑠奈を見つめている。
「瑠奈さん、ご飯召し上がりませんか?」
「昨日から何も食べてなくてお腹空いてたんだよね……ありがとう!こっちで食べよ?」
瑠奈は星輝を食卓に案内し、向かい合わせで座る。星輝が持参した籠の中から三段のお重、箸と竹製の水筒を取り出し、瑠奈の前に置いた。
「瑠奈さんのためにお持ちしたお弁当です。お口に合えばいいのですが」
「星輝さんは?一緒に食べないの?」
「ここに来る前に僕は済ましたので、大丈夫ですよ」
自分だけ食事することに若干の心苦しさを感じたが、瑠奈は星輝のお言葉に甘えてお重を頂くことにした。
異世界だからどんな料理が出てくるかと身構えたが、日本で目にしてきたおかずにそっくりで、味も良く、箸が進む。
「美味しい〜!星輝さん、ありがとう!!」
「……………っ!瑠奈さんのお役に立てて何よりです」
瑠奈の笑顔を見て、星輝はまた頬を赤く染めた。
「瑠奈さんは聖女として、この世界に呼ばれました。ですが、聖女は特に何もしなくて良いのです」
「えっ……?何もしなくていいの?」
「そうです。貴女がいるだけで、この世界の悪が大人しくなります」
食事が終わった瑠奈に、星輝は小屋に来るまでに考えた作り話を語る。瑠奈に余計な負担は与えたくない。
「良かった〜。昨日白麗さんに聖女の役割を聞いても教えてくれなかったから、どんなに大変な役割かと不安に感じてたんだ」
「白麗の不手際、誠に申し訳ない。瑠奈さんにはまずこの国の王に会っていただきたいのです」
「王様かぁ……」
異世界に行ったら、まずはその国の王へ挨拶。それは考えられるパターンではあったが、気が乗らない。瑠奈は気持ちが重くなった。
星輝は瑠奈の表情が曇ったことに気が付いた。
瑠奈は間違いなく自分の番であるが、瑞光の番でもあるかもしれない。自分の立場を鑑みれば、瑞光と瑠奈の仲を深めないといけない。番抑制剤を3個服用したからだろうか。星輝は昨日よりも冷静だった。
「瑠奈さんからしてみれば、いきなり王に会えだなんて嫌でしょう。でも、この国の王は皆に優しく、多くの民から慕われています。威圧的な所もありません」
「そっ、そうなんだ…………」
「それだけではありません!頭脳明晰で、何でも御存知でいらっしゃいます。容姿も優れ、数多くの女性に声をかけられたこともありますが、全て断わっておられます。さらに……」
「星輝さんが王様のことを好きなのは分かったよ」
突然始まった星輝の謎の王アピールが止まりそうにないので、呆れた瑠奈は星輝の話に口を挟んだ。
「話がずれてしまいましたね。すみません。瑠奈さんがこの小屋におられるのは危ないので、宮中で保護をしたいと思っています。その前に王に挨拶をしたほうがいいでしょう」
「うん。そうだよね……」
気が乗らないけれど、しょうがない。瑠奈が星輝の提案に承諾した時、急に星輝は額を押さえて酷く苦しそうにした。
「星輝さん!どうしたの………!?」
星輝の眉間には皺がよっており、何かを堪えているようだった。
良く見れば星輝の眼の下にくっきりとした隈がある。そういえば小屋の中に入ってきた時、錠剤のようなものを飲んでいたし、具合が悪いのかもしれない。
「何でもありません……。僕はいったん帰ります。用意を整えて、また夕方に迎えに来ますから……」
星輝は苦痛で表情が歪んでいながらも、瑠奈に向かって微笑んだ。
「僕が戻るまでに何かあったらいけないので……」
星輝は、帯の小袋の中に保管していたネックレスを瑠奈に差し出した。ネックレスの中央部には、昨晩図らず手にした自身の逆鱗をつけている。
紫色の玉のような形をした逆鱗が、キラキラと輝いている。
「これはこの世界のラッキーアイテムのようなものです。危険が迫ったとき、瑠奈さんを助けてくれるでしょう。ただ、お願いがあって……」
「なに?」
「このラッキーアイテムは誰にも見られてはいけませんし、僕から贈られたことも誰にも言ってはいけせん」
逆鱗が瑠奈のために役立ってくれたらいい。星輝はその一心でネックレスを用意していた。
「ラッキーアイテムありがとう!約束事はちゃんと守るね」
瑠奈は星輝からネックレスを受け取った。
異世界によくあるラッキーアイテムをもらって瑠奈は嬉しくなった。
大切なネックレスは身につけていた方がいいだろうと思って、瑠奈はさっそくつけた。紫色の玉がとても可愛い。
星輝は体調が悪そうながらも、瑠奈がネックレスをつけた姿を眺めて酷く嬉しそうにしている。
「後、これはお願いなのですが、僕が錠剤を飲んだこと内緒にしてくれませんか?」
小屋に入る前に飲んでいたのはやっぱり錠剤だったのか。体調が悪いのに、わざわざ来てくれた星輝に瑠奈は申し訳なく思う。
「勿論だよ……!体調は大丈夫?体調不良なの、知られたら良くないの?大変だ……」
「まぁ、そんな所です。僕はいったん帰りますね」
体調不良の星輝を引き留める訳にはいかない。瑠奈は大人しくここで迎えを待つことにした。