4
番の所へ行くつもりなど微塵もなかったのに、気がつけば星輝は竜化していた。
竜となった星輝は夜空の飛行を楽しむこともなく、ただただ番を求め、落人の森へ向かった。
落人の森に人影が見える。姿は遠くてよく分からないが、本能が伝えてくる。あれは自分の番だ、と。
(ああ…………僕の…………番……………!!!)
番と話せずとも、その姿を認識できただけで、喜びが全身を駆け巡った。今すぐ地上に降り立って番と話したい。いや、番を見つけるのは白麗の役目だ。
星輝は自分の本能と必死に格闘する。
そうしている間に、白麗と星輝の番が出会った。
2人が何か喋っている様子が見える。内容は残念ながら聞こえない。気になって気になって仕方がない。地上に降り立つべきか。
(駄目だ…………!!)
白麗が星輝の番を見つけたのだから、もう安心だ。
星輝が見守る必要はない。この場にこれ以上いたら、不適切な行動を取ってしまうかもしれない。
星輝は断腸の思いで、宮中へ戻った。
竜化を解いたとき、星輝は足元に光り輝く紫色の鱗が落ちているのに気が付いた。これは逆鱗だろう。
竜人が番に渡すという逆鱗。竜人が望んだ時、逆鱗が身体から剥がれ落ちる。星輝の逆鱗は、星輝が望んでいなかったのに勝手に剥がれおちたのだ。
(こんなの、僕にはいらないのに……)
自分の本能が逆鱗を落としたのか。自分でコントロールできない竜人としての本能が憎い。
でも、逆鱗は貴重なものでどこかで役立つかもしれない。星輝は自分の逆鱗を拾い上げた。
白麗の訪れを待つ間に、夜が明けた。
番のことが心配で、睡眠など取れなかった。
(まだか……まだか……)
王弟としてすべき用務なぞ手につかない。
全てを後回しにし、星輝はただ白麗を待っていた。
漸く星輝の部屋に軽快なノックの音が響いた。
既に、昼になっていた。
「星輝〜??入るぞ〜」
白麗が入室したその時、――星輝の番の匂いがした。
甘い香りだ。どこか懐かしい。いつまでも嗅いでいたい。僕の、僕の番だ…………!!!
香りが、星輝の本能を刺激する。
(白麗、どこまで僕の番に近づいた…………!?)
白麗への嫉妬心が一気に湧き上がった。
自分が本能のまま何をしてしまうか分からない。
(このままだと危険だ…………!!!)
星輝は慌てて右手で鼻と口元を押さえる。
今日は番抑制剤を2個飲んだ。それでも、本能に飲まれそうになる。
星輝は反対の手を強く握りしめた。衝動を抑えなくてはいけない。星輝は深い深呼吸を繰り返した。
「星輝、体調悪いの?俺、そんなに臭い?」
白麗は星輝の顔を見た瞬間呟く。
星輝は、隈がくっきりついており、寝不足を感じさせた。その割に目がギラギラしていて異様だ。何故か口元を手で押さえている。
「そんなことより、落人の様子を教えてくれ」
「ん〜?可愛い子だったよ?」
「そうではない!!怪我はなかったか!?」
星輝は性急に落人の様子を知りたがった。落ち着きのない様子に白麗は軽く躊躇った。
「星輝、落ち着いて。怪我もなく元気そうだったから………!!!」
安心した星輝は深い息を吐いた。
「白麗、そこに落人は何人いた!?」
「一人だけだったよ?」
落人が2人いれば、瑞光と星輝の番が別人である可能性があった。そうではないと言うことは、瑞光と星輝の番が同一人物である可能性がますます高まる。
星輝は白麗の発言に顔を暗くした。
「そうそう、落人の森の中に小屋があるだろ?そこに案内しといた」
「小屋……!?小屋は危ないじゃないか………!!」
落人の森には小さな小屋があった。ただ、あまり利用されていなかったので設備は良くない。
「落人の存在は内密だよな??落人をうろうろ連れて歩いて、人の目に触れさせることはできない。不便だけど、とりあえず小屋に居てもらわないといけない」
「そうだが………」
「星輝、お前に頼みたいことがあるんだよ」
「………なんだ??」
「落人の様子、今日お前が見に行ってくれない?」
「えっ………!!僕が!!?」
星思いがけない言葉に、星輝は目を見開いた。
星輝の事情など何も知らない白麗は、星輝の反応を疑問に思うことはなく、話を進める。
「そう、お前。落ち人の存在を知ってるのは、王、お前、俺だろ?俺は今日忙しいんだよね〜。王は体調が悪いって聞いたけど」
「ああ……王は、体調が悪く臥せっておられる……」
星輝が瑞光の執務室を退出してから、瑞光は執務室から一歩も外へ出ていない。番の元へ行きたがる本能を必死に押さえているのではないだろうか。
番抑制剤を飲んだら少し衝動が弱まるかもしれない。
だが、番抑制剤を多量に摂取すると、今後の健康状態に影響が出る可能性がある。王である瑞光には番抑制剤をこれ以上勧められない。
瑞光の体調が心配だが、星輝にできることは待つことのみだった。
「王が体調が悪いなんて珍しいな〜」
瑞光の昨夜の様子を知らない白麗は呑気にしている。瑞光の体調もきっとすぐ良くなるはずだと、事態を軽く見ていた。
「だからさ、星輝、お前しかいないじゃん。ささっと行って様子見てきてよ」
「…………………分かった」
番の安全を考えると、拒否することなどできなかった。本来星輝は、番に会いに行ってはだめなのに、番に会いに行く正当な理由ができて嬉しくなった。
「そうだ、お前に一応伝えとく。落人は、『運命の番』が嫌いらしいんだ」
「えっ………………!?」
「急に愛を伝えたりされるのが苦手なんだって。この世界の人間には、運命の番がいるってこと内緒にしてたほうがいいかも。この世界のこと、嫌ったら困るじゃん?」
「そうか……………」
先ほどまでの嬉しかった気持ちは直ぐに消え去り、星輝の胸は悲しみで一杯になる。運命の番が全ての人に受けいられる訳ではない。そう分かっていても、星輝の胸は強く痛んだ。
「後は、落人は自分が聖女だからこの世界に呼ばれたと思ってるみたい」
「聖女…………?聖女ってなんだ?」
「俺も良くわかんないんだけど、『あなたは誰かの運命の番だから呼ばれたんです』とか言えないじゃん?とりあえず話合わしといて」
白麗は自分が伝えないといけないことを言い終えたら慌てて部屋を出ていった。
「運命の番は嫌、そして聖女か………」
星輝は白麗から聞いた言葉を呟く。