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気がつくと、瑠奈は瑠璃宮の渡り廊下に立っていた。少し先には瑠奈が滞在していた時に利用していた部屋があり、その扉の前に武装した若い男性が扉の左右に2人直立している。
(良かった……!瑞光さんと星輝さんのいる異世界に戻ってこれたんだ……!)
瑞光と星輝に早く会いたい一心で、歩みを進める瑠奈を扉の前の男性が凝視した。鋭い眼光で瑠奈を確認すると、はっとした表情をする。
「もしかして、あなた様は、王の番様では……!?」
男性の必死の様子に瑠奈は思わず頷く。
「ようやく来てくださった……!!王は部屋の中におられます!!!」
踏み入れた部屋は瑠奈が滞在していた時とほとんど変わっていなかった。ただ前まで1台だった寝台が2台に増えていて、天蓋付きの寝台になっている。
瑞光はどこにいるのだろう。瑠奈は部屋の中を見渡すと、寝台の間に俯いて座っている男性がいた。
男性は徐ろに顔を上げ、瑠奈を見上げる。
―――白麗だった。
眼の下には隈があり、艶々としていた髪もボロボロだ。かつての姿が嘘のように白麗は窶れていた。
「久しぶりだね……。瑠奈ちゃん………。君に会うのは10年ぶりだ」
白麗の暗い瞳が瑠奈を捕らえる。想像以上に時間が経過していた。急いで戻ってきたと思っていた瑠奈はショックだった。
「元の世界は楽しかった?王も星輝も犠牲にして戻った世界は……」
「……………だって……!」
「君のせいでこの世界は滅茶苦茶だ。王も星輝もずっと昏睡状態なんだ、見てみなよ」
立ち上がった白麗が天蓋のカーテンをゆっくりと引いた。寝台の上にはそれぞれ瑞光と星輝が横たわっている。
2人とも顔色が悪く、まるで精巧な人形の様だった。瞳は閉じられ、瑠奈の方を見ることはない。
「………っ!瑞光さん……!!星輝さん……!!」
瑞光と同じように星輝も吐血していたのだろうか。2人が亡くなっていないことに瑠奈は安堵した。
周りの声にも反応しない2人が気になって、瑠奈は瑞光の頰を触った。ひんやりとしている。部屋の中はむしろ少し暑いのに、だ。
「冷たい………」
「王、あなたの運命の番が戻ってくれましたよ?嬉しくないんですか?早く起きないと、運命の番は星輝の方に行ってしまいますよ」
瑠奈に無反応の瑞光を悲しげに見つめる白麗が、瑞光に話しかけるも瑞光の様子は何も変わらない。
「どうしたら目を覚ますんだろうね?瑠奈ちゃん、君、運命の番なんだろ?なんとかしてよ……」
「私も、私も分かりません!!どうしたらいいなんて……!!」
「そっか……。じゃあこれはどうかな……」
白麗が不意に瑠奈を抱きしめた。瑠奈の背中に回した手が震えている。瑠奈よりも白麗の方が緊張しているみたいだ。
「ははっ、こんなことして2人に知られたら、俺、殺されるかも」
2人が起きるかどうかの確認だ、別に深い意味はないと思うも、男性の抱擁に慣れていない瑠奈は顔が赤く染まっていく。
初心な反応を示す瑠奈を見て、白麗も瑠奈のことが可愛いと思ってしまう。
「ヤバい!!俺が死ぬ未来しか見えない!!」
白麗は瑠奈を解き放した。2人が目を覚まして欲しいと思っていたのに、両方とも無反応で、白麗は安堵した。
「瑠奈ちゃん、様子を見ていてくれない?俺は別の所に行くから」
瑠奈は、いつの間にか眠ってしまっていた。
夢の中に現れたのは、2、3歳ぐらいの男の子だった。不安そうに周りを探している。
「お母さまはどこ………?」
「瑞光様、御母上は御父上のところですよ。御二人を邪魔してはなりません。私と遊びましょう」
「いや……!それならエリザベスの所にいく……!!」
瑞光はお世話係の女性を振り切り、走り去った。
「瑞光様、いらっしゃい」
瑞光を笑顔で出迎えたのは、気品のある美しい女性だった。どことなく星輝に似ている。
「お母様が今日も遊んでくれないんだ!お父様がお母様のところにいるからって!」
「そうなの……。不思議だわ、わたくしのところには全くいらっしゃいのに」
「不思議なの?エリザベスとお父様は運命の番ではないんでしょ?だったら来ないんじゃない?」
「わたくしは……、この国に、王妃として迎え入られました」
「うん、知ってるよ!」
瑞光は明るく答える。
「星輝を妊娠した直後に、運命の番であるあなたのお母様が見つかりました。あなたのお母様は貴方様を産みましたが、わたくしはそれでも、王妃としてわたくしが優先されると思っていました。こんな離宮に押し込められ、あなたのお母様が王の近くにおられるなんて、想像もしていませんでした」
「どうして?運命の番が優先されるのは当たり前だよ!」
「その感覚が、人族であるわたくしには分かりませんでした。この世から運命の番なんて、なくなればいいのです」
エリザベスはどこに隠し持っていたのか、鋭利な刃物を取り出した。瑞光が止める間もなく、刃物を自身の首もとに当てて、躊躇することなく引き裂いた。
瑞光の目の前が真っ赤に染まる。
「そうか、エリザベスが亡くなったか」
「お父様……!悲しくないの………!?」
訃報の報告を受ける瑞苑は淡々としている。
「エリザベスがいて、私の番が苦しんでいたのだ。エリザベスには悪いがほっとしたところがある」
「そんな……………!!!!それならどうしてエリザベスと結婚したんだ……!」
「私は王だからだ。瑞光、お前もだ。お前も運命の番が見つからなければ、適当な人物と子どもを作れ」
「いやだ………!僕は運命の番なんていらない……!!エリザベスみたいに苦しむ人がいるなんて嫌だ……!!」
「星輝、あなたは瑞光様の弟です」
「うん、僕、お兄ちゃんのこと大好き!」
エリザベスと小さな星輝が話している。
「運命の番から生まれてこなかったあなたは、この国では地位が高くありません。あなたは瑞光様を補佐する役目です。あなた自身が生き残るためにも、決して瑞光様の邪魔をしてはなりません」
「うん!邪魔しない!」
星輝は母親の発言の趣旨を深く考えず頷く。
綺羅びやかな夜会が行われていた。
青年となった星輝に、貴族たちが星輝に聞こえるように噂話をしている。
「エリザベス様は瑞光様の前で、自死したらしい」
「そのせいで瑞光様は、トラウマを植え付けられたんでしょ?人族の女は貴族といえども碌なもんじゃないわ」
「星輝様も王族の割にな……瞳が王族の特徴である黄金色でない」
「もしかしたら、エリザベス様は不義をしてたのでなくて?」
貴族達の嫌な笑いが響いた。