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 マリーナ王女が自国へと旅立ったその日の夕方、瑠奈の部屋を訪れたのは瑞光だった。


 世間話もせず、瑞光は瑠奈へ手を差し出した。


 「瑠奈、これを……」


 瑞光が渡してきたのは黄金色に輝く飴玉のようなものだった。見た目に反して、軽い。瑠奈が受け取った時、瑞光は一瞬凄く嬉しそうな顔をした。


 「瑠奈、これと同じようなものを持っているね?夏蓮に伝えていた、紫色の玉だ。紫色の玉と、これを飲めば瑠奈は元の世界に戻れるんだ。」

 「……!あのネックレスについていた物は、竜人にとって大切な物だったんですね……!」


 瑠奈は首からネックレスを外し、紫色の玉を取り出す。星輝は大切な物をくれていたんだ、そう思うと瑠奈は嬉しかった。紫色の玉を大切そうに取り外す瑠奈を見て、瑞光は顔を曇らす。


 (瑠奈は誰からもらったか分からないと言っていたけれど、本当は知っているのではないか……)


 瑞光はその紫色の玉の持ち主について聞きたかったけれど、それは本題ではないし、気持ちを切り替えた。


 「飲み込むことに躊躇するかもしれないけれど、身体に毒はない。瑠奈、今までありがとう。きっとこれが最後だろうから、抱きしめてもいいだろうか?」


 瑞光は瑠奈を切なげな目で見てくる。瑠奈をこんなに思ってくれている人が、瑠奈の事だけを思って元の世界へ戻そうとしてくれている。その思いが嬉しくて申し訳なくて、でも瑞光に抱きしめられたくて、瑠奈は自分から瑞光を抱きしめた。


 「もちろんです……!」


 瑞光に抱きしめられるのはこれで2回目だけど、なんだか離れがたい思いを瑠奈は感じてしまう。瑠奈の体を瑞光の腕が、優しく包み込む。瑞光からはいつもの甘い香りがしてきて、瑠奈は目を瞑る。


 「瑞光さん、いつも思っていたんですけれど、甘い匂いがしますね?瑞光さんの香水、私好きです」

 「えっ………?私から甘い香りがするの?」

 「はい、しますよ」


 瑠奈は瑞光の腕の中から、瑞光を見上げた。瑞光は喜びに溢れていて、嬉しくて堪らないのが瑠奈にも伝わってきた。


 「そんなに甘い香りがするのが嬉しいんですね?ふふっ、瑞光さんって不思議」

 「瑠奈、手の中にある玉を見せて?」


 瑞光は瑠奈の手の中から紫色の玉を取り出して瑠奈の口元にあてがう。


 「瑠奈、口を開けて?」


 自分の物では無い玉――逆鱗を瑠奈に飲み込ませるのは嫌で嫌で仕方がなかったけれど、自分の手でそれを行うので少しは嫌悪感を減らせる気がした。


 瑠奈は瑞光の言葉に素直に応じ、口をあけて飲み込む。その姿がやけに艶めかしくて、瑞光の頰が染まった。自分の逆鱗を早く飲んで欲しいと、瑠奈が飲み込んだのを見て直ぐに黄金色の玉を取り出して、瑠奈の口元に運んだ。


 瑠奈は何も言わなくても、口を開けて飲み込んでいく。紫色の逆輪よりも、どこか美味しそうにゆっくりと飲み込んでいるように瑞光は感じた。


 瑠奈が、私の逆鱗を飲んでくれた。瑞光は感極まる。喜びが全身を駆け巡った。


 瑞光は自分の人生、その全てが報われた気がした。


 瑠奈の姿がだんだんと薄くなっていく。ああ、これでお別れだ。瑞光は寂しさを感じたその時、心臓が強く鼓動しあまりの痛みに顔をしかめた。



 「………………………………ウッ!!」




 瑞光は瑠奈を急に抱擁から解き放し、口元を押さえた。必死に何かを我慢しているように見える。瑞光の異様な様子に瑠奈が驚いていると、瑞光はついに。




 「………………………………………グハッ!!」





 瑞光は―――大量の血を吐いた。




 口元から血が溢れ出し、床にポタポタと赤黒い色をつけていく。血は益々増え、瑞光は俯いたまま顔を上げない。瑞光の異変に瑠奈は真っ青になった。瑞光の元へ駆けつけたいのに、足が何故か棒のようになっていて、動かない。


 「瑞光さん……………!!」


 瑞光は瑠奈に反応することもなく、ふらふらと身体が揺れたと思うとけたたましい音を立てて横に倒れた。瑞光の目は固く閉じていて、口からは絶え間なく血が溢れ出てくる。瑞光の顔が苦痛に歪んでいた。





 「王………………!!!!」


 異音に気がついて、部屋の中に入ってきたのは白麗だった。瑞光に駆け寄り、その身体を起こす。


 「どうして、どうして逆鱗なんて飲ませたんです!!!あぁ、番様の姿が………!!!逆鱗を飲ませておいて、離れ離れになったら、命はないって分かってたでしょう!!!!」

 

 「番……?私が番なんですか………?」


 「瑠奈ちゃん!瑠奈ちゃんが王の番なんだよ!!王は、口にはしなかったけど、分かってただろう?王は君にだけ優しくしたはずだ!!」


 心当たりがありすぎて、瑠奈は呆然とする。


 「そもそも瑠奈ちゃんが飲み込んだのは逆鱗だ!逆鱗は自分の番にしか渡さない!!!」

 

 「逆鱗を渡すのは番のみ……」


 瑠奈の頭に浮かんだのは星輝だった。星輝も瑠奈の番だったなんて……!!星輝も何処かで血を吐いて倒れているのかもしれない。2人が私のせいで。瑠奈はパニックになった。


 「どうして!どうして!!わたしに逆鱗なんて飲ませたの!!死んでしまうんでしょう??」


 瑠奈は瑞光に向かって大声を出すも、瑞光は身体を動かす気配もない。瑞光はぐったりとして、顔色が真っ白になっていた。もしかしたらもう……。


 瑠奈の目から涙が出てくる。瑞光も星輝も死んでしまうのか。瑠奈が元の世界へ戻りたいと言ったばかりに。瑞光の優しさに甘えて、何も考えず逆鱗を飲むんじゃなかった。


 「いや……!いやいやいや!!死なないで………!!」


 瑠奈は何もすることができなかった。瑠奈は瑞光の様子を見たいのに、だんだんと目が霞み、目の前が真っ白になっていく。


 




 「あぁ………!瑠奈ちゃんの体が消えていく……!王っ………!!!」




 瑠奈の耳に、白麗の悲痛な声が響いた。

 

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