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日中の勤務を終え、昼間に声をかけた女の子とようやくデートができるとウキウキだった白麗に伝えられたのは、至急王弟星輝の自室に向かうように、という指示である。
「このタイミングで〜!!???」
面倒な仕事を言い渡されるに違いない。テンションだだ下がりの白麗は嫌々星輝の部屋へ向かった。
星輝の自室内は、星輝以外に誰もいなかった。
普段から神経質気味だと感じていた星輝が、いつもにも増してピリピリしていて、白麗は何を言われるのかと身構えた。
「貴殿には、大急ぎ落人の森へ向かってもらいたい」
「え?なんで??」
王弟とはいえ、王とは異なる母親から産まれた星輝は身分が低い。白麗はいつものようにくだけた調子で話しかける。
「落人の森に人が現れたからだ」
「どうして分かんの?誰がそれに気付いた?」
落人の森は、異世界から呼ばれた人物が落ちる鬱蒼した森の事だ。ただ、落人の森に人が落ちることは極めて稀だ。現に白麗が産まれてから300年間、落ちた人はいない。森を監視する役人も置いておらず、もはや荒れ果てている。
「それは貴殿には関係のないことだ……!!!王が早急に様子を見てこいとおっしゃっておられる」
「王が、早急に……?もしかして、王の番だったりする?」
「………………っ!!そんな訳あるわけがない!!」
もしかしたらと当てずっぽうで言った言葉に、星輝は即座に慌てて否定する。星輝の動揺が手に取るように分かる。
(落人は、王の番だな……)
現代の王である瑞光は、齢200歳ほど。竜人の寿命はだいたい500年だが、150歳程度で番を見つけ出す者が多い。
(漸く見つかったのか……。良かった)
番は竜人にとってなくてはならない存在だ。本能がその存在を求め、手中に収めた時、何よりの幸福を感じる。白麗は瑞光に番が見つかってほっとした。
「そうなの?で、俺は落人を宮中に連れてきたらいいんだろう?」
「いや、貴殿には様子を見に行ってもらうだけでいい……」
「様子を見るだけ?それだけなのか?王の番でなくても、我が国に落とされた落人だ、保護しないといけないんじゃないか?」
「保護は……しなくても良い。取り敢えず様子を至急見に行ってくれ」
星輝は白麗の言葉に何か気が付いたような表情を浮かべた後、苦々そうに伝える。思えば、王の番が現れたのに星輝は喜びの表情を浮かべていない。
(この兄弟もいろいろあったもんな)
王の番が現れたことを公言しない理由を白麗は何となく推測する。
「了解!今から行ってくるわ。星輝のせいで折角のデートが潰されたし、落人が女の子だったら仲良くなってこよ」
白麗はいつもの軽口を叩いただけのつもりだったのに、星輝は突然白麗の襟を強く握った。
「………落人に……!!手を出すことは……許されないッ!!!」
荒々しい口調で、星輝は白麗に怒りを顕にする。
その菫色の瞳は、強く白麗を睨んでいた。
「冗談だよ!怒るなって!」
「冗談で許されることと許されないことがあるのを知っているか……??どうして王はこんなやつを向かわせるんだ……!!!!」
「分かってる!落人は丁重に扱うから!!」
星輝が本気で怒っていることを感じた白麗は、必死に星輝を宥める。
「本当だな……??貴殿を信じているからな」
白麗を鋭く睨んだ後、星輝は、白麗の襟からさっと手を離した。
(こんなに怒りっぽい奴だったか……?)
星輝の通常とは異なる様子に違和感を感じた白麗は、王への忠誠心からの行動だろうと判断する。
「夜も暗くなったし危ないだろうから今から行ってくるわ」
「あぁ……、頼む………」
星輝の声は真剣そのものだった。