3
星輝も下がるほどの遅い時間帯に、夏蓮が瑞光を尋ねて執務室へやってきた。
入室を許可された夏蓮は、深刻な面持ちをしている。
「もう夜も遅いしそう畏まらなくていいよ。何か重大なことでも?」
「実は、瑠奈さんのことで御報告があります」
星輝のいないタイミングを狙って夏蓮は来たのだろうか。どんな報告なのだろうかと瑞光は身構えた。
「瑠奈さんは初日の今日、瑠璃宮で恙無くお過ごしになりました」
「そっか。夏蓮と明明のお陰だね。ありがとう」
「とんでもないことです。それで………」
夏蓮は重々しく口を開いた。
「瑠奈さんには運命の番がおられると思います」
「運命の番……………!?どういうことだ?」
思いがけない一言が飛び出してきて、瑞光は動揺が隠しきれない。
「瑠奈さんがこの世界で目覚められた時、ネックレスを手にしていたそうです。そのネックレスには、恐らく逆鱗がついています」
「何だって………?」
「瑠奈さんは逆鱗が逆鱗だと気付かれてはいません。ただの綺麗な玉がついたネックレスだと思っておられます。瑠奈さんには他人には見られないようにと伝えておきました」
自分よりも先に瑠奈へ逆鱗を渡した男がいると知って、瑞光は薄暗い感情に支配されそうになった。
その男を見つけて、排除しないと。
いや、まだ夏蓮が前にいた。瑞光は平静に見えるように、気持ちを落ち着かせた。
「それで、瑠奈に運命の番がいると判断したんだね。分かった。対処は追って沙汰しよう。夏蓮、このことは口外してはいないね?瑠奈もそうだが、夏蓮も口外はしてはいけない」
「心得ております」
「瑠奈は逆鱗を送った相手に心当たりがありそうだったか?」
「特にはなさそうです」
「そうか………」
瑠奈に逆鱗を握らせる機会があったのは誰か。
可能性としてあるのは、瑠奈を最初に発見した白麗だ。だが、白麗は違うだろう。瑠奈に執着している様子は感じられない。
「逆鱗は何色だった?」
「紫色でした」
逆鱗は通常、瞳の色と同色だ。瑞光は紫色の瞳の男を思い出した。
(そうだ、紫色といえば星輝もだ……)
星輝が瑠奈の番なのか。星輝は瑠奈のことを気にはしているが、瑠奈との仲を深めるように瑞光に進言している。瑠奈が星輝の番なら、そんなことは出来ないだろう。
そもそも番が重なることはあり得ない。運命の番ではなく、面白がって瑠奈に逆鱗をもたせたのかもしれない。いや、逆鱗がなくなると竜人は……
いずれにしても、瑠奈に逆鱗を持たせたのは許しがたい……。
瑞光は誰かとも分からぬ男に憎しみを感じ始めていた。このまま、夏蓮と話すのは良くない。余計なことを夏蓮の前で口にしてしまいそうだ。
「分かった。報告は以上かな?」
「他は特にありません。失礼しました」
夏蓮は瑞光の機嫌が急激に悪くなったことを察し、静かに立ち去った。
夏蓮が退出して執務室に誰も居なくなると、瑞光は悶々としだした。
あれほど仕事に集中できていたのに、手は止まったままだ。
(瑠奈に、逆鱗を渡した男は誰だ………)
色んな可能性が考えられて、答えが分からない。
瑞光は空中を見上げた。
――あぁ、おかしくなりそうだ………
瑠奈に逆鱗を渡した男がいる、その事実だけで、自分がどうなるか分からなくなってきた。
瑞光はふと、自身の右手を見た。
手首の内側から縦に真っすぐ赤い線が入っている。昨日短刀で力任せに切った跡だ。切れば少し冷静になれた。
そうだ、もう一度……………!
短刀を手にした瑞光の耳に、躊躇いがちな声が聞こえた。
「あの………!瑠奈です!入ってもいいですか?」
執務室の外に居たのは、瑠奈だった。




