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夜の帳が降りそうになるころ、星輝は、兄である瑞光に政務の相談に行くために廊下を颯爽と歩いていた。うっすらと開けられた窓から入るそよ風が星輝の漆黒の髪を揺らす。瑞光の執務室の扉の前に着いた時、
――――――ドクン!!!!!!
突然、星輝の心臓が強く鼓動した。
「ヴッ………………!!!!」
思わず右手で心臓を押さえる。手にしていた書物が廊下に音を立てて散らばった。
動機が止まらない。
星輝の額に脂汗が浮かぶ。
竜人としての本能が、星輝の身体の奥から力強く叫んできた。
(僕の………僕の番が………この世界に………!!)
(早く………迎えに行ってあげないと………!!!)
番の存在に喜びを感じ、渇望する本能が番の元へ星輝を向かわせようとする。本能と必死に抗う星輝の美貌が、苦痛で歪んでいく。
(僕は、番には、従わない……………………!!!!)
星輝は震える手で自身の帯から薬を取り出し、勢い良く飲み込んだ。
しばらくして番への衝動を抑えることのできる番抑制剤が、星輝の本能を抑え始めた。
(僕は、番抑制剤を毎日服薬しているのに……。番への衝動がこれほどまでだなんて恐ろしい)
星輝は、徐ろに廊下に散乱した書物を拾い上げる。運良く周りには誰もおらず、星輝は取り乱した姿を誰にも見られなかった。
冷静さを欠いた姿を見られたら、何と言われただろうか。星輝はほっと息を吐いた。
執務室の扉に手をかけた瞬間、
――――――――――ドンッ!!
執務室の中から鈍い衝撃音の後、硝子が砕け散る音が聞こえた。
(中で何が……………!?)
瑞光の身の危険を感じた星輝は力任せに扉を押し開けた。
「兄様……………………ッ!!」
星輝は執務室を瑞光を探して歩く。間者がいるかもしれないと用心深く進む星輝の耳に聞こえてきたのは、瑞光の荒い呼吸だった。
「はぁ………はぁ…………」
瑞光は執務机付近の絨毯の上に座り込んでいた。
足元には砕けた硝子の破片が散らばる。
瑞光は、眉間に皺を寄せて、手で口元を押さえている。何かを必死に堪えているようだ。
瑞光の異様な様子に、星輝は息を呑む。
「兄様……………??」
「あぁ、星輝……。私に……薬を……番抑制剤の薬を……」
入室した星輝を見た瑞光の黄金色の目は、赤く充血していた。
「………………ッ!!!!」
星輝は慌てて番抑制剤の薬を取り出し、膝をついて瑞光へと差し出す。瑞光は薬を星輝の手から奪い取るように取って、飲み込んだ。
「すま……ない………急に……番の……気配を感じて……」
星輝には比較的すぐ効く番抑制剤も、竜人としての能力に長ける瑞光にはなかなか作用しない。
瑞光の荒い呼吸は収まらず、眉間の皺はより深くなった。唇を噛み締め、本能と闘っているように見える。
(番の気配を………?僕と同じだ………)
星輝は瑞光の言葉に顔が暗くなった。
ほぼ同一時刻に番を感知することがあるのか。瑞光と自分の番は同一人物ではないのか。万が一、2人の番が同一人物だとしたら……。
(いや、僕には、番などいない………!!!!)
敬愛する異母兄弟の瑞光と番を巡って争うことなどできない。そもそも、物心ついたころから番は自分には不要だと思っていた。星輝は、自分が番の気配を感じたのは気の所為だと結論づけた。
「どうして番抑制剤を……?兄様は、番様のことを迎えに行って差し上げてください」
「私は行けない……番で……狂ったりはしたくない……そうだ、白麗、白麗を行かせよう……」
番抑制剤がようやく効いてきた瑞光がしてきた提案は耳を疑うようなものだった。
「白麗を!??兄様、正気ですか!!白麗は、まだ番が居ないんですよ!?そんな男を番様に近づけていいんですか!?」
白麗は美形ばかりの竜人族の中でも際立った美貌を有する男だ。番に出会っておらず、浮名を流している。瑞光の番も番という概念を持ちえない種族だとしたら、優しく接する白麗に惹かれるかもしれない。
「いいんだ……私には番はいないんだから。白麗には、番のことは何も伝えず向かわせてくれ……。白麗は優秀な男だ……。もし白麗と深い仲になったとしても、それはそれでいいだろう……」
(……っ!それだったら代わりに僕が……!!)
自分には番などいないと判断したはずなのに、星輝の竜人としての本能が、星輝の判断を鈍らせる。
(駄目だ……。僕は行ったらいけない……。兄様の番が僕の番でもあったら……!僕は……兄様から番を奪ってしまうかもしれない……!!)
星輝は目を閉じ、深呼吸をして番の元へと向かわせようとする本能を我慢する。服用した番抑制剤の効果で衝動はそこまで強くない。
「兄様………。承知しました……」
王たる瑞光が番の存在を求めない事情を知ってる星輝は、これ以上の説得をするのを止めた。
瑞光の番の保護が最優先だろう。星輝はしぶしぶ白麗を向かわせることに同意した。
「あぁ………、場所は落人の森だ……そこにいる」
「落人の森………………!」
瑞光が伝えた場所は、星輝が番の気配を感じた場所と同一だった。
(時間も場所も一緒だなんてこんなことあるのか………!!!)
瑞光と星輝の番が同一である可能性が、ますます高まった。
通常、竜人の番が重なることはない。だから、大丈夫だと思っても、星輝の心配は募るばかりだった。
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