2日目
1
その日の朝はとても静かなものだった。
昨日の大雨は日付を跨いだ少し後には落ち着き、朝には灰色の雲と水溜りを残し消えていた。昨晩の出来事があったため今日は授業が行われない。その為お手洗いと食事を除いて部屋から出ることを許されない。仕方のないこととはいえ折角こんな遠くの島まで来て授業を受けられないことに多くの人は不満に思うだろう。
だが昨日の出来事の犯人が分からなければ、次の被害者に自分がなるかも知れない。そう思うと授業を受けられぬ不満も消えてしまうだろう。そんな憂鬱な気持ちのまま、私は朝食を取るために外出の準備を整えた。タイを首元まで締めるとドアを開ける、そこにはシンプルな封筒が置かれていた。
その瞬間寒気が襲った。
見覚えのあるその味気ない封筒は紛れもなく昨日届いたものと同じものだった。喉の奥から気持ちの悪い物が込み上げて来るのを必死に抑えるも、脳裏でフラッシュバックされたのは安藤の最期の瞬間であり、
軽いめまいの後その場にしゃがみ込んでしまった。そして口からは数滴の胃液が床にこぼしてしまった。昨晩の一件で既に胃袋の中には吐き出せる物もなく、無様にも口からは酸っぱい液体が逆流し唾液とともに垂れていった。
私は目の前の封筒を恐る恐る開けた。読まないという選択肢もある。しかし、小学生だった頃に机に入っていた手紙を無視したことで、上級生からの教育的指導というものを受けた。それ以来、送られてきた全ての文章は必ず目を通すようにしていている。例えそれがどんなに悪筆であり、どんなに気持ちの良くない内容であったとしても反射的に中身を全て確認している。開いた封筒の中身は一通の簡素な紙が一通のみ入っていた。
『親愛なる君へ
本日は貴女に付きまっとっている害虫を駆除するお知らせを致します。
今回の害虫は日向由布子です。
貴女のことを視姦しては悦に入るような蓑虫。
最悪です。
そんな蓑虫には蓑から取り出し、海水に漬けます。
汚れが少しは取れて綺麗になるでしょう。
小高い崖から見下ろすのは絶景と思います。
それではその瞬間をどうぞご堪能ください。
温室の管理人より。』
2
やはり昨日のものと同じだ。
文法。
フォント。
紙質…。
極め付け差出人の名前を見たときに震えが止まらなくなった。
しかも、今回は既に標的を名指しで記載してあることが昨日の物とは明らかに違う。栄養不足で頭は回らないが、教師にこの手紙のことを伝えなければならないと本能的に思った。 今の私は安藤を殺したと思われる張本人だ。そんな人間がこのような手紙を持っていったら要らぬ罪を着せられる可能性もある。
だが、一人ではなにも出来ないことは昨日のことから嫌というほど分からされた。せめてもう一人は自分の協力者が必要だ。となると、昨日のことを考えても私のことを信頼してくれる人は一人しか思い浮かばない。すると狙い済ましたようなタイミングでドアがノックされた。ホテルなどのドアとは違い訪問者が誰かは見えない、それでも訪ねてきた人物に見当はついていた。
「おはよう!少しは寝れた?」
「おはよう。まぁそれなりにはといったとこかしら。」
「一応、さっき降りた先輩で三年生は全員食堂に向かったけど朝ごはん食べれる?」
「…。」
正直そんな気分ではなかったが、少しは食べておかないと脳も体も十分には動かない。少量とはいえ朝食を取っておいた方がよさそうな気がする。
「….ええ、いくわ。」
「良かった!じゃあ行きましょうか。」
差し出した手はとても暖かかった。
3
私達が食堂に着くと、その雰囲気は言葉通りお通夜のような静けさだった。中には私の方を睨みつけるように見てくる先輩もいた。それは当たり前だろう、わざわざこんな離島まで来て自習しかできないなら東京の寮でやるのとなにも変わらない。だが、私の無実を信じている一部の人は現状を仕様がないといった感じで哀れみにも似た表情をしていた。
昨晩、私のことを必死に弁護してくれた嘶城も今はこの場の空気を読んで静かにしている。しかし、私達が食堂まで降りて来るのを信じてくれたのか空席にも関わらず食事が置かれていた。夏期講習での朝食は、基本的にバイキング方式なので食堂の調理師さんがわざわざ用意してくれる事もない。となると、消去法で嘶城しかここまで優しくしてくれる人は考えられなかった。ヒソヒソと数人から陰口を言われる中、私達は嘶城の用意した席へと腰を下ろした。
隣に座る私達にだけ聞こえるような声量で嘶城は話し始めた。
「いやぁ大変な目に遭いましたなぁ。まぁ君が"あのようなこと"をするとは思えませんし、完全に濡れ衣の風評被害を被っただけでしょうな。」
「…。なぜ、あなたはそのように思えるの?まるで現場がどんな風か知っていみたいに。」
「それは見てきたからですよ。君もご存じの通り外は大雨でしたし、安藤さんをあのまま放置できない。
となると、現場の状況を何かに残しておく必要がありましたし。」
「カメラでの撮影が必要なら月代先生が持っていたはずでは?」
「確かにそうなんすが、月代先生はあの時気が動転していましたし、あのような安物のカメラでは夜間の撮影には向いてません。」
「じゃあ貴女のカメラを押井先生に任せるという判断もあったし、教師陣があんな状況を生徒に見せるとは…うっ」
話しながら私は昨日の状況が眼前に蘇り、内臓が再び胃液を吐き出そうとした。まるで昨日の状況を思い出すたびに条件付けがされた犬のように不愉快な液体が口から洩れてきそうになる。嘶城もそんな私の様子を察したのか、私の言葉を待たずに話し始めた。
「そうですね、確かに初めは押井先生が撮影しようとしましたが、ご遺体の状況確認やら別のことをしながら全ての処理を行っていては日が明けてしまうでしょう。それに何より、自分のカメラはオートフォーカスがないタイプなの骨董品。素人が暗がり撮影するのは至難の業なので私が手伝いました。箱入り育ちの皆様とは違ってフィクションとはいえその手の作品で耐性はついていたのでやむを得ない状況だったのです。」
嘶城の事情には納得がいったし、やむを得ないという言葉はその通りだろう。しかし、全幅の信頼を置くにはまだ時期尚早かとも思った。あまりに綺麗に説明ができている、いやこれは少し綺麗すぎるような気もするからだ。
「まぁとにかく今は少しでも食べて栄養をつけた方がいいですよ!健全なる精神は健全なる身体からですよ!」
彼女が用意した食事はバランスよく盛り付けられたもので、彼女なりの気遣いを感じた。しばらくして一年生が入ってきた。昨日のことがあったにも関わらず、何人かの生徒は少し明るい雰囲気を醸し出していた。
「…。薄情ではありますが、学年一位だった安藤さんがいなくなり、皆さんの成績が相対的に繰り上がりました。加えて唯一の外部生がいなくなって、清々したと言ったところなんでしょうな。」
思わず私は怒りで立ち上がろうとしたが、隣に座る幼馴染から強い力で抑えられそれを制された。
「今はダメ。ただでさえ葵には批判の目が向けられてるから、今ことを起こせばもっと酷いことになる。だから今は抑えて。」
顔を上げぬまま島田は感情を押し殺して私に訴えた。私の腕を引っ張る力強さは、それだけ今置かれている現状が良くないことを表していた。弱肉強食の受験戦争ではあるが、死者に対してあまりにも酷すぎる扱いだ。その時、私の隣を颯爽と通り過ぎると一年生の方へ向かい勢いそのままにをテーブルをバンと叩いた生徒がいた。
「おい!あまりにもその態度は薄情すぎるんじゃねーのか!確かにこの学園じゃ椅子取りゲームは常だし社会でもそうかもしれない。だがそれは生者同士の争いで、死んだ者にまでそんな扱いをするのは御門違いってもんじゃねーのかよ!!」
間違った態度をとっている下級生に対し怒りを露わにしたのは湊様だった。生粋の学園育ちではなく庶民的だが良識ある意見に、一年生たちは皆下を向いて俯いてしまった。
「まぁそこらへんにしないか湊君。」
宥めに入ったのは湊様とは対照的に落ち着き払い、いつも通り優しい片岡様だった。
感情が昂り涙目になっている湊様は片岡様に促される様に席へと戻って行った。帰りざまに私の肩をポンと叩くと片岡様も自分の席へとに戻っていった。そこからは、食器の音と調理場から食器を洗う音のみがその場を支配した。しばらくし三年生方が全員自室に戻ったので、それと同じタイミングで私と島田は食堂を後にした。
4
廊下に出ると昨晩あった屋上での出来事を説明し、今朝届いていた手紙を彼女に見せた。
「つまり、犯行予告ってこと?」
「ええ、ただの脅しにしては昨日の今日だし無視できない。それに日向さんが朝に弱くて朝食に顔を出さないことが度々あるとは言え、今朝姿が見えないのは少し心配。」
「…、そうだねぇ。」
少し彼女は考えた後、何かを決意した様だった。
「よし!私もついてくよ!どうせ日向さんの部屋まで行くんでしょ?」
私が不安から握り込んでいた手を彼女は優しく上から包み込んだ。
「いいの?外出禁止の中で部屋にいないのがバレたらあなたもタダじゃいられないのよ?」
「そうだろうね、でも一人より二人の方が色々といいでしょ?」
見慣れた幼馴染の笑顔でも少し現状を不安に思う私には十分な力になった。だが、どうしても彼女にいらぬペナルティを食らってしまうかもしれない可能性が私には払拭できなかった。
悪戯にせよ本物の犯行予告にせよ、どちらにしても島田のような第三者について来てもらう方がいい。私たちは三年生が全員退出したのを見計らうと自室に戻るのではなく、トイレの個室へと籠り一年生が帰っていくのを静かに待った。ふふっと唐突に島田は笑った。
「何がおかしいの?」
「いやぁ、なんかこういうのも幼稚園以来やってなかったなぁと思ってさ。懐かしさと馬鹿な事してるなって思っちゃって。」
確かに冷静に考えると高校生にもなってなんて馬鹿なことをやっているのだと思う。外出禁止の中こんなことに大切な受験勉強の時間をつかっているなんて…。いつもの私なら何の迷いもなく自習に励んでいただろう。現状にほんの少しの後悔は持っているが、使命感からその感情は薄れていった。だからこの感覚を楽しんでいる島田の気持ちも分からなくわなかった。
数分の後、静寂が廊下に訪れたのを確認し私たちは寮を後にした。
5
途中で誰かに気付かれるのではないかとも思ったが、都会の喧騒もなく自然的な涼しさは勉強に向いているのか、誰一人窓の外を見ている様子はないようだ。寮を後にして30分程直進を続けると島の端の方まで行くことが出来た。
だがそこには砂浜のみが広がっており、とても崖とは呼べそうにない。
「とりあえず外周に沿って探してみようか!」
彼女の提案はもっともだし、現状では他にやれることもそれぐらいしかない。とにかく指定された崖を目指し島の外周を進んでいった。
時刻は既に二時間近く経過し、天候は次第にくずれしまいには小雨が降り始めた。
「どうする?さすがに戻る?」
見渡す限りの曇天はこのまま捜索続けても回復の兆しはなさそうに思われた。だが何の手がかりも結論も得られぬまま帰るのと言うのはあまりにも時間を無為にしすぎている。その時、陸地側に一軒の建造物が視界に入った。
6
木造の作りながら西洋的な建築物であり、近代に入ってから建てられたとものように見えた。
私たちは顔を一瞬だけ見合わせたが、結論は口に出すより早くその建物の方へと向かった。近づいて気づいたのは、その廃墟はかなり豪勢な作りになっており小さいながら庭などもある。また、サンルームなども兼ね備えた別荘といった方が正しそうだ。だがその栄華も今は見る影もなく、無惨な姿になりそこに佇んでいた。
「これって一応、住居侵入とかになっちゃうのかなぁ?」
「今は学園がこの島全部を買い取っているのだし、それは大丈夫だとは思うわ。」
それよりも私が一番気にしているのは純粋に建物自身に強度や雨宿りできるかどうかというところだった。だがその心配もすぐに杞憂となった。
ドアをすこし開けて入ると、大広間となっていてそこはコンクリート製の柱が何本もあり多少の経年劣化はあるにしろヒビ一つ入っていない。雨漏りも少ししかしていないようで、昨晩の大雨でも何箇所かに水溜りを作る程度に留まっていた。
「…しっかりしたいい造りの建物ね。」
「そうだね、いつ頃のものなんだろう。」
「さぁ、しばらく雨もやみそうにないし時間つぶしに調べてみましょうか。二階は床が抜ける可能性も考えてやめておきましょう。」
「OK!じゃあ、私はこっちから!」
とだけ告げると島田は右側の廊下に消えていった。
外から見たときは気付かなかったが、奥はかなり広いようで二手で調べないとかなり時間を取りそうであった。噂で聞いていたのはこの島は帝国海軍の持ち物であったが、終戦後にとある企業が買い取ったがバブル崩壊後に手放しこの学園が購入したという事らしい。散策をする中でこの廃墟は企業が買い取っていた時に建てられたもので、よごれ具合から見ても築三十年前後だと考えられる。その証拠に飾られている写真には撮影日が昭和の中頃を示す年号が刻まれてるものが多かった。
そうこうしている中で一つだけ開かずの扉があった。ノブを強く押し込むと軋みが生まれもう少し強い力を加えればドアを壊せそうだ。
7
扉とは反対側の壁へぎりぎりに立ち、一気にドアの方にタックルをすると扉は難なく破壊することが出来た。埃っぽい部屋に咳き込みながら中を確認するとどうやら書斎のようだった。入って両側の壁は一面を覆い尽くすほどの本棚で歴史書や文学書、哲学書など様々な本が置かれている。そして窓に面した壁には机と椅子が置いてあり、読書をするのにはとてもいい環境と言える。だが机の上に置かれていたのは本ではなく数十枚の紙の束だった。埃がまってしまわぬようにゆっくりと一番上に置かれている紙を持ち上げるとそれは色褪せた新聞であった。上面は既に日焼けが進んで読むことは出来なかったが、その下に置かれていた地方欄のところはぎりぎり読むことができた。
というのも一番上の物を除き下の新聞にはわざわざラミネート加工が施されており腐食を間逃れていた。どうやら上の物は覆う為だけのものであり重要なのはこちらといったかんじだ。ラミネートされたスクラップには1985年と書かれており、一番上のものが1991年のものであるからしておおよその推理は当たっているだろう。詳しく読もうとした所で、もう一人の探索者が戻ってきた。
「どう?なんか見つかった?」
「いいえ、主だったものは無いわね。」
「だよねぇ、こっちも同じ感じ。まぁ雨もだいぶ小雨だし外を探そうか!」
言われて窓を見ると、雲が薄くなったのか外はだいぶ明るくなったように感じる。
持っていたスクラップをポケットにしまうと幼馴染の後ろについて廃墟を後にした。
8
雨はかなり弱くなったとは言え一分に数的の雨粒が顔に当たった。
「あなただけでもまた本降りになる前に帰ってもいいのよ?」
「まぁそれもいいけど、ただ散歩したにしては無益な時間を過ごしすぎちゃったし。一人で戻ってもバレた時にいい口実が思い浮かばないから私もついてくよ。」
「…。つまり、私という口実がなくなると困ると。」
「いや!!違う!違うって!!日向さんが気になるだけだから!ホント!ホント!!!」
「はぁ…。」
無駄口を叩きながらも海沿いを進んでいくと、道は次第になだらかな坂道になり、納涼地であったとしてもじっとりと汗が出てきた。次第に息が切れ、漏れる声は「はぁはぁ」といった吐息しか出なくなった。天候もまた崩れ小粒の雨がパラパラと降り始めてきた。やっとの思いで坂の上に到達すると、そこは強めの風が吹き抜けるような高所だった。
顔に当たる雨粒も少し痛いぐらいで顔を片方の手で防ぎながら歩かないといけないぐらいだった。
「あーーー!!!」
その時、少し先を歩いていた島田は崖先に立ち何か叫び声があげた。
9
急いで私も崖先に行き下をのぞくと、崖の中腹には船などで使うような太いロープが杭で何箇所も打ちつけられており、さらにそのロープの先は崖下へと続き岩の上に横たわる人型のシルエットにつながっていた。遠目からだから確証はないが、特徴的な長い髪は多分日向に違いない。下半身はすでに海面に沈み、あと少し時間が経ち潮が満ちれば全身が海中に沈んでしまうだろう。
「早く助けなきゃ!」
「待ってよ!今言っちゃ危ないよ!!」
疲れと混乱で少し頭が回ってないとはいえ平常心でなく行動しようとした私を幼馴染が制した。
「でも、早くしないと日向さんが沈んでしまう!」
「だけど今行ったら葵も無事じゃないし、どうやって下に行くの?」
確かにそうだ、この崖の高さは飛び降りたら無地では済まない。その時崖の隅に手すりが付いているのに気がついた。降りて行った先には小さなボロボロの桟橋があり、日向の傍まで近づけそうだ。
「これを使えば下まで降りられるわ!このまま放っておいては日向さんが危険よ!」
「その前にやることがあるでしょ。」
島田はスゥーっと息を吸い込むと、
「おおぉーーーい!!日向ぁーー!!」
突然の叫び声に驚き私は尻餅を付いてしまった。だが、その時の痛みでまた少し頭に上っていた血が下がった気がした。確かにまず生存確認した方がよかっただろう。
仮に崖下に降りれたとしても、その間に絶命してしまう可能性もあるしまず生存確認するのが先決だった。
「おおぉーい!!日向ぁぁ!!!」
彼女のシルエットに動きは見られなかった。その間にも海面の高さは彼女の胸の高さまで上がって来ていた。生死は分からなったがとにかく助けないといけない。
「私が行ってくるわ。」
島田の返事を待たずに私は手すりに足をかけ崖下へと向かった。
10
手すり自体は潮風によって錆びていたがそれでも下まで行くことが出来た。無事な桟橋のいくつかを飛び跳ねるように移動すると日向の元へと急いだ。日向の体が乗っていた岩はかなり大きく小島のように佇んでいる。
桟橋からその岩までは海に入り浅瀬が続くとはいえ泳がなければ辿りつけず、所々深くなっているところがある。それでも私は迷わず海へ飛び込んだ。ようやくの思いで彼女の元に辿りつくと崖上からでは確認できなかったが、大量の擦り傷が身体中にあり目をそらしたくなるほどの状態だった。
基本的に外にも出ていないこともあり雪のような白い肌に映える無数の出血している傷は、より一層痛々しく見えてしまう。長い黒髪は海藻のように靡き顔が見えなかったが海面には出ていたので窒息の可能性は少なそうだ。とはいえ既に顎下まで海面が上がってきており油断ならない状態だ。もはや制服が汚れることなど気にせずに私は膝立ちになり彼女の口元に顔を近づけた。
スゥー………スゥー…とかなり浅いながらも一応息はしていた。
「日向さんっ!日向さんっ!!!」
顔を軽く叩くと薄目ながら目を開けてこちらを見つめた。伸ばしてきた日向の手が顔に当たりその冷たさから思わず身震いしてしまった。
「…立花さ…ん。」
「日向さん、大丈夫!?誰にやられたの?」
「わ…分からない…。さ……さ…さむ…」
「分かった、今上に連れていくから」
「…」
再び彼女は目を瞑りそこから返答はなかった。長時間海に浸かっていたせいで体はアイスのように冷たく、体力が消耗し切っているので再び意識が飛んでしまったのだろう。このまま放置すれば命の保証はないだろう。
かといって桟橋を彼女を背負ったままで歩けば確実に壊れてしまうだろう。ふと周りを見渡すと桟橋と反対側には砂浜が広がっていた。そこを目指すべく、ラッコのように抱き抱えると背泳ぎの形で泳ぎ始めた。
必死の思いでがむしゃらにただひたすら足を動かした。顔に当たる雨粒も口に入る海水も、靴の中がグチュグチュになっていく不快さも全てがどうでもいいと思える程に日向を救いたいと思った。彼女は私のされてきたこと以上の嫌がらせやいじめを受けて来たのを風の噂でしっていた。見ず知らずの第三者なら頑張って対処してほしいな、と思うぐらいで受け流せただろう。
だが、彼女の人となりや芯の脆さを知っているからこそ、手を差し伸べてあげなければいけなかった、決して傍観者になっていてはいけなかったのに。関係のない第三者であってはいけなかったんだ。自分の現状や立場を優先し、それまでの思い出をなかったことにしてせいで彼女を孤立させてしまった。今はその後悔が力となって自分の全身を動かしていた。火事場の馬鹿力というべき本来の私が持っている以上の力を出し何とか浜辺に辿り着いた。
11
砂浜にたどり着くと一気に疲労感が押し寄せそのまま倒れこみ、海水飲み込んだことによってむせてしまった。仰向けになり大きく呼吸をするも全然体が上手く酸素を取り込めていな気がする、数分間はただひたすら呼吸をすることだけに注力していた。ようやく少しは落着き、思考回路が戻って来たところで傷だらけの人形のような日向がいた。腕に全ての力を入れて彼女の胸部を触った。ふくよかな胸は一切の動きはなく物のような静の状態だった。その瞬間私は急い立ち上がり彼女の胸に耳あて鼓動を確認した。
…動いていない。
「日向っ!日向っ!!!」
肩を揺さぶるも返事はなかった。一瞬にして応急処置の手順が頭に浮かんだ。頭部を傾けて軌道を確保し、胸部圧迫を行い口づけして人工呼吸するが彼女には変化が現れなかった。
「日向っ!起きろよ日向っ!!」
今までの自分の無責任な行いがフラッシュバックされた。彼女の救いを求める目。喋りかけて来たのに無視してしまった時の寂しそうな目。片方の靴しか履かずに教室に入って来た時の真っ赤に腫らした目…。
…ごめん。
ごめんなさい…。
今更許してほしいとは思わない。けれど、面と向かって今までの行いを誤らないといけない。このままで別れてしまうなんて嫌だ。
…ここまできてもまだ結局自分のことしか考えれていない。
日向はどんなに辛くても私に被害の矛先が行かないように一身に受けてくれていたのに…。
…
ポンと置かれた手が強く揺さぶられたことによってようやく現実に引き戻された。顔についていた海水は既に乾いていたが、目元だけはいまだに濡れていた。島田は既に色々と察しが付いているのか砂浜に膝を立てて私の体を強く抱きしめた。無意識に流れていた涙は理由がはっきりとしたものに変わった。島田の体は暖かかった。
制服は少しは乾いたとはいえ中の下着はまだ濡れていて体はまだ冷えていた。
「…痛いよ。」
ポツリとこぼした言葉で自分が強く抱きついていたことが分かった。
「…ごめん。でももう少しだけ…。」
今は孤独を感じていたくなかった。
…
「もういけそう?」
「…うん。」
疲れ果てているとはいえ、ずっとここでこうしているわけにも行かない。重い体と日向を引きずって寮への帰路についた。
12
私たちが寮にたどり着く頃にはあたりが夕焼けの赤一色となっていた。三人四脚で長距離を歩いたにしては日没前に辿り着けたのは個人的には奇跡に等しく思える。寮の前には心配そうにあたりを見回す月代先生と、壁に寄りかかり明らかに苛立っている押井先生の姿があった。が、その二人よりも前に私たちを見つけたのは同じく外で立っていた片岡だった。いち早く私達の元に駆け寄ると状況を察したのか何も言わずに日向を担いで寮へと入って行った。
「お前たちはシャワーを浴びて食事を取ったら職員室まで来い」
とだけ告げられると押井と月代は校舎へと戻って行った。あっさりするほどの展開に私達はその場でしゃがみ込んだ。斜陽の中でしばらく目を閉じてこれまでの疲れを癒した。
その後は言われるがままシャワーを浴び、全てを終らせ職員室に着く頃にはすっかり日が沈んでいた。
私達は簡易的な応接室のようなスペースに通されるとそのまま席に座るように言われた。
てっきり説教を食らうものだと思っていたが、月代がテーブルに紅茶を置いた時点でそうでないことを察した。
「本来であればお前たちの無断外出を責めるところであるが今回はそれは不問にふすことにした。」
その言葉からワンテンポ遅れて、私は幼馴染の方を向くと彼女も同じようにこちらを見てきた。
「はぁ~、良かったぁ!」
緊張の糸が切れた島田は深くソファへともたれかかった。私も少しホッとすると肩の力を抜き押井の次の言葉を待つ。
「私も藤女の卒業生として多くの事を体験したからこそ、このような手紙の脅しは大方ハッタリだと思うし、他人のことよりも自分の保身に走るものだ。だから最初はこの件について真面目に取り合おうと思わなかった。」
一息つくと置かれていた紅茶を飲んだ。その後はしばらく沈黙の後、押井はゆっくりと頭を下げた。
「自分の先入観で大切な生徒を蔑ろにしてしまった。本当に申し訳ない。」
私はこんなに直接的な押井は初めてだったので面を食らってしまい、幼馴染の方も同じく冷徹なイメージが強すぎた様でポカンとしている。
困惑している私たちに対し片付けの済んだ月代が押井の隣へと腰掛けた。
「私もこの様な事態にさせてしまって本当にごめんなさい。私がもっとしっかりしていれば…。」
うなだれる様に頭を下げる月代をよそに、私は現在最も気にしなければいけないことを訪ねた。
「先生!日向さんはどうなったんですか!!」
思わず立ち上がってしまった私に驚いて月代先生は紅茶をこぼしてしまった。慌てて拭こうとする姿や、島田がタオルを取りに離席する姿や、それを落ち着くように押井が諫める姿を見て冷静さを取り戻した。数分後には予備で持ってきたであろう服装に着替えた月代がことの顛末を話し始めた。
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寮にたどり着いた頃には既に心肺が停止した状態であり、AEDを使用した蘇生も意味はなかった。体に多数の傷があったものの致命傷になるほどのものではなく、状況から推測して溺死であると判断された。本来であればなるべく現状維持させた状態で保存するべきであるが、彼女の名誉のために海水を洗い流して食堂に備わっている予備の大型冷凍庫にて入れらている。
「お前らが無断外出した理由はこの手紙のせいであろう?」
押井が取り出した手紙は紛れもなく私の物と一緒であった。が、それを証拠としては提出できなかった。というのも、朝食の時に島田に見せてからずっとポケットに入れたままで、その後長時間海水に入ってしまったので見る影もなくなってしまった。そうなってしまうともはや白紙の紙屑とたいして変わらないので、制服を洗濯機に入れる前に廃棄してしまった。
「確かに私もそれと同じ物を受け取りましたが、今はもう…。」
「冷静を装っていても猪突猛進なところは変わらんか。」
たった少ない会話でも押井には状況が伝わったようだった。押井は短いため息の後に、
「今回は厳重注意ということでお前たちは明日も引き続き自室学習だ。今日サボった分をしっかりと終わらせておけ。」
「?ということは他の人は明日から授業再開ということですか?」
「えぇ。昨日、今日の件を受けた上で片岡さんの方から現状に対する異議申し立てがありまして。」
「貴重な夏休みの勉強時間を取るに足らないことで無駄にさせるな、とな。」
「信じられませんね、あの良識的な片岡様がそのようなことをおっしゃるなんて。」
「まぁ、あいつも受験生だ。大学の優先枠は夏の勉強量にかかっていると言っても過言じゃないからな。ある程度のことならなりふり構っていられないというのも理解できんことはない。特にお前も参加しているんだしな。」
「…。」
「それはどうしてなんですか?」
この中で詳細を唯一知らない月代先生は、純粋に質問をしてきた。
他の二人からでは口が重いであろうと思い、当の本人である私から説明をした。
「片岡様のお父様はKATAOKAグループ、つまりカタオカ自動車のご令嬢で私の父の会社とは同業のライバル会社ということです。しかも今カタオカ自動車はカタログでのスペック詐称や、不当労働疑惑やら色々と不祥事が起きているのもあり、現在の株価は最早中小企業と変わらないレベルにまで落ち込んでいる状況です。」
「噂では早い段階で立花に買収してもらって業務の立て直しを求める株主も出てくるほどにな。
一代でここまで持ってきた父親の手腕があっても継続的な経営については素人と言っても過言ではない、だからこ彼女は会社を長く存続させる方向での経営の仕方を考えている。そのためにも経営界の様々な人脈を持てる『藤女の会』にはなんとしても入りたいのだろう。」
藤女の会。
藤ノ宮女子大学の選抜学科の卒業生で構成されている同好会の名称である。それだけでもただの同窓会ではないということは理解してもらえるだろう。事実、ぎりぎり学費を捻出するような倒産寸前の企業が藁にもすがる思いで送り出した令嬢が見事に選抜学科に入学した途端、多くの企業からの業務提携などが行われ見事第一線への復帰を果せるほど会員同士の団結は固く、メンツを守るため資金提供や努力は惜しまれない。
入学した時点で企業の寿命は何十倍も伸びたと言えるだろう。
「まぁ片岡様が藤女の会の不敗神話にあやかりたい気持ちも分かるかなぁ。うちのパパも立花自動車におんぶに抱っこだから、親からの圧力はすごいし。」
「…。」
島田は軽い自虐ネタかも知れないが、私的には笑って受け流すことはできない内容だ。
事実、島田の実家は家具メーカーであり、家庭用の家具よりも立花自動車の座席シートでの販売が過半数であり、現状の企業規模を続けるにはこの関係は決して切れないだろう。だが、それは大人の理由で個人的には島田との関係はそれとはまた別の話だ。幼稚園からずっと一緒でありどんな時でもそばにいてくれた唯一の親友だと思っている。だから会社間の話は学生の今はまだ考えたくない。
「つまり、片岡さんにとってご実家を守る為にも、今は受験戦争に勝つことだけに執着をしたいってことですか?」
「はい、しかも私がこの合宿に参加していることが、さらにプレッシャーになっているかと思われます。」
多くの企業からの手助けが確約されるとはいえ、同業者もその参加券を持っているとなると自分が合格しなければ後がないのが明白だ。だからこそ今は純粋に勉強に励みたいのだろう。
「事実、彼女はあくまで勉強再開派の筆頭であって別の生徒からも要望が出ていることを考慮して明日から再開することになった。だが、お前たちが日向の救出に向かった英断を考慮しても、学園生活のルールを破ったことには変わりない。要は他の生徒への見せしめも兼ねて明日は自室での謹慎と自習を命じることになった。」
「そうですね。無人島という閉鎖空間で身勝手な行動への罰としては順当と思います。私、立花は謹んでその罰をお受けいたします。」
「私もそれでいいです!」
「二人ともありがとう。教材自体は昨日配ったものになるから、大人しく自習していてね。」
「はーい。わかりました!」
「話は以上だ。詳細は他言無用にするように。」
「ええ、分かっております。ではごきげんよう。」
「失礼しました!おやすみなさい!」
一礼すると私たちは職員室を後にした。
15
…。
やはり幼馴染と会社間という大人の世界の話をした後は少し気まずく黙ってしまう。いつものような気軽な関係から一転して社会での上下関係というものがはっきりしてしまう。だからなるべくこの手の話は避けてきたが、それを気にしているのはどうやら自分だけらしい。
「自習めんどぉ~い!」
当の本人は明日のことで頭がいっぱいのようだった。その方が気が楽でいいのだが、自分だけ悩んでいたということになんだかモヤモヤしたものが残る。島田的には気にしなくて良いとのメッセージかも知れないが、受け手的にはそう簡単に割り切れない。
兎にも角にも日向の件が一応の解決をしたこともあり、今日のところは早めに休む事にした。が、寮の二階にたどり着いた時点でそうはいかない状況になった。少しだけ開いた扉から手招きするような仕草が見えた。こんなことする同級生は一人しかいない。一瞬悩んだが、答えを出す前に幼馴染はその部屋に入ってしまった。
欲望に忠実な友人の後を追うように私も部屋に入っていった。基本的にお嬢様として念入りに育てられてきた者達は、身だしなみに使う道具や、こだわった日用品などが多くなり、二週間の夏期講習でも相当な量の荷物を持ってくるため、自室が綺麗に整頓することは難しいが、嘶城の部屋はそれとはまた違ったタイプで散らかっていた。
本来教材を広げるための机にはノート型のPCが置かれ、その隣には多くの手帳とノートが積み重なっている。
女性らしさが一切感じられない部屋だが、ベッドの周りだけはまだましの方でそこに座る事にした。
「お二人とも災難でしたねぇ。」
そういうと、どこかからドーナツを出してきた。有名メーカーではないが夕食後のお菓子としては丁度いいサイズ感だった。
「お二人のお話はある程度ではありますが聞いてます、ですが詳細にお話を聞いてもいいですか?」
「あぁ、だが一応日向の尊厳に関わるようなことは言えんぞ。」
「それはもちろんです!ジャーナリズムは相手のことを尊重して行うことですから!」
「えぇ~たまに際どい内容の記事を書いて発禁になってるじゃん!」
「ん~。また痛いところを…。まぁそれには色々とありますので。切り替えて、では早速…。」
おおよそ22時近くになるまで話し込んでしまった。彼女からの情報によると、昼食に私達が来ない時点で脱走が発覚。気づいた、片岡様が教師陣に報告したが、押井の方にも手紙が届いており因果関係があるのではないかと思うも悪戯と判断。だが、指名された日向も昼食時に食堂にこなかった事により月代先生と片岡様、湊様が心配に思い押井を説得、日向に何かあった場合は私たちへのお咎めなしという結論になったらしい。そして実際日向を抱えて帰ってきた為、軽い説教のみで済んだという理由だ。つまり、片岡様と湊様にはだいぶ助けて頂いたということだ。
「流石にお礼の言葉を言わないというのは無礼すぎるわね。」
「そうだね、まだ起きてるだろうしお礼をしに行こうよ!」
ということで、私たちは三階に向かった。
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三階に上がるとそこには二部屋分のサロンがあり湊様派の方達が独自の勉強会を行っていた。生粋の温室育ちの方達でないためかお堅い雰囲気はなく、かなり砕けた感じのある空気感で勉強を教えあっていた。
「あの、湊様。今宜しいでしょうか?」
「あぁ、立花ちゃんと島田ちゃん!こんばんわぁ。」
「こんばんわ!先輩!!」
「お話お聞きいたしまして、今日はかなり庇っていただいたそうで本当に助かりました。」
「いやいや、気にしなくていいよ!そっちこそ困ってる人を助けるってちょーカッケェーじゃん!」
ねぇー、と周りに聞くと周りの方も同じように賛同した。
「ですがそのせいで、先輩の方は大切な勉強時間が減ってしまったのは誠に申し訳ないです。」
「んー。まぁ確かにちょっとは減ったけど、どうせ一日中集中力が続く訳でもないし。息抜きがてらだったから、気にしなくていいよ。」
「だって、よかったね!」
「ですがやはり何かしらのお礼はあるべきかと。」
「正直、エスカ組と違ってそこまで心血注いでこの受験やってる訳じゃないから、そこまでの好意は受け取れないけど、後期生徒会選挙を手伝ってくれると嬉しいかなぁ。」
確かに、手伝いだけならこちらの負担も少ないし、向こうとしてもお礼として十分であると思うが、簡単に返事はできなかった。返答に困ってるのを察すると満面の笑みを向けてくれた。
「ウソウソ!エスカ組の結束が堅いのは知ってるし、片岡ちゃんの手伝い頼まれているのも分かってるから。まぁまた東京に戻ったら良いとこの紅茶でも差し入れてよ!」
「それぐらいでよければいくらでも。
…。
お気遣いありがとうございます。」
「うん、じゃあまた明日!」
「はい、ごきげんよう。」
一礼をすると私たちはサロンを後にした。
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その間も湊様はずっと手を振っていてくれた。その足で私たちは片岡様の部屋に向かった。ノックをするとわざわざ向こうからドアを開けて迎えてくれた。
「遅い時間に失礼いたします。」
「いや、気にすることはない。立ち話もなんだから入りたまえ。」
「いえ、今日のお礼だけですので、お時間はお取りしません。」
「そうか、せっかく里野君がコーヒーを入れたから良ければと思ったが、残念だ。」
「いいえ!飲んできます!」
「ちょっと、真由!」
「せっかく、誘ってくれたのにそれを無碍にするのはマナー違反じゃない?」
「でも…。」
「まぁ、気にせずに入ってくれたまえ。せっかくきたのだから来季の選挙戦についての話もしようじゃないか。」
そこまで言われると断る理由もない。誘われるがままに中へ入ると生徒会書記の里野様もいた。
軽い会釈を交わすと言葉通りコーヒーが振る舞われた。
「片岡様。今日は本当に助かりました。」
「なに、気にする必要はないさ、同じ幼稚園から勉学を学ぶ者同士として助け合うのは当然だからね。」
それに、とコーヒーを一口飲み一息入れると言葉を続けた。
「来年は僕の後を継ぐのは君になるだろうから、近いところで勉強をしておくことは重要だろう?」
「話が早すぎます。確かに私も生徒会長の座を考えてはいますが、私以外にも候補になられるお方は多くいますから。」
「確かにそうかもしれないが、僕は君以外にはいないと思っているよ。」
その熱い視線は、確かに優しさからくるものだろうが、お互いに背負っているものを考えるとどうしても裏があるのではないかと考えてしまう。事実、片岡は今年の体育祭にて多くの根回しと書類の裏工作にてよって外部の喫茶店を出張させ開校初のティータイム休憩というものを実現させた。言葉にすれば簡単そうであるが、伝統を重んじるこの学校において現体制に風穴を開けることができたというところはかなり大きい。事実これには教師陣も苦虫を噛み潰したような顔をしていたらしい。それだけ片岡夢美という人間は侮れない。気軽に話していても、どこかでボロが出てしまうのではないかと身構えてしまうが、基本的には優しい先輩であるから不要の配慮だろう。
「さて、本題に行く前に先に断っておくが、君たちを庇ったことでの感謝は必要ないよ。」
片岡はそうとだけ言うと、先ほどまで読んでいたであろう書類に向き直っていた。
「一番初めに君たちへの抗議を言い始めたのは湊君の方だからね。君も知っての通り彼女は義理人情を大切にする人だから、今回の処分についてもいの一番に食ってかかっていたよ。」
「我々は、あくまでも他の方達への印象を良くするためにその案に乗らせていただけですわ。」
「つまり君たちをダシに使ったと言っても過言ではない。だが別に構わんだろう?」
「ええ。どのような魂胆であれお二人のお力添えあって寛大な処罰で済んだのですから別段構いません。」
「立花君ならそう言ってくれると思ったよ。まぁ君たち側からは夜間に直々に謝罪の言葉を、私達はコーヒーで手を打ってもらえると嬉しいのだがどうだろうか?」
「それで私も島田も構いません。」
「そう言ってもらえて良かったよ。今のところ始業式の朝から早速始めようと思うのだが…。」
そこから約十分ほどの会議が行われた。だが、会議というよりも既に決められている事の説明を受けたと言った方が正しい。既に両名の先輩たちにより作戦は決まっており、その中から私たちにやってほしいことだけ伝えたと言った感じである。選挙期間前の受験生が決めるには詳細まで考えられており、やはりこの人は敵に回してはいけない人だというのを痛感した。だがそんな片岡が表向きだけかもしれないが自分たちを仲間に招いてくれているのはとても心強く思える。再び今日の感謝を述べると片岡達の元を後にした。
廊下は既に消灯されており、現状の外出もバレたら面倒臭い事になるが生徒会での仕事の手伝いをしていたと言えばなんとかなるだろう。この日は朝からの疲れなどもあり自室にたどり着くと倒れるように眠ってしまった。
>>続く




