演劇祭と言う名の目標
今回は私、逆さまの蝶が書かせて頂きました。
こう言った小説を書くのは初めてなので、うまく書けているか少し不安ですが、どうか末長くお付き合いくださいませ。
「演劇祭?」
汀の言った一言が理解できずに、夕輝以外全員がぽかんとした表情をして聞き返した。
「そう。演劇祭。私達それに参加しようと思ってるんだ。ほら。去年までは部員の人数が少なすぎて、学校の中でしか発表できなかったでしょ? 今年は人数がある程度揃ったから、ぜひ参加してみようと思ってって……あれ?」
一人意気込んで話す汀とは対照的に、彼女以外誰一人として反応を見せない。まるで時が停止してしまったかのように、彼らはまったく動いていないのだ。
「えっと……。私、何か分からないことでも言ったかな?」
「それはつまり、俺達が学校よりももっと大きな場所で、たくさんの人に俺達の演技を見てもらえるってことだよな?」
裕太の何気ない発言が、停止していた時を元に戻す。
「そう言うことだけど?」
汀がそう言うや否や、今までの時間停止が嘘のように演劇部員全員が飛び跳ねた。耐震強度が弱い校舎なので、飛び跳ねたことにより軽い地震が起こる。
しかし彼らは、そんなことは気にも留めずに、目をキラキラさせながら歓喜の声を上げた。
「マジで!? 俺達ついにそこまで有名になっちまったのかよ! 演劇やってて良かった!」
「演劇祭――ってことはそれなりに有名な劇団もやってきますね」
「ってことは、俺達その劇団の人達と肩を並べたってことだよな?」
汀を置いてきぼりにしながら、彼らは勝手に話を進めていく。まだ、彼女は自分の言いたいことの半分も言っていないと言うのに。
汀は自分の話を最後まで聞いてもらうために、自身の澄んだソプラノを使おうとした。
「ちょっと皆――!」
「落ち着けバカ共! お前ら浮かれ過ぎだ! これは言い換えれば、他の連中に恥じぬような演技を俺達がしなければならないと言うことだ! 少しは自覚しろ!」
夕輝に一喝され、冷水を浴びせられたかのように部員達が静まり返る。
まさに鶴の一声。さすがは演劇部部長と言ったところである。普段あまり働いていないのが欠点だが……。
汀が夕輝にありがとうと言う意味を込めた視線を送った。夕輝は代わりにどう致しましてと言う視線を返す。
「さっきも言ったように、私はこの演劇祭に出ようと思っているの。だけど、私達はその演劇祭に向けてやらないといけないことがたくさんあると思うの。だから、これからいつも以上に厳しい練習をしなくちゃいけないと思うけど、皆いいかな?」
彼女は必死の表情をしながら、部員達に訴えかける。彼女の表情からは、どうしてもこの演劇祭に参加したいと言う熱意が見て取れた。
しかし、先ほどの熱気が嘘のように再び沈黙する部員達。時間だけが刻一刻と過ぎていく。
「いいんじゃないか」
最初に沈黙を破ったのは恵介。
先ほどからあまりしゃべっていなかったため分かりづらかったが、彼の声には妙な深みがある。
「さすがに部長命令じゃ仕方がないな」
恵介に続き、裕太も少し芝居のかかったようにしゃべり出す。
「部長は夕輝だろ!? でもまぁ、汀にはさっき助けてもらったし、俺も別にいいぜ」
相変わらず裕太にツッコミを入れながら、汀の意見に賛同の意を示す時雨。
「皆さんがそう言うなら、僕は何も言いません」
童顔の影も文句なしと言った表情をしながら汀の意見を受け入れた。
「だそうだ。良かったな、汀」
夕輝が汀に綺麗なアルトの声で言う。汀に笑いかけた夕輝の表情は、老若男女問わずに安心感を与えるものであった。
「うん! ありがとう皆!」
汀は満面の笑みで部員の皆にお礼を言った。
この演劇祭には、実は誰よりも汀が参加したかったのだ。
今年の夏は、彼ら演劇部にとって高校生活最後の夏。汀が演劇祭に参加しようと思ったのは、高校生活最後の夏で絶対に悔いが残らないようにしたいと言う願いによるものだった。
「じゃあ皆! 今日も張り切って練習しよう!」
汀が演劇部員達に呼びかける。
「オー!」
全員が一団となり、彼らは演劇祭と言う目標に向けて動き出した。
「それじゃあ、最初はいつも通り、発声練習からしようぜ――」
そう言い出したのは、裕太である。
彼がいつもより張り切って見えるのは、彼もまた、演劇祭に出ることを楽しみにしているからと言うことに他ならない。
しかし、彼の前に一人の男が立ち塞がった。その男とは――時雨である。
「ん? どうした時雨?」
裕太が不思議そうな顔をしながら尋ねる。
「裕太達は練習の前に補習に戻りな。俺達はここで先に練習してるから。ほら。行った、行った」
時雨はそう言うと、さっきと同じように裕太と恵介にしっしと手を振る。
「お前は俺に死ねと言うのか? 何て薄情な奴なんだ!」
裕太はやたら大げさに言った後、おうおうと嘘泣きをしてみせる。あまりに分かりやすい大根芝居に、時雨はふぅと大きくため息をつく。
「補習ぐらいで死ぬ訳ないだろ! いや――むしろ、裕太は死んでくれたほうがいいのか……?」
ツッコミを入れた後に、一人納得しながらそんなことを言う時雨。
裕太は時雨の台詞を聞くと、すぅっと目を細めた。
「時雨……お前、また窓の外に放り出されたいようだな?」
裕太は目を細め、腹黒い笑みを浮かべながら、時雨にじりじりと詰め寄り始めた。時雨は逃げ場をなくして、窓の方へと追いやられる。
「汀ァァ! 裕太をどうにかしてくれええ!」
見れば、時雨が二階の窓から外に放り出されそうになっていた。
先ほどと寸分違わぬ、まったく同じ光景である。
「汀。俺は少し不安になってきたんだが……」
夕輝に言われ、汀もほんの少しだけ不安になった。
ご読了ありがとうございました。
次は、BJ様が書かれます。