演劇部
トップバッターの桃蓮です。何だか私の小説のごとく突っ張りました。
でも、一生懸命書きましたのでどうぞご覧ください。
……それは、小さな小さな高校の、夏休みの事だった。
夏期講習、高校の夏休みの第一関門。
そんな地獄のような夏期講習が終わりをつげ、号令と共にガタガタと"3年2組"と書かれた教室を去っていく生徒達。その中には、まだ教室に残って遊んでいたり、自習する者、先生に質問等をする者もいた。
そんな中の一人、黒髪を一つに結わえた少女が、学生用バックを持って教室を出た。この高校の制服である赤いリボンが、とてもよく似合っている少女である。
廊下を行く生徒達とすれ違い、追いつき、追い越され、時には先生に挨拶をし。少女は淡々と廊下を歩いていた。
少女の向かう先――それは少女自身の部屋だった。
少女の名は如月汀と言う。汀は今、自分の部活……演劇部の部室に向かっているところだ。
汀はふと、ある教室の目の前で立ち止まった。そこには"資料室"と言う札に上書きされ、"演劇部室"と言う文字が、コンピュータで打ったようなとても綺麗な字で書いてあった。
「こんにちはー」
カラカラと引き戸を開け、能天気なソプラノの声で汀が言うと、奥からはアルトの低い声が聞こえた。
「……よ」
それだけ言って俯いた彼――訂正しよう、彼女の名は、高槻夕輝と言う。男子用の学校指定の服を着、頬杖をついて奥の机に踏ん反り返っている。
夕輝は何でも財閥の娘だそうで、彼女の権力におびえる先生たちが、"此処では、俺、男だから"と言う夕輝の宣言で男装を許した事は演劇部のみぞ知ることだ。つまり、彼女は学校上男である。
一回女として、汀が夕輝に"何で男装するの?"と聞いたところ、夕輝はしれっと"他校に居る彼氏が、俺に悪い虫がつくからって"と言い放って見せた。……汀はその時、夕輝は天然だ、と言う事を身を持って知った。
「夕輝、皆は?」
汀が荷物を降ろしながら聞くと、夕輝はさらりと言ってのけた。
「はァ? あのバカ共か? どうせ補習か何かだろ」
鼻でせせら笑った夕輝には、特有の妖艶な雰囲気が出ていた。そんな彼女が、この部活の部長なのだから訳無い。かく言う汀も、実質ほとんど部長のような副部長なのだが。
汀が苦笑していると、ドアの辺りから怒声が聞こえ、2組の男子生徒がやってきた。
「誰が補習だ誰が! お前が補習じゃねェんなら俺たちも補習じゃねェよ!」
「噂をすれば」
夕輝がにやりと笑った。怒声を放った方の男子は少し舌打ちをし、荷物を降ろして真ん中の机に座る。
続いて入ってきた少年は、失礼しますと笑いながら荷物を降ろした。
因みに、怒声を放った方の男子は池田時雨、続いて入ってきた少年の方は皆瀬影である。時雨はある意味苦労人の演劇部のツッコミ担当、影は根っからのショタッ子だ。影は敬語を使うが、実は皆と同じ三年生である。
そう――この演劇部は、今年三年生が卒業したら廃部になってしまう。と言うのも、演劇部に所属している6人が全員三年生だからである。
「おいそこのバカ、裕太と恵介は?」
「いきなりバカかよ、俺の人権は主張されねーのか」
「確か、さっきすれ違ったからもう少しで来ると思いますよ」
そうか、と夕輝がため息をついた。汀はふと、あとの二人――小林裕太と、守島恵介の事を思い出す。
(そういえば、今日は話があるから、早く来てね、って言ったんだけど……)
汀が首をかしげた瞬間、後ろの戸から長身の男子がやってきた。……裕太である。
「こんちはー」
裕太はそう言うと、ずかずか中に入った。後ろから童顔の少年・恵介もやってきた。
二人が荷物を降ろしたのを尻目に、夕輝が二人に尋ねた。
「おー、何してた?」
その問いに裕太は、何の気も無く言う。
「補習」
そう言って、真ん中の机に備えてある椅子に腰掛けた裕太と恵介に、時雨が尋ねた。
「お前ら抜け出してきたのか?」
「汀が、どうしても今日は用事があるからって」
「そうそう、話したい事がね」
裕太に指差され、にっこり笑った汀を尻目に、時雨は裕太と恵介にしっしっ、と手を振る。
「良いだろ別に、補習終わってからでも。こっちは発声とかして待ってっからよ。ほれ、行け」
「えー……。お前は生死別れの宣告を聞かずに補習に行けって言うのか!?」
「しらねーよ! 何だよ生死別れの宣告って、お前何しでかした! てか、お前補習のルビをせんじょうにするな!!」
時雨がいつものごとくつっこめば、裕太は何か思いついたように目線を時雨に向け、無表情に言い放った。
「つかよォ、そう言う時雨が出てきゃいいんじゃね?」
「え?」
その裕太の言葉を不穏に感じた時雨は、嫌な予感がして堪らなかった。……汀と、裕太が時雨を押し、奥の窓まで追い詰める。
そしてなんと、本気で窓の外に出した。
2階にある部室の窓にぶら下がっているので、時雨は窓粋につかまっている状態である。
「……裕太ァァァァア! やめ、ちょ、中に入れてェェェエ!」
「じゃあ言ってみろ、部室に裕太様と恵介が来てよかったですと、心からな」
裕太が黒い笑みを浮かべる。……備考だが裕太は生枠のドSである。この黒い笑みこそ、裕太が心から楽しんでいる笑みなのだ。
「これ……っ、マジシャレになんないって! 裕太、か、勘弁して」
「10秒」
時雨に向かって冷ややかに言い放つ裕太に、時雨はゾクリと悪寒。
「……」
時雨は少し沈黙してから、早口で部室に裕太様と恵介が来てよかったですと言い募る。毎日の光景だが、さすがにかわいそうである。
機転を聞かせた汀が、皆に呼び掛けた。
「ねー、皆、良いかな?」
「あ?」
「何ですか?」
全員(時雨以外)がこちらに向いた。すかさず時雨が見えないながらも必死に言ってくる。
「ちょ、この状態で話を始めるな! 汀、助けて!」
「裕太、時雨中に入れてあげて」
汀が裕太に言い放つと、裕太は少し頬を膨らませた後、呟くように了承した。
「アイアイサー」
「た、たす、助かった……」
裕太に手を貸してもらいながら入ってきた時雨は涙目である。
「で、何?」
恵介が汀に言ってきた。少し夕輝に目配せすると、お前が言えと目で言われた。一応女同士、と言う事で以心伝心が出来る程仲が良いのだ。
「実はね……」
汀は改まって口火を切った。
次は逆さまの蝶様、お願いします。