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6、初めて知った外の世界〜保育園は苛めの始まり (親が子供に苛めを助長する世界だった)

 五歳を半分過ぎた頃、黒いスーツを着た知らない男の人が家にやって来ました。その人は慣れた様子で家の奥まで入っていき、伯母と話をしていました。

 私は、いつものようにキッチンの柱に隠れてそれを見ていました。


「あんた、一体どうするつもりで()るんだ! あの子ももう5歳を過ぎたぞ、そろそろ保育園に入れたらどうだね? 友だちも居らんようだし、可愛そうじゃないのか? このままだと、小学校に上がっても自分の名前も書けん子になってまうぞ! あんただって、あの子がおっては仕事にもいけんだろう。保育園に入れりゃ働けるだろう? どっこも悪くないんだで、働いて貰わな、なー (うち)()るよりあの子のためにも良いでなぁ」と、言ってその人は帰って行きました。


 こうして突然やって来た怪しげな人のお陰で、私は狭い家の中から解放されて、保育園という外の世界に出られることになりました。



 初日、職員室に行くと、つるつる坊主で真っ黒な着物をまとった怖い人が数人いました。

 小さい頃から家の前に来ていた怖いお坊さんに似ていて、とても怖くて固まった自分を覚えています。

 そのお坊さんが来ると、いつも伯母は機嫌が悪くなりました。

「あんな禅宗の坊主なんか相手にするんじゃないぞ! ああやって寒そうな恰好でわざと(ひと)()の前に立って、やぁらしいよー 同情を引こうとしとるんだ。うちの先祖が禅宗なんかしとったで、爺さん婆さんも弟達も早死にしたんだ。うちの家に男が育たんのは禅宗のせいだ! 禅宗は人を生きたまま土に埋める悪い宗教だで、絶対に相手にするなよ」と。


 私はいつも二人のお坊さんが家の前に立ってずっと『ほーーー、ほーーーー』『ほーーー、ほーーー』と、言っている声が怖くて仕方がありませんでした。

 それでも何だかわからないけど、気になって、来る度に玄関のガラス戸の前に立って、相向き合いで居なくなるまで見ていました。

(うちは学会だからお金なんて貰えないのに、どうして、この人達はいつもうちに来るんだろう・・・ あんな寒そうな恰好で裸足だし、うちなんかにきても何もないのに、可哀そう・・)と思っていました。


 保育園に居た黒い着物のお坊さんのような人を見た瞬間、この時のことが頭に浮かびました。

「あの人たちが、どうしてここにいるの?」と思いましたが、保育園にいたのは女の人でした。

「どうして女の人がつるつる坊主なの? 本当に女の人なの?」と、思ってました。

 その中の一番、怖い人が、私の担任になりました。アルプスの少女ハイジに出て来るロッテンマイヤーさんのような先生です。


「あなたは途中からだから本当は年中さんだけど、空いてないから年長さんで良いわね」と、園長先生が言いました。

「他の子たちはもっと早くから来ているけど、それにしても、あなたは遅いわね。みんなは三歳から来て年少さんから始めるけど、あなたは途中だから仕方がないわね」と、担任の先生に言われました。


 年長さんの教室は、職員室から一番遠いところにありました。

 職員室の隣には、給食のおばさんの部屋と給食室があり、その次に乳児組、年少組、年中組、年長組と並んでいます。

 先生の後に着いて、一番遠い年長組まで渡り廊下を通って歩いて行ったのですが、5歳を過ぎた大きな子が、いきなり入って来るなんてことは珍しかったんでしょうか。もう既に私の噂は回っていたようで、他の教室からは、ひそひそと、(何か言われているな)という空気が漂っていて、嫌な感じがしました。


 教室に入ると数人の男子が走り回っていました。

 先生がパン、パン、パンー! と手を叩き、「静かにしなさい!」と怒ると、サーっと潮が引くように静かになり、みんな一斉に席に着いたのです。

 私は先生に言われて、前に立たされました。みんなの注目を浴びることなってしまったので、凄く戸惑っていました。


「今日から新しいお友達が来ました。ヘンミ スズさんです。みんなにご挨拶しなさい」と、言われたんですが、怖くて何も言えませんでした。 


 すると、一人の男子が「先生―」と言って手を上げたんです。 

 先生が「リュウタロウ君、どうしたの?」と聞くと、その子が「な、なまえ・・・なんていった?」と言いました。


 その声に反応して周囲の男子が面白がって「なんていった? もう一回! もう一回!」と、手を叩いて騒ぎました。


 先生がまた私の名前をいうと、周囲の男子が次々に

「ええ?へんな、ミミズ?」 

「へんな、名前―!」 

「おい、リュウタロウ、こいつ・・・へんな、ミミズだってー」

「ええええ、面白れぇ」 

「へぇーー、 ミミズ? へんな、なまえ・・・」 

「ミミズだってー」 

「やーい、やーい、ミミズ」

「やーい、やーい、ミミズ」

「ミミズー」

「ミミズー」と、波紋の様に広がっていきました。


 リュウちゃんとは、一回目の年長さんで同じクラスでしたが、あまり良く覚えていません。「リュウちゃん」と、呼んでいたことは覚えていますが、あまり関わったことがないように思います。

 リュウちゃんは優秀で、みんなの人気者だけど、ちょっと不器用さんです。


【後にリュウちゃんの家で再会することになるんですが、いつも私の顔を横目で見ながら、気まずそうに足早に前を通り過ぎて行ったことだけは良く覚えています。

 当時の私は、それがどうしてなのか? わかりませんでしたが、こうして書いていて理由がわかった気がします。】



 保育園には、給食とおやつの時間があって、私の知らない食べ物がいっぱいありました。初めて見るものばかりだったので、私にはどう食べていいのか? わかりませんでした。

 その時間になると机を移動させて、みんなで輪になって食べるんです。

 その後ろから先生が大きなやかんを持って、牛乳をひとりずつに配って歩きます。


 どうしたらいいのか? と、戸惑っていたら、いじめっ子の男子に囲まれて

「おまえ、これ、食わんの? だったら俺が食ってやる!」と、いつも、おかずやデザートをとられていました。

 後で大事に食べようと思って、残していた好きな物まで取られていました。

 だから、何を食べたとか記憶は殆どありません。


 記憶にあるのは、いつもは大きなやかんに牛乳が入っていて、生ぬるい脱脂粉乳だったので、気持ち悪くて大嫌いだったけど、水曜日は特別に、オレンジジュースが入っていて嬉しかったと、いうことだけです。


 当時のジュースは、粉を常温の水で溶いただけの物で、そんなに美味しくはないんですが、私にとっては初めてのことでしたので、水曜日がとても楽しみでした。


なぜだか?判りませんが、私だけ、父の苗字のままでしたから、そのせいで、苛められました。

 でも、どうしてなのか?・・・

 私自身も自覚がなく知らないことなのに、それからも勝手に噂が広がっていて、

「お前んちは、父さんが居ないんだって? 貧乏だって、母さんが言ってたぞ。貧乏人の子は臭いから相手にするなって言われたんだ」

「やーい、やーい、貧乏―!」

「貧乏人は臭いから近寄るなー」 

「みんな逃げろー」等と言っては、ことあるごとに、また同じ男子から苛められていました。


【この苛めの中心になっている男子から、どうやって噂が広がったのか?は、わかりませんが、次の年長組でも、小学校に入ってからもずっと、私は苛められていました。

  小学校を卒業するまで「ミミズ」と言われ、「こいつん()、父さんが居ないんだぞ! 貧乏人!」などと言われ・・・

 給食をとられたり、からかわれたり、持ち物を隠されたりしていました。】




 いつも、私を苛める住み込みの給食のおばさんが嫌いでした。


 みんなはお帰りの会が終わると、お母さんが迎えにきて嬉しそうに帰っていきますが、私はいつも先生に連れられて給食のオバサンが住んでいる部屋に行きました。

 どうしてなのか? は、わかりませんが、約束は8時まででした。

 最終のお残りさんの時間が6時までなので、その時間が過ぎると私だけ給食のオバサンの部屋に預けられていました。


 いつも夜の10時を過ぎる頃まで、伯母が迎えに来なくて・・・

 毎晩ずっと、給食のオバサンに怒られていました。


「なんで私が、あんたなんかの面倒みなきゃいけないのよ!」

「あんたの伯母さんは、いつ来るんだ! もう8時をすぎたけど、いったい何時になったら来るんだよ!」

「鬱陶しいねー、私は今、ご飯を食べてるんだから、あっちに行ってなー、見てるんじゃないよ!」と、怒鳴られて、廊下の隅で小さくなっていました。


 何処に行っても苛められて、居場所がなくて・・・ 

「あたしなんか居ない方が良いんだ、みんな、あたしのことが嫌いなんだ」と、思っていました。自分でも、自分が大嫌いでした。

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