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7、ほんとうにすきだった・・・(1)空に誓った小さな約束「ずっと一緒にいようね」

二度目の年長さんになると、教生のとし子先生がやってきました。


とても笑顔が素敵な先生で、いつも優しく「おはよー」と言って両手を広げて、私をぎゅっと抱きしめてくれる、とし子先生が大好きでした。

こんな風に誰かに抱きしめられたのは初めてで、でもそれが嬉しくて保育園に行くのが楽しみになりました。そのお陰で少しだけ「ああ、ここに居ても良いんだなぁ」と、思えるようになった気がします。

本当はずっと、とし子先生と一緒にいたいと思っていましたが、とし子先生との時間も長くは続きませんでした。

数か月でお別れの日がやってくることになるのです。

教生の先生が短い期間しか居ないという事を知らなかったので、気づいたらとし子先生は居なくなっていて、とても悲しかったことを思い出します。



今度のクラスには、自分のことを「ヒーちゃん」と呼ぶ、体の大きな女子がいました。

まるで、豚ゴリラが頭にリボンをつけて、リカちゃん人形のピンクのフリフリワンピースを着たような子で、体をくねくねしながら【ぶりっ子】するんです。

ヒーちゃんのママも、見た目も性格もヒーちゃんと瓜二つで凄く意地悪で大嫌いでした。


体が小さくて痩せた私は、いつもヒーちゃんに引っ張られたり、突き飛ばされたりしていました。


ヒーちゃんは、いつも可愛い物をいっぱい持っていて、自慢ばかりしてきましたが、とても乱暴なので、買って貰った物をよく壊しました。

その度に、私は難癖をつけられ苛められました。

「ねぇねぇ、これ良いでしょー、ヒーちゃんのママが買ってくれたんだぁ」

「ああああ、ヒーちゃんの筆箱がーーー あんたが壊したんでしょ! ママに言うからねー」

などと言っては毎日、しつこく追いかけられて、酷いことばかりをされました。



「あんたんちは、お父さんがいないから貧乏なんでしょ? 『貧乏人の子は汚いから遊んじゃだめだ』って、ママが言ってたもん・・・ だから、ヒーちゃん、あんたとは遊んであーげない! フン!」

 ヒーちゃんの言葉に反応した周囲の男子が、またそれを助長するように苛めの輪を広げていきました。

「おまえんち、父さんがいないんだって? 貧乏人は汚いから遊ぶなって、母さんが言ってたぞ」

「おい、みんなー、こいつ、【ミミズ】って言うんだってさー 変な名前だよなー」

「えええー ミミズ? 変な名前・・・」

「やーい、やーい、ミミズ(合唱する)」

「やーい、やーい、貧乏!(合唱する)」

「これいいだろうー、おれ、買って貰ったんだぁ」

などと、苛められていたので、私には友達は居ませんでした。


でも、どこかで「あんな家に居るよりはマシだ」と思っていた気がします。

保育園に行けば伯母に殴られる事もないし、給食とおやつもある。とし子先生がいつも笑顔で「スズちゃん、おはよう」と、言ってくれる事が嬉しかった。 どこかで「自分の居場所が出来た」と、思えていたのかも知れません。



みんなはお帰りの会が終わると、お母さんがお迎えに来るのですが、私は毎日お残りなので、いつも一人で園庭の隅っこにいました。

 みんながお母さんと嬉しそうにしているのを見るのが辛かいから、いつも園庭の隅っこでブランコに乗って気を紛らわせていました。

でもまた最悪な事に、ヒーちゃんが私を見つけて走ってきたんです。

「ああああ、それ、ヒーちゃんのブランコだぞ! どけーー」

「それ、ヒーちゃんのブランコだって言ったでしょ! 早くどけよ!」と言って、思いっきり突き飛ばされて私は転びました。


そこに、ヒーちゃんのママが血相を変えて走ってきました。

「ヒーちゃん、どうしたの? まぁ可哀そうに・・・ あんた! ヒーちゃんに何をしたったの!」

ヒーちゃんは凄くずるいから、

「この子が、ヒーちゃんのブランコをとったぁ うわーん」と、大声で嘘泣きをしたのです。

ヒーちゃんのママも、ここぞと言わんばかりに牙を向けてきました。

「あんたかー! いつも、うちのヒーちゃんを苛めてる嫌な子は!」

「ヒーちゃんから全部聞いて知ってるんだからね!!」

「かわいそうに・・・(ヒーちゃんの頭を撫でながら) ヒーちゃんは毎日、あんたがいじめるって、泣いてるんだから! ヒーちゃんを苛めたら許さないからね!!」

「だから嫌いなのよー、貧乏人の子は! 今すぐブランコを返しなさい!」

「ヒーちゃんの筆箱を壊したのも、どうせ あんたでしょ!」と。


(たすけて・・としこ、せんせい・・・)と、心の中で叫びながら、とし子先生を見たけど、先生はみんなと楽しそうに話をしていて気づいてくれませんでした。

(やっぱり、あたしのことなんか誰も気にしてないんだ・・・)

そう思った瞬間(とき)、あれだけ大好きだったとし子先生が、ずっと遠い存在に思えて仕方がありませんでした。

本当は、とし子先生に出会って、とし子先生の優しさに触れて「とし子先生のような人になりたい、大きくなったら保母さんになりたい」という憧れを持っていたのですが、この瞬間からその憧れも薄れて行きました。


突き飛ばされて、擦りむいた手と膝が痛かったけど、泣くこともできませんでした。それよりも、ヒーちゃんのママがずっと怒鳴っているから怖くて、硬直して震えていました。


「もう、だめだ・・・」と、思ったその瞬間(とき)でした。


突然、神風のように向こう方から物凄い勢いで走り込んで来る男の子がいました。

クリクリ坊主の小さな男の子が、私の前に立ち憚って助けてくれたんです。

その小さな体は、精一杯に両手と両足を広げて、

「いじめるなー! この子をいじめたら許さないぞ!」と、大声で叫んだんです。

その一瞬の事に私は、なにが起きたのか?わからなくて、びっくりして声もでませんでした。


彼はたった一人で勇敢に、ヒーちゃんのママに立ち向かい

「お前がいつも、この子を苛めてるじゃないか! 今だって、この子が乗ってたブランコをとったのはお前だー、嘘ばっかり言うな! 俺は、ちゃんと見てたから知ってるんだぞー!!」

「先にブランコに乗ってたのは、お前じゃない! この子だ!!」と、一生懸命に私を助けてくれました。

そのお陰でヒーちゃんのママは、スゴスゴと下を向いて帰って行きました。

それから、私がヒーちゃんに苛められることはなかったように思います。


でも、先生達は誰も見ていませんでしたし、私が苛められていることすら誰も知りません。というか、気にもしていません。給食のオバサンに苛められるような時代ですから、子供の喧嘩くらいにしか考えていなかったんだと思います。


ヒーちゃんが帰った後、どうしてか? 私達は職員室の横の園庭で二人並んで空を見ていました。

すると、まるで私たちを祝福してくれているかのように【LOTTE】という不思議な文字の雲が浮かんでいました。

その不思議な雲を見つけた私は、思わず【あ!】と声が出て、指をさしていました。


私の声を聞いた【まあ君】が、そっと耳元で「きれいだね」と、微笑んでくれました。私はドキドキして恥ずかしくて動揺していました。

すると、また耳元で・・・

「これからは僕が守ってあげるからね、ずっと一緒にいようね」と、言ってくれたんです。

 あの日の空は、それはそれは青くてきれいでした。

 あんな風に空を見上げて「きれいだなあ」と思ったのは初めてでした。


 この日から、私達はずっと一緒でした。

 実はこの男の子は、リュウちゃんの弟だったのです。

 この日から私は、まあ君の家で過ごせるようになりました。

「ああ、リュウちゃんはお兄ちゃんだったのね」と、気づいたんですが、リュウちゃんはどこか余所余所しい感じでしたので、私も敢えて、深くは関わりませんでした。



 まー君は、他の子たちとは違って、私の悪口も言わないし、余計な事を言ったり聞いたりもしません。いつもそばに寄り添ってくれた唯一の人です。

 私は初めて人を信じられると思いました。

 どういう経緯で、伯母がまあ君とのことを許してくれたのか? は、わかりませんが、私はそれからずっと、まあ君の家で過ごせるようになりました。

 給食のオバサンに預けられることもなくなり、伯母が迎えに来るまで、まあ君の家にいました。


 まあ君のお母さんは、いつも優しくて私のことを自分の子どものように可愛がってくれました。

「よく来たねー、待ってたよ! 勝手に上がってきなよー、二階にいるからマモル」

「なにを遠慮してるの(笑) 知らん家でもあるまいし」

「今日はマモル、少年野球だから、ここでオバサンとおやつを食べて待っていようね」などと言って、いつも私の面倒をみてくれました。

 毎日、必ず「また明日ね、待ってるからね」と言ってくれました。


 二階のまあ君の部屋で、ベッドにちょこんと座り、まあ君が勉強する後姿を見ているのが好きでした。

 伯母の帰りが遅い日は、夕飯を食べさせてもらったりしていました。残業を終えて遅くに帰って来たおじちゃんに「申し訳ないな」と思った自分を覚えています。

 ここの人たちは、みんな優しくしてくれて私の一番の憧れの家族でした。

「大きくなったら、こんな家族が欲しいなぁ」と思ったほどです。

 だから、この家で過ごした時間は格別で、とても安心していた私がいたように思います。

 私は一緒に居られるだけで幸せでした。だから、それ以上のことは何も望んだことはありません。この頃の私は、ずっと、この関係が続くと信じていました。

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