日本国転移の10年前のある日
話の時系列的には、戦闘集団の活動記空軍編において、主人公である八重島鷹が転移する約10年前の話です。
「さて、アリマ。少し荒い運転をするから、下手な事をしないでね。」
僕の隣に座っている女性がそう言って、シフトノブをガコガコと動かした。
スピードメーターの針がみるみる内に時計回りに回転していく。
エンジン回転計も同様に回っていた。
ここは山間部の林道。相当路面の状態が悪いこの場所を走っているのは、比較的大型のバンである。その車内には4人の人間(うち二人は?が付く)が押し込まれていた。
そのうちの一人である僕”有馬忠義”は、助手席に座っていた。
「イーラ、少し速度を落とした方がいい。いつ対向車が来るかわからない現状、この速度で飛ばし続けるのは自殺行為だ。」
そう言って、運転手でハンドルを握る女性の顔を見た。
運転手であるイリーナアーゼンバークは、額にびっしょりと汗をかきながら言った。
「時間がないんだ。目的地まで残り10kmだが、予定時刻があと10分程度だ。かなり不味いんだよ。それに、今の治安は最悪なんだ。予定時刻きっかり、いや最低2分前に到着しなければ、依頼者の安全を確保できない。」
時折急カーブが目の前に現れ、そのたびに甲高いスキール音を奏でている。
その荒い運転のおかげもあってか、10km先の合流地点に約5分で到着できた。その場所は転回が可能な様広場になっていた。
その場所で、5人家族が憔悴した様子であたりを見回している。
事前に依頼者の顔写真などを覚えていたため、その5人のうちの一人が依頼者であることに気付いた。
「龍田、ドアを開けろッ。」
「はいッ。」
それに応える声の主は、龍田七海である。彼女は素早くシートベルトを外し、後部側面扉を開けた。
「早く!」
僕は窓を開けて手招きと声でその5人家族にこちらに来るように指示した。
直に走ってくる5人。次々に乗り込んだ後、後部扉をすぐに閉めた。
全員のシートベルト着用を確認後、直に発進した。
依頼人たちの目的地は立野山と聞いていたので、僕は気になって色々と質問をすることにした。
「こういうことは、あまり褒められたことではありませんが、お聞きしたい事が有ります。」
上擦った声で依頼者が答えた。
「はひッ。」
「貴方たちは何故立野山に。他にもいい場所が有ったのでは。」
そう言うと、依頼主はびくびくとしながら言った。
「ええと、その、何かあなたたちに都合が悪いのですか。」
僕は困ったなと思い、龍田に投げることにした。
「すまん龍田。彼からいろいろ聞きだしてくれ。ああそうだ依頼者。」
僕は付け加えるように言った。
「立野山は少し危険だ。気を付けた方がいい。」
そう言って、僕は飴を口に含んだ。
後ろからの会話を盗み聞きして、依頼者たちの目的地に向かう。
ここは長野県と埼玉県の県境付近である為、最低でも12時間はかかるとみてもいいだろう。幹線道路は国内の治安悪化の影響により使えたものではない。
東京、名古屋、大阪を結ぶ高速道路が一層ひどく、民間人による検問が設置されており、これに引っかかると随分面倒な事に成るのだ。
♢
国内の治安悪化の原因は、経済の低迷や経済再生のための外国人の移入と、それに伴う外患の国内侵入、更に一次産業(特に天然の水産資源)の漁獲不振による漁師の大量失業等様々な原因が絡んで起こった。
今の日本はさながら混沌の坩堝である。
具体的には外国のマフィアと日本のやの付く自営業の人が火薬と鉛で毎日遊んでいる状況だ。更に麻薬の密売やら密造銃やらいろいろ流通している。
沿岸部では海賊化した漁師による略奪がたびたび発生しており、内航船や外航船などもその襲撃の餌食になっている。
山間部はまだマシだが、それでも銃器などの密造工場が密集している地域もある為、場所を間違えれば危険だ。
都市部も危険ではあるが、日本の自営業の人たちの管理下にある地域はまだ治安はいい。
だが外国人勢力の内、特に過激な存在が多い地域との境界線付近は非常に危険だ。そこでは毎日のように発砲事件が発生しており、警察を含めた死者の数が多い時だと20名前後出る。
時折汚い花火(RPG7などのロケットランチャー)も持ち出されるため、日本の安全神話はもはや崩壊していた。
約6時間、目的地まで森の中を突っ切る様に整備された未舗装の道路を走る。この道は通称”闇道”と呼ばれており、ここ2か月の間に整備されたものだ。治安が悪化することを見越して、地元住民らによって秘密裏に整備されていたらしい。使用料は比較的高いものの、安全性は確保されている。
このような道は日本各地に存在しているが、安全とされる道は僅か6つにまで減っている。そのうちの一つが今走っている道だった。
時折、車体が大きく縦に揺られる。
路面は先に述べた通り未舗装である為、小石や岩が飛び出ていることもしばしばであった。
更に枝等も落ちている為、速度を落とさなければハンドルをとられる事に成る。
その様な道を、時速100キロメートル近い速度で飛ばせているのも、彼女の運転の腕がなせる業なのだろうか。
依頼者の目的地に到着できたのは、日が沈み始めた夕暮れ時である。
「本日は、ありがとうございました。」
依頼者の家族が、僕たちに一斉に頭を下げる。
運転席からイーラが出て来て、依頼者の家族にこういった。
「報酬はいらん。」
「え。」
呆気にとられる依頼者をよそに、イーラは運転席に乗り込んだ。
そのまま、エンジンをかけて発進する。
「イーラ、流石に怒られるぞ。」
僕がそう言うと、イーラは言った。
「別に金なんて、私の財布から建て替えればいいだろ。ああいうのから金をとるのは、私は好きじゃない。」
「変わったね。」
僕はそう言って、窓から外を眺める。
この国は、もうすぐ変わろうとしている。
龍田の仲間たちや、僕がアルバイト先で世話になっている佐川さんの仲間たちの手によって。
僕は依頼者の氏名を、ダッシュボードに仕舞ったファイルで確認した。
八重島栄三郎。
彼とは再会しそうな気がする。