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結婚前夜の告白  作者: 柚子崎メイ
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プロローグ 花祭りの前夜祭

 少し夏に近づいた6月。

 6月はバラが見ごろを迎える時期だ。

 この時期にこの国で名物となったフローレス領で「花祭り」が行われる。前夜祭から後夜祭まで計5日間行われる祭りだ。フローレス領は代々領主たちの趣味で花を集めて栽培、その技術を保存し、次第にそれが産業化した、少し変わった土地だ。国内外から集めた植物は育てているうちに次第に庭をはみ出してしまう。そこで市民にも楽しんでもらうために公園を作って整備し、特に綺麗な花を市民にも育ててもらったことで一気に広がった。次第に花を他の地域へ輸出したり、街全体の景観を整えるようになってからは観光地にして栄えている。

 この花祭りはバラ好きの領主のために贈られる市民からの贈り物でもある。

 メインはもちろん町中に飾られた色とりどりの花々で、これはすべて市民たちが自分たちで育てたものだ。屋根、窓、外壁、街の街頭。ありとあらゆるものに花がロープで結ばれて、飾られている。見てくれた人を喜ばせたい、丹精込めて育てた自分の花を見てもらいたい。様々な思いがあるだろうが、彼らが作り上げた光景は言葉では表せないほどに鮮やかで、眩しい。風が舞うと色とりどりの花びらが宙を舞う光景は息を呑む。

 その光景を見ながら食事や食べ歩きをしたいという需要が増えて、最近は出店の出店も中心部をメインに増えてきた。

 そしてこの祭りは観光客と市民を楽しませるだけの祭りではない。国内外から花や植物を研究する者たちの発表の場所でもあり、情報交換の場所でもある。メイン会場から数百メートル離れた場所に花の品種改良発表会が行われている。

 植物学者である僕――オリヴァー・カーターもその一人で、品種改良発表会に参加する。

 名前も権威も何もない僕がこんな場に出られるのは奇跡に近い。一般人には地味で気に留めなくても成り立つ行事だが、僕らの世界では参加できること自体が名誉だ。出品の選考に携わった人の中に、フローレス領の当主がいる。携わる、というよりむしろ主催者側の人間だ。

 僕はこの人の屋敷で働いていた――それも庭師として。辞めてしまったもう15年も前になる。何も言わず、手紙ひとつ置いて逃げるように辞めた。名前も変えて新しいスタートを迎えたいと思ったのだ。

 しかし現実は思うようにいくことのほうが少ないことを実感した。それほどゼロからのスタートはあまりにも苦労が多かった。結局僕は新しいスタートを迎えたのではなく、ただ逃げてきただけだったのだ。辛い現実から逃げたはずが、もっと苦しい生活が待っていた。

 何もないところからスタートして、なんとか自分の好きなバラを研究できるまで来た。少なくとも親に顔向けできないような生き方はしていないと思うが、かつての故郷を訪れると胸が痛む。

 しかし、そうも言ってられない。僕の目標である『大好きだった人に愛してもらえるようなバラ』を届けるにはここに出品だけでもしなければならない。この品評会を通過できたのはそろそろ自分と向き合え、ということのなのかもしれない。

 出品する花の品種名は『ロザンナ』。その花の名は僕が愛した女性の名前だ。敬意と愛情を込めて名付けた。

 

 夜の帳も降りた空をぼんやりと眺めていると、キラリと輝くものが見える。一瞬だけきらめいたかと思えば、遠くから全身を揺さぶる重低音の爆発音と、人々のまとまりのある歓声が聞こえてきた。そして広大なキャンバスに流れ星のような光がゆっくりと降りていく。

 花祭りの開幕だ。

 

 幼いころから何度も行ったこの祭り。僕の家族も同僚も――『ロザンナ』も大好きだった。前夜祭の花火は特に、非日常が始まる気がして胸が躍った。

 久しぶりに見たこの景色は以前とは少し違って見える。

 遠い日の過去と自分の犯した過ちを背負って僕はここに立っている。

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