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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

昨日死ねばよかった。

作者: ナナシ

この作品は自殺を援助する目的で作成した小説ではありません。

 母、あなたは私のことをどう思っているんでしょうか。

 父、あなたは私のことをどう思っているんでしょうか。

 私は私のことを最悪の親不孝もの、人生と書いて恥と読み、後悔が似合う人物だと考えています。

 同い年の年齢は出世し、後輩ですら家庭を持ち家を持つような年齢になってきました。私はいまだに、この部屋から出ていません。

 もし、あなた方が育て方を間違ってしまったせいで私が引きこもりになっていると考えていると思っていたら、それは違います。

 私が悪いのです。あなた方は何も悪くありませんし、あなた方に対して、「憎しみ」なんて抱いていません。なんと形容すればいいのかわかりませんが恐らく、「愛情」とでもいうのでしょうか。

 私が最後にあなた方と顔を合わせたのはいつか覚えていません。いや、正確には忘れようとして忘れたとでもいうべきでしょうか。

 ある日、いつものように私にご飯を提供してくれた日でした。扉の前にご飯が置かれる頃合いになり、珍しく空腹だったため、廊下に人がいないか耳を澄まして確認することもしないで、扉の前に置かれているであろうご飯をお腹に入れようと思い、扉を開けました。

 母が立っていました。

 母の顔は、随分と老けていました。髪の毛は白髪が増え、顔にはシワやシミが、目元にはクマがありました。簡単にいうならばくたびれていたのです。

いい例えで言えば「未亡人」でしょうか。明るく元気だった、愛していた息子が死んでしまったような、憂鬱な気を纏って笑いかけてきました。

「今日はハンバーグだよ」

 私の好物です。ましてや、空腹であった私に出来立ての好物など今すぐにかっくらいたくなるほどのものだと思います。ですが、違いました。私の感情は「歓喜」ではなくて「絶望」でありました。

 私が母の、一人の人間の人生を壊してしまったのだ。私が生まれて来なかったら、もっと若々しく、楽しく人生を謳歌していたのかもしれません。そんな人生は、私のせいで「もしかしたらそうだったかもしれない。」という可能性の話に変わってしまいました。

 変わってしまう母と、変われない自分。その差異に私は罪悪感と形容して済ませてしまっていいのかと疑問に思うほどの負の感情に支配されていました。

 私はその時、言葉が出ませんでした。何せ人と話すこと自体が引きこもりにとっては久し振りなわけですし、それに絶望感が襲ってきてしまったら、喋れないのは仕方ないのかもしれないと、人生の落第者なりに言い訳をしてみます。

 バタンと小さい音を立てて自分の部屋に戻りました。母の足音は私にご飯を提供してくれる時にたまに聞きますが、いつもより寂しそうでありました。

 もしもあの時に「ありがとう」の五文字や、「生きててよかった」や「生まれてよかった」のような相手を喜ばす嘘をついて道化になれればよかったのですが、それは一人で終わりのない反省会をするときでないと頭には浮かばないものでした。

 その日のハンバーグは珍しくしょっぱく、視界もぼやけておりました。

 

 今日も私は部屋から出ませんでした。提供してもらっているご飯を口に運び脛を齧り親を、こちらこちらと手招き、爪を研ぎ続ける不幸の元へ行かせてしまいました。

 人生を満了しようとインターネットで取り寄せたロープは絞首台の形こそしていますが、臆病な私にとっては陰鬱な気分にさせるインテリアになっていました。

 両親には幸せになってほしい。それなら自分はいない方がいい。自分もたいして生命に興味もなければ未練もない。だから生きる理由はないのに、死ぬ勇気もないのです。臆病者なのです。疫病神なのです。もしも、タイムマシンで一度だけ過去に行けるのであれば私は妊娠している母に会いに行きます。

 「その子は産んじゃいけない。あなたたちを不幸に追いやる悪性の腫瘍に過ぎない。幸せな家庭など、その、赤子のせいで築けなくなるのです」と。

 きっと優しい母は、そんなことを言う私に激怒するでしょう。何を言うんだ。あなたに何がわかるんだ。私たちの子を馬鹿にするな。などと言ってくれることでしょう。

 違うのです。母よ。そのあなたたちの息子がそう言っているのです。

 こんな妄想を老いてしまった母に話せばどんな反応をするのでしょうか。呆れるでしょうか。怒るでしょうか。いえ、本当はわかっています。あなたはきっとこう言います。

 「椿は優しいね」

 こう言うでしょう。しかし、母よ。違うのです。私は「優しく」なんてないのです。私は「弱い」だけなのです。現状を打破する気力を失い、私にあるはずの責任を私を産んでくれた母になすりつけているだけなのです。これのどこが優しさなのか。

 そんなことを考えながら私は、一人枕を濡らしました。

 

 目が覚めると八時ごろでした。夕飯を六時ごろ提供してもらったと考えると二時間ほど寝ていたことになります。少し、下腹部から尿意を感じてトイレに行こうと扉を開けました。すると、扉の前には私が夕飯の際に使った食器がまだ残されていました。通常ですと、母が私の食器をとりにきて洗い物をしているはずの時間です。

 とりあえず、トイレを済まして食器を持って一階にあるリビングに食器を持って向かいました。自分の中では愛想を尽くされたのだと思っていました。階段を下るのも愛想が尽きた息子は何をされるかわからないと考え、私は足音を立てないで階段を下りました。

 リビングの前の扉につくと父と母の楽しそうな会話が聞こえてきました。私は少しほっとしました。なぜなら、最後に見た母はもう、くたびれた様子で記憶が止まっているので私は母の楽しそうな声を聞けただけで涙が出そうでした。

 そのまま、父と母の談笑に、しばし、耳を傾けることにしました。出会った時のこと、過去のデートのこと、結婚してからのこと。と、楽しそうに話していました。両親が和気藹々と話しているだけで嬉しいのですが、なんでこんな話をしているのだろうと思っていると、父の声が耳に入り、その単語は「結婚記念日」とのことでした。

 自分はそんなことも知らなかったのか。と落胆しました。加えて言うならば、この二人は本当に私さえいなかったら俗に言う「いい夫婦」であり、幸せだったのだろうと強く感じさせました。

 そこから、さらに言葉が耳に入ってきました。

 「椿は最近どうなんだ?」

 「私も顔を合わせてなくて…ただご飯はしっかり食べてくれるから体は大丈夫かな…」

 明らかに声のトーンが変わりました。楽しく、めでたいはずの結婚記念日はいつも間にか愚息の反省会に変わってしまいました。

 「そうか…お前に任せてしまって済まない…何せ俺も仕事がな…」

 「いいんですよ。いつもありがとう。椿は…もしかしたら私たちのことを恨んでたりするのかしら…顔も合わせたがらないし…」

 「…俺たちの育て方が悪かったのかもしれない…俺が、椿に虐待なんてしなかったら…」

 確かに私は小学生の頃、父から虐待を受けて育ってきました。ですが、それは私の習い事の至らなさのせいであり、私の成績が良いと父は上機嫌で虐待なんてありませんでした。

 確かに父を恨んでいた頃がなかったわけではありません。酔った父が激情して足の甲にテレビのリモコンを投げられた時は、悲しみと怒り、そして恨みが私の感情を支配していました。しかし、私も少しの歳とはいえ社会に出るとわかりました。

 悔しかったのです。父も。自分の息子が同学年の他の子供に負けて、格下扱いされて自ずと親も雑に扱われることがつらかったのです。そう気づいた時から、私は父にいや、両親に関する憎しみなんてものは消え失せて、生きていることに関して罪悪感を感じるようになり、神の愛は信じずに、神の罰だけを待つ生涯を送ってきました。

 結局、単純明快で私が全部悪かったのでした。

 そんなことを考えながら私は気づいたら扉を開けていました。

 バンッ!と扉が開く音と、ガシャン!と食器が落ちる音が合わさってものすごく大きい音がしたため、両親が私を見る形になります。

 両親は驚いたような、少し嬉しそうな顔をしていました。私の姿を久しぶりに見て嬉しかったのでしょうか。

 「違うんだよ。父さん、母さん。あなたたちのせいじゃないんだよ。全部全部全部全部僕が悪いんだよ。あなたたちを恨んでなんていないよ。愛してるよ。愛してる。幸せになってほしい。何もできなくてごめん。親不孝者でごめん。ごめんなさい、こんな愚息に育ってしまって。ごめんなさい。あなたたちを悩ませてしまって。ごめんなさい。あなたたちにお金を、時間を、労力を無駄にさせてしまってごめんなさい。」

 私はそう言い終わるとキッチンの方にドタドタと足音を立てながら走りました。久しぶりに走ったので、学生時代より走るのも下手になり足音が大きくなっていました。

 私が何をしようとしているか父は勘付いたのか

 「やめろ!待て!待ってくれ!」

 なんて叫んでいました。

 父よ。なんで優しくするのですか。やめてください。また、虐待をしていた頃の鬼に戻ってください。私を邪険にしてください。私の死を喜んでください。私が生きながらえてしまっていることを悲しんで、怒って、蔑んでください。そんな悲しそうな顔で必死にこちらに走ってこないでください。

 母よ。あなたの涙が嬉し涙であることを願っています。私のような人でなしがやっと死んでくれると、やっと解放されると、死を喜んでいる涙であることを願っています。決して悲しんではいけません。

 私は包丁を手に取り、思い切り自分の首を掻き切りました。すぐに体に力が入らなくなりその場に倒れ込み、自分自身の血の海に溺れていきました。

 「救急車だ!救急車を呼んでくれ!」

 父の声で母が動き、スマートフォンで電話をかけています。父は私に近づき、自分が着ている服を脱いで描き切った箇所を強く抑えて止血を試みています。

 二人とも違う動きをしているのに、共通していることは涙を流していることでした。父が何か私に呼びかけていますが私にはもう、言葉を聞き取れるほどの意識は残っていませんでした。それでも、なんとなくわかることは、両親の涙は嬉し涙なんかではなく悲しい涙であることは明らかでした。

 ああ、私は最後まで親不孝ものだったのです。せっかくの結婚記念日でしたのに、私のせいで最悪な日になってしまいました。私が最後に思ったことはそんなこと。最後に口に出した言葉は

 「昨日死ねばよかった。」

ご愛読、ありがとうございました。皆様の人生に光があることを願っています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 家に引きこもってしまった主人公「椿」目線の後悔と両親への懺悔、愛情が綴られた作品。引きこもってしまう事情は千差万別で全ての事情を推し量ることは難しいですが、子も親も共に憎しみを持ってそうな…
[一言] 読みながら色々と考えさせられました。 主人公は自責が強く、他責をしない純粋な優しいひとだと思いました。そう育ったのは生来のものなのか、それとも父の虐待に端を発するのか……今は両親含めて皆穏や…
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