妻のレイラ
「顔が真っ赤ですよ。全く…こんな顔、他の男に見せられないじゃないですか」
「オーウェンのせいでしょうっ…?」
「そうですね。貴方が私の一挙一動に照れてくれるものですから、つい出来心が働きまして…可愛いですよ、レイラ」
「〜〜っ!」
さっき会場入りしてから、オーウェンが額や頬など色んな場所にキスをしてくる。
「やめて下さい。変な噂をされちゃいます…!」
「……むしろ、噂になった方が…」
「な、何ですかっ!?」
「…いえ…レイラに見惚れていました」
「な……」
周りの視線が自分達に注がれているのを感じながら、レイラはさらに顔を赤らめた。
「はぁ、緊張する…」
レイラは今、綺麗に着飾った姿でパートナーを待っていた。
「あともう少しお待ちください」
「はい!…………あの」
「何でしょうか」
「このドレスどう思う?」
「……お似合いかと」
恐らくそわそわするレイラに落ち着いてもらうためにと話しかけてきた馴染みの侍女。
気になる心を抑えきれなかったレイラは聞いてしまった。
返ってきたのは困ったような微妙な答え。
「そうじゃなくて!私はどうして白じゃないの!!」
「…お嬢様はまだ社交界デビューをしていませんが既に婚約者…配偶者がおられますから。」
「でもっ…白じゃないなんてっ…まるで!」
「まるで?」
「っ…!」
勢いよく振り向けばそこにいたのはレイラとお揃いの色──というよりレイラのドレスが彼の色──を身につけたオーウェンがいた。
お揃いと言っても、レイラのドレスは薄紫で、オーウェンは家紋と腕輪が紫なだけなのだけど。
「オ、オーウェンッ…」
「おやまぁ、どうしたんですか?そんなに萎縮して」
「べ、別に何にも…」
「ドレス、よく似合っていますよ。───それで、何の話をしていたのでしょうか」
ピキピキピキィ。
やだ、なにこれ、吹雪が吹いてる。
「何でもありませんっ」
「ああ、本当の深紫とは少し違いますが、私の色をレイラが身に纏っているのは興奮しますね。レイラ、夫婦に隠し事は禁物です」
「ぎゃ」
オーウェンから離れようとすればじりじりと壁際に追い詰められていく。
逃げ場が無くなり壁につかれたオーウェンの両腕に閉じ込められる。
「とても───綺麗ですよ」
「ふ、ぅぅ…」
耳元で囁かれた色香を含んだ声に当てられてしまい、ぐったりとしたレイラの腰をオーウェンが支える。
「では、行きましょうか」
「お二人はいつ出会われたのですか!?」
「そうですね…」
二人の周りに集まる貴族らの質問にオーウェンは嬉々として答えている。
「オーウェン…恥ずかしいわ」
何でこんなことに……!
どれもこれも、入場した後にオーウェンがベタベタしてきたせいよっ…!
周りの視線にじりじりと精神を削られすっかり気力が無くなってしまったレイラは、どうしてか大人しく控えめな令嬢を演じていた。
「ごめんね、つい喋りすぎたな。レイラとの事を聞かれるのは気分が良いから」
「まぁ…!」
どこかの貴婦人が興奮気味にこちらを見てくる。
待って、待って。絶対そんなんじゃないから!
ほら私を見てニヤニヤしてるもの、私の反応を面白がっているのよっ。
「ふ、二人の秘密って言ったのに…」
「ああ、そうだった。」
人前にも関わらずギュウっと抱きついてきたオーウェン。
社交界デビューしたばかりのしがない伯爵家の私が、いくら夫とはいえ公爵家の人の手を振り払うのは体裁が悪い。
いつもなら身を捩って逃げ出せるのに、今の私にはそれらしく抱き返すことしか出来なかった。
後で絶対文句言ってやるんだからっ…。
「こ、これの方がもっと恥ずかしいのだけど…!」
「いつもしているのだから、いいだろう」
「ちょっ、何言ってるの…!!」
やばい。涙まで出てきた。綺麗にお化粧してもらったのに取れちゃうじゃないか。堪えろ私。
「…そこまで恥ずかしがるとは思わなかった」
オーウェンの指がグイッと私の目尻の涙を拭う。
「だって…」
恥ずかしさのあまりブルブル震えて周りが見えなくなっていたレイラは、段々と素を出していることに気づいていなかった。
「あ、これ一緒に練習した曲…!オーウェン、踊りましょっ」
「そうするか」
早くこの場から離れたくてオーウェンを誘えば、踊っていた貴族たちまで振り向いた気がする。
そんな訳ないよね、気のせい気のせい。
オーウェンのリードは凄く上手で、緊張を忘れる事が出来た。
「ふふ…楽しい。きっとオーウェンだからね」
「……レイラ、不意打ちは心臓に悪いです」
「ちょっ、口調戻ってる…!」
そう、今日はお互いにタメ口を意識していた。
別にいつもから敬語な訳では無いけれど職業柄敬語を極めてしまった私たちは、癖で敬語が出てしまうことがあるから。
夫婦なのだから仲良しアピールをするためには、敬語を辞めた方がいいとの周りのアドバイスだ。
「大丈夫だ。聞こえていないだろう。それはそうと──」
何やら真剣な表情をしたオーウェンの顔が近づいてくる。
「泣いたりするなんて…煽らないでくれ。今すぐにでも家に帰ってしまいたくなる」
「っ…」
その言葉の次の瞬間、私の顔をグイッと上に向かせてオーウェンはキスをした。
「…!?」
周りの空気がどよりと揺らめいた。とてもはっきりと。
流石に舌を絡ませてくるような事はしなかったけれど、こんなに人目のある所で何をしてくれるんだか。
レイラが抗議をしようと口を開こうとする前に、オーウェンはまたも唇を重ねてくる。
やめて、デビュタントはまだまだ無垢な少女達が沢山いるのよ。
必死にオーウェンの胸を押し返したレイラだったけれど、すると次は抱えあげられてしまう。
「ここは、他の方々よりお先に帰らせて頂きましょうか」
ざわめきと生暖かい視線に包まれながら、レイラの一度きりのデビュタントは幕を閉じた───。
夫の親友(なかなかの身分)が冷やかしにくるっていう、あるあるをやりたかったのに、字数的にもう1話書くことになっちゃった人間です。
多分、そちらは親友もしくはモブ男A視点になると思われます。