二人の出会いはナンパ -よくあるありきたりの出会いのありきたりでない二人-
二人のパートが互い違いに入れ替わる形。
「大事な話があります」
僕の言葉に彼女が緊張するのが気配で分かった。
山寺真由美、同じ大学の二つ下、セミロングのよく似合う可愛い子だ。
交際を始めて2年、僕、長内修一の就職も決まり後は卒業するだけというタイミング、本来ならここでプロポーズするのが本当だが僕には出来ない理由があった。
二人の出会いはナンパだった。正確に言うと"しつこいナンパ男達を追い払ってくれた"のが出会いのきっかけだった。
校内で初めて彼女を見た時、目が離せなかった。確かに整った顔立ちをした美人なのだが、それだけではなくなんともいえない気持ちに襲われた。
多分、これが世にいう一目惚れなのだろう。
どうにかしてお知り合いに、お近付きにならなければならない。そんな気持ちに駆り立てられた。
同年代の従兄弟、河内圭一に相談した時に良いアイデアがあると提案されたのが自作自演のヒーロー役だった。
『売れていなくても腐っても役者だ。俺がチンピラ演じて彼女をナンパするから、そこを助けてあげればいい。顔見知りになってからはお前の努力次第だ』
その結果、無事彼女と知り合いになれた。
『お礼にお茶でもどうですか?』
と提案したが断られた。連絡先の交換もSNSをしていないと断られた。
結局、きちんとしたお礼が出来たのは3ヶ月後だった。
大学のキャンパスで見かけたので後をつけたら二つ上の3回生だという事が判明した。
"山寺真由美"彼女の名前を聞いた時、良い名前だと思った。それでも卑怯な事をしたという後ろめたさが一歩踏み出す事を躊躇わせた。
お茶の誘いも連絡先の交換も断った。
その後は覇気のない抜け殻のような生活を送っていた。
性格的に悪い事は出来ないと分かっていたのに口車に乗ったのが悪手だった。彼女の事は諦めるしかなかった。
未練がましく彼女の事を考えて、ぼーっとしている時に鮮明に彼女の顔が見えたので幻覚まで見える様になったのかと覚悟したら、当の本人だった。
再会時、声を掛けた時に凄く驚かれたのが印象に残っている。
「ど、ど、どうしてここに?」
「同じ大学だったんですね。それなら再会しても何の不思議もないわ。先輩だったんですね。せめてあの時、大学名を聞いていればよかったわ」
再会後は、何故か真由美の方から積極的に声を掛けてくる様になった。僕が彼女を見つける前に声を掛けられる事の方が多かった。
気安く接してくれるおかげで気後れする事をなく、お茶に誘う回数が増え、一緒に食事をし、勇気を出してデートにも誘った。
あまりにも簡単に承諾するものだから、拍子抜けする程に。
再会後の修一の行動は奥手の一言。それとなく水を向けて誘導しなくてはならなかった。
喫茶店に行くのに『喉が渇いた』から始まり
『見たい映画がある』
『新しいお店が出来た』
『紅葉が見頃』
『クリスマスが一人で寂しい』
そうしてやっと誘いの言葉を口にするのだった。
果たして本当に自分の事を好きなのだろうか?根本的な疑問が頭に浮かんでは消えていく。
それでもデートの最中に手を握ると顔を真っ赤にする態度からは好意を感じ取れた。
『クリスマス、正月と予定が空いていて寂しい』という真由美を思い切って誘うとOKの返事が貰えた。
一生分の運を使い果たしたのだと確信した瞬間だった。
彼女の見たがっていた映画を観て、食事をしてクリスマスは終わった。
初詣に行った時に何を願ったのかと聞かれたので恥ずかしかったが正直に『真由美の幸せを願った』と答えた。
本来ならもっと合う気取った言葉があるのだろうけどそんなのとは無縁の生活なので無理だった。
修一の部屋に遊びに行きたいと言っても断られ、私の部屋に遊びに来るかと誘っても断られた。
こんな朴念仁が悪い事をたくらむのは無理だと思った。
二人の交際に進展がない。決め手がないというより、ことごとく彼が自らの手で潰していた。
いまだに二人っきりになると緊張する。それなのに僕の部屋に遊びに来る?間が待つ気がしない。
真由美の部屋に遊びに行く?部屋に入った瞬間に感激して倒れるだろう。間違いない。
勇気を振り絞ってする告白はどうなるのだろうか――
「大事な話があります」
修一が緊張の余りにうわずった声で話し出した。
「本当は僕、あなたがナンパされている所を助けた訳ではないんです。いわゆる自作自演というか、ヤラセなんです。いつかは言わなきゃいけないと思っていたんですが勇気が出ずに今日まで黙っていたズルい男です。本当にごめんなさい」
突然の告白に言葉が出ない。期待していたのはそちらではなかった。わからないの?
「それでどうしたいの?」
「謝りたかったんだ!」
「謝罪は受け取ったわ。それで?」
「えっ?」
「どうかしたの?」
「いや、てっきり軽蔑されて拒絶されると思っていたから――」
「そう?」
真由美は僕の渾身の告白を飄々と受け流す。
全く動じる様子がなかった。
「それじゃあ――今日のデートは終了って事でいいのかな?ちょっと電話かけさせてね」
バッグから電話を取り出して誰かと話し出した。
そして電話を終了すると僕の方を見た。
「迎えが来るまで側にいてくれるかしら?」
もちろん僕に拒否するという選択肢は無かった。
それから10分も経たない位だった。ガラの悪い男二人が近寄ってくると僕を無視して真由美に絡み出した。
「よう、姉ちゃん!暇してるなら俺達と遊ぼうぜ!」
彼女が横を向いて手で追い払う仕草をするが男達は怯まなかった。
「そんなつれない態度取らなくてもいいじゃねえか?いい所に連れて行ってあげるぜ!」
咄嗟に彼らとの間に体を割り込ませ彼女を守る。
「どこかに行ってくれないか?彼女が嫌がってる!彼女は僕の連れだし、迷惑なんだ」
「おうおう、色男の登場かい?一人で何が出来るって言うんだ。なあ?」
男は仲間に声を掛けた。
「そうそう!お邪魔虫は嫌われるぞ」
「ニ対一で勝てると思ってるのか?」
修一は気付いていない様だった。彼が対峙しているガラの悪い男達は以前彼がナンパから助けてくれた彼らだという事を。
「せいぜい彼女に良い格好を見せてやりなよ。ほらよ」
男達が彼の胸元を小突く。
「彼女には指一本触れさせない!」
「おうおう、本当に格好良いぜ。その威勢がどこまで続くか見ものだな」
「達夫、そこまででいいわ!」
真由美が不思議な事を言った。その言葉に反応して男達が振り上げていた手を下ろした。
「――どういう事?」
何度も瞬きを繰り返す。まだ事態を理解出来ていなかった。
「見覚えない?以前、あなたが助けてくれるたナンパ男達――」
「ああ!そう言われてみれば見覚えがあるかも」
しかし何故彼らはこんな所にいるのだろう?偶然では出来過ぎている――
「私がナンパされてるとこの二人が割り込むや様にして、ナンパして来た男達を追い払う事になってるの。あの日もそうだったわ」
つまり、従兄弟の圭一がナンパの振りをして彼女に近付いた時に、彼らがナンパの振りをして割り込んで彼女を守っていた。それを知らずに僕が助けに行った!?
本当はナンパされていたわけでは無かった!なんという――
修一が頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
弟が側に近寄って来る。
「姉ちゃん、いい男を捕まえたな。相変わらず根性あるぜ」
「俺達の外見にビビらない奴ってなかなかいないしな、抵抗する奴なんてそれ以上に希少だわ」
「当然でしょう!」
弟達に胸を張ってみせた。
私が惚れた男なんだから!
「それでどうするつもりなんだ?」
「落ち込んでるぜ」
「将来、あなた達の義兄になるのよ、きちんと挨拶しなさい」
「兄貴、さあ、立ち上がって!」
「元気出してください。姉貴はおっかないけど気立はいいので――」
「一志、余計な事は言わない!」
ガラの悪いナンパ男達に起こされて立ち上がった。いや、真由美を守るナイト達に。
彼女が腰に手を当てて二人を叱りつけている。
普段からは想像のつかない姿だ。
こちらに向き直るとニコリと微笑む。
「それで、もう一度聞いていいかしら?大事な話って何かしら?」
大事な話。自作自演のナンパ男からの救出――は彼女達の防御策だったのだから――何を言うべきなのだろう?
運命を左右しかねない瞬間だという事だけは本能的に感じていた。
「真由美さん、僕はあなたの事が大好きです。ズルい事をしたので諦めないといけないと思っていても諦めきれません。こんな僕ですが結婚を前提に――」
「ええ、喜んで!プロポーズ、お受けするわ」
修一の言葉を遮って承諾の返事を返した。
肝心の本人は口を開けてポカンとしている。
「よう、色男!やるな」
「兄貴!姉貴をよろしく頼む」
弟達が彼を囲んで肩を叩いている。
私は邪魔な二人を押し退けて彼に飛びついた。
「末長くよろしくお願いします、旦那様」