6時半のシンデレラ(オトコを挿す丸い人差し指 ②)
華恵さんは、前回と違う飲み屋に出没します。
日本酒をたしなみたいときに、行きつけの“地酒処”がある。
絶品の地酒と、それに合う大将の料理…
くすぶった私の日常を少しだけ埋める、とっておきの時間を求めて
その日も、暖簾をくぐった。
すると
珍しい人がいた。
“6時半のシンデレラ”さんだ。
もう8時を過ぎているのに…
店は、奥の方で…見慣れない夫婦が1組だけだったので
私は大将にアイコンタクトして、シンデレラさんを目で指し、自分の腕時計を指してジェスチャーした。
大将も頭を振るだけだ。
今日の彼女は… 一体どうしたというのだろう
シンデレラさんの定位置はカウンターのほぼ正面の二人テーブル席だ。
その一方の椅子に置かれたショルダーバッグとトートバッグと差し向かいで、いつも独りで飲んでいる。
飲むのは決まって“四季の桜花”の“聖宝”だ。
これをラッパ型のグラスに注ぐと、一瞬ではあるが、柔らかな香りがカウンターの私のところまで届く。
5時過ぎにお店に来れた事があって、私はそれに出くわしたのだが、シンデレラさんはちょうどこの辺りから6時半までの時間、姿勢よく読書しながら“聖宝”をたしなんでいる。
細身で服装はおとなしめ、髪はおかっぱ、そしてメガネ。
絵にも描けそうな感じで四季、椅子の上で咲いている、可愛らしい方だ。
(まあ、私に比べれば大抵の女子は“可愛らしい”のだが)
その彼女が、今日は二合徳利に大きめの白の利き猪口を傾けている。
吞み助の私としては当然、中身が気になって大将に目で尋ねると…いつもの“聖宝”らしい。
壁の時計はもう8時半だ。
気になる。
声を掛ける。
「しょう子さん! お久しぶり」
彼女はこちらに目礼した。
「今日は…何を読んでらっしゃるんですか?」
彼女は微かに首を傾げる。
「ああ、だって、いつもよりしっかり根が生えてらっしゃるから… かなり面白い本なのかな?って」
シンデレラさんは掛かっている空色の布カバーを外して表紙を見せてくれた。
美しい装丁の本だが、見知らぬタイトルと著者だ。
今度は私が目を瞬たかせると、ようやく小さな声で返事が返ってきた。
「イギリスの女性作家の詩集です」
「そうですか…私はイギリスと言われても…今はウィスキーしか浮かばなくて…スミマセン」
彼女はまた俯いてしまう。
「どうか、なさったんですか? あの、こんなに遅くまで…」
彼女は… 何度もためらいながらようやく、その一言を口にした。
「カレとの事が…苦しいんです… 毎日の…」
私はそれとなく彼女の左手の薬指を確認する。
やはり…指輪はない
なので、思わず極論を言ってしまう
「それが辛いのなら…しばらく別に暮らすとかは?」
彼女はやっぱり俯いてしまう。
私は軽くため息をつき、手に持ったグラスの中身を飲み干し…
少しばかり間を開けて…次のカードを出してみる。
「…激しいの?」
彼女は本の上にのせていた手をゆるゆる上げて…三つ、指を立てる。
「えっ?!」
彼女は折れそうに細い…どこもかしこも…
私はシンデレラさんのカレシに優しさを感じられなかった。
だって、毎日そんな勢いじゃ
彼女が壊れそうだ。
だから
教えてあげることにした。
「しょう子さん…ちょっと耳を貸して…」
まるでキスでもするように彼女の髪を持ち上げ、耳元にくちびるを寄せる。
「がっついている男に一瞬でどどめを挿す方法を教えるね」
彼女は一瞬、ピクン!として、身を固くする。
私は彼女の右の人差し指を握り、爪の先の具合を確かめた。
「いつまでも終わらないオトコには付き合いきれないから…ソイツを悦ばせるような声をあげて後ろに手を回して、人差し指で挿すの、あるポイントを狙って…」
そして、ミスディオさんの言ったあの言葉を、そのまま流し込んだ。
ゴトリ!と利き猪口を取り落とす音がした。
猪口から“聖宝”が溢れ、水色のブックカバーの方へ流れ出す。
「ごめんなさい! 大将!拭くもの貸して!」
カウンターへ振り向こうとした私の腕は、ガシッ!と掴まれた。
彼女の眼鏡の奥のガラスの瞳がこちらを見ている。
と、目の奥に微かに別の表情が差し、彼女の口元は
確かに笑った。
私が握っていた人差し指を
ずずずと抜いて
利き猪口に差し入れ
キラキラと光る“聖宝”のしずくで
私のくちびるを拭った。
彼女は
私の横をかすめて台ふきんを受け取るとテーブルをササッと拭いて勘定を済ませ
出ていった。
大将は彼女を暖簾の外へ見送って初めて声を発した。
「はなちゃん! 何を囁いた?」
「えっ?! あっ! うん それは……ナイショ」
私はカウンターに座り直し、くちびるに残された淡いしずくを人差し指と中指で拭い去った。
「なにか頂戴! パチパチしたヤツ」
「“カワウソ”のうすにごりがあるぞ」
私は頭を振った。
「それじゃない… そう!“大丈夫”の“麗”がいいな! こないだ大将が道路にぶちまけたヤツ」
その後の彼女がどうなったのか
私は知らない。
あの時以来、彼女とは会っていないのだから…
え~と、今回の日本酒にはおのおの実在のモデルがございますが… 黒楓が“現役の呑み助”時代の事なので…今とはだいぶ違う可能性がございます。特に“噴出し方”などが…
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