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喪女 華恵さん  作者: 黒楓
2/20

6時半のシンデレラ(オトコを挿す丸い人差し指 ②)

華恵さんは、前回と違う飲み屋に出没します。

日本酒をたしなみたいときに、行きつけの“地酒処”がある。

絶品の地酒と、それに合う大将の料理…


くすぶった私の日常を少しだけ埋める、とっておきの時間を求めて


その日も、暖簾をくぐった。


すると


珍しい人がいた。


“6時半のシンデレラ”さんだ。


もう8時を過ぎているのに…


店は、奥の方で…見慣れない夫婦が1組だけだったので

私は大将にアイコンタクトして、シンデレラさんを目で指し、自分の腕時計を指してジェスチャーした。


大将も頭を振るだけだ。


今日の彼女は… 一体どうしたというのだろう


シンデレラさんの定位置はカウンターのほぼ正面の二人テーブル席だ。


その一方の椅子に置かれたショルダーバッグとトートバッグと差し向かいで、いつも独りで飲んでいる。


飲むのは決まって“四季の桜花”の“聖宝”だ。


これをラッパ型のグラスに注ぐと、一瞬ではあるが、柔らかな香りがカウンターの私のところまで届く。

5時過ぎにお店に来れた事があって、私はそれに出くわしたのだが、シンデレラさんはちょうどこの辺りから6時半までの時間、姿勢よく読書しながら“聖宝”をたしなんでいる。


細身で服装はおとなしめ、髪はおかっぱ、そしてメガネ。

絵にも描けそうな感じで四季、椅子の上で咲いている、可愛らしい方だ。

(まあ、私に比べれば大抵の女子は“可愛らしい”のだが)


その彼女が、今日は二合徳利に大きめの白の利き猪口を傾けている。


吞み助の私としては当然、中身が気になって大将に目で尋ねると…いつもの“聖宝”らしい。


壁の時計はもう8時半だ。


気になる。


声を掛ける。


「しょう子さん! お久しぶり」


彼女はこちらに目礼した。


「今日は…何を読んでらっしゃるんですか?」


彼女は微かに首を傾げる。


「ああ、だって、いつもよりしっかり根が生えてらっしゃるから… かなり面白い本なのかな?って」


シンデレラさんは掛かっている空色の布カバーを外して表紙を見せてくれた。


美しい装丁の本だが、見知らぬタイトルと著者だ。

今度は私が目を瞬たかせる(しばたたかせる)と、ようやく小さな声で返事が返ってきた。

「イギリスの女性作家の詩集です」


「そうですか…私はイギリスと言われても…今はウィスキーしか浮かばなくて…スミマセン」


彼女はまた俯いてしまう。


「どうか、なさったんですか? あの、こんなに遅くまで…」


彼女は… 何度もためらいながらようやく、その一言を口にした。


「カレとの事が…苦しいんです… 毎日の…」


私はそれとなく彼女の左手の薬指を確認する。

やはり…指輪はない


なので、思わず極論を言ってしまう

「それが辛いのなら…しばらく別に暮らすとかは?」


彼女はやっぱり俯いてしまう。


私は軽くため息をつき、手に持ったグラスの中身を飲み干し…



少しばかり間を開けて…次のカードを出してみる。

「…激しいの?」


彼女は本の上にのせていた手をゆるゆる上げて…三つ、指を立てる。


「えっ?!」


彼女は折れそうに細い…どこもかしこも…


私はシンデレラさんのカレシに優しさを感じられなかった。


だって、毎日そんな勢いじゃ

彼女が壊れそうだ。


だから


教えてあげることにした。


「しょう子さん…ちょっと耳を貸して…」


まるでキスでもするように彼女の髪を持ち上げ、耳元にくちびるを寄せる。

「がっついている男に一瞬でどどめを挿す方法を教えるね」


彼女は一瞬、ピクン!として、身を固くする。


私は彼女の右の人差し指を握り、爪の先の具合を確かめた。


「いつまでも終わらないオトコには付き合いきれないから…ソイツを悦ばせるような声をあげて後ろに手を回して、人差し指で挿すの、あるポイントを狙って…」


そして、ミスディオさんの言ったあの言葉を、そのまま流し込んだ。


ゴトリ!と利き猪口を取り落とす音がした。


猪口から“聖宝”が溢れ、水色のブックカバーの方へ流れ出す。


「ごめんなさい! 大将!拭くもの貸して!」

カウンターへ振り向こうとした私の腕は、ガシッ!と掴まれた。


彼女の眼鏡の奥のガラスの瞳がこちらを見ている。


と、目の奥に微かに別の表情が差し、彼女の口元は

確かに笑った。


私が握っていた人差し指を

ずずずと抜いて

利き猪口に差し入れ


キラキラと光る“聖宝”のしずくで

私のくちびるを拭った。


彼女は

私の横をかすめて台ふきんを受け取るとテーブルをササッと拭いて勘定を済ませ

出ていった。


大将は彼女を暖簾の外へ見送って初めて声を発した。

「はなちゃん! 何を囁いた?」


「えっ?! あっ! うん それは……ナイショ」


私はカウンターに座り直し、くちびるに残された淡いしずくを人差し指と中指で拭い去った。

「なにか頂戴! パチパチしたヤツ」


「“カワウソ”のうすにごりがあるぞ」


私は頭を振った。

「それじゃない… そう!“大丈夫”の“麗”がいいな! こないだ大将が道路にぶちまけたヤツ」




その後の彼女がどうなったのか


私は知らない。


あの時以来、彼女とは会っていないのだから…







え~と、今回の日本酒にはおのおの実在のモデルがございますが… 黒楓が“現役の呑み助”時代の事なので…今とはだいぶ違う可能性がございます。特に“噴出し方”などが…


感想、レビュー、ブクマ、評価、切に切にお待ちしています!!(*^。^*)

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― 新着の感想 ―
[良い点] ふふふ。2回目だからわかるぞ、わかる! どこを挿すのかわかる! 読むたびにどんどんオトナらしい大人になれる作品です。ありがとう(*^^*)
[良い点] >イギリスと言われても…今はウィスキーしか浮かばなくて ふふふってなってしまいました♡ そして、ちょっとだけこのセリフが上滑りして、その場から切り取られたような感じ。 その場の雰囲気…
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