眠り姫に温もりを
カノジョの部屋で帰りを待っている。
時計は0時を回りカノジョの為に用意した料理もすっかり冷めた。
でもそんな事よりも……
「カノジョに何かあったのでは??」
という思いが私を苛む。
だってカノジョの仕事はフーゾク
何があってもおかしくは無い
ハイリスクな仕事……
本当は、止めて欲しい!!
愛するカノジョがオトコなんかに抱かれるのは
身を斬られるように辛いし
カノジョの身に何かあっても
私にはどうする事もできない!!
そう!私達の関係は
ガラス細工の様に儚く
未来も無い……
そしてカノジョはきっと
私を本気で愛そうとはしない……
「華ちゃんはもっと、私を都合よく使いなよ! 私ってそんな立ち位置なんだからさ!」
と言っていつも私の想いをはぐらかす。
でも、そんな風に強がった夜は決まって……私が涙でぐっしょり濡れるほどの愛をくれる。
その中に、私は真空の暗闇を見、私達二人の間にある果てしなく深淵に落ちそうな漆黒の溝を感じる。
そのクレバスの両側からお互いの手を伸ばし指を搦めて愛し合う……そんな絵がみえてしまったのは缶ビールを3本空けた頃……
そして気配がして
私は急いでドアを開けた。
入ってきたカノジョは何時になく疲れた様子で度々咳込んでいる。
「ごめんね華ちゃん! ほんとは『帰りなよ』ってメッセ入れなきゃいけなかったのに……」
「そんな事、気にしないで!! 具合は? すぐ寝た方がいいんじゃない?」
「―ん、風邪だと思う。たぶん客からうつされた。だからね、今からでもタクシー呼ぼうか?」
「何言ってんの!! 襲ったりしないから安心して寝て! お粥つくるよ」
以前、カノジョが髪にオトコのニオイを残したまま店を出て来てしまって、それを私が気付いてしまった事があった。
それ以来、カノジョは念入りに身を清めてからミスディオ―ルの香りを纏って店を出るのが常だった。
けれども今日のカノジョは……お世辞にも華やかとは言えない“店”買い置きのシャンプーかボディソープの匂いに染められて、それが痛々しく私の胸を締め付け、そっと抱きしめようとすると「イヤイヤ」された。
「だめ!うつる」
「大丈夫!」
「大丈夫じゃない!」
カノジョが顔を背けると夜気を浴びて来た洗い髪が私の腕に掛かって、その冷たさを伝えた。
「これ以上、私に構うと あなたを叩き出すから!」
「そう言う事は、風邪を治してから言ってちょうだい!!病人は大人しく寝てなさい!!」
私は何時にない命令口調でカノジョを寝かしつけると、炊いておいたご飯を電子レンジを使って卵粥にした。
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結局、カノジョは夜中じゅう咳込み、私はベッドの横にお布団を敷いてカノジョに付き添った。
カノジョは……「もう別れよう」とか「風邪だって華ちゃんは困るでしょ?! ましてや取り返しの付かない病気を私からもらってしまったらどうするつもり??!!」とか辛い辛い話をいっぱいして長い夜が明ける頃になって、ようやく眠りについた。
そして私には出勤の時間が迫っている。
私は、目が覚めた時のカノジョの為に、いくつかの用意を済ませて……
着替える前にそっとカノジョのベッドに忍び込み
カノジョを素肌で抱き締めた。
それから私が包まっていた毛布をカノジョのお布団の上に掛けてあげた。
私の涙がようやく止まって、腫れてしまった瞼が修復できたのはガタゴト揺れる電車の中だった。
終わり




