ミスディオさんのレースブラウスは私には少々危ない
別に日本酒を飲みたくなったわけではないが…
いつもの地酒処に来ている。
目の前のお通し…クリームチーズの大葉、みょうが、鰹節のせが目に涼しい…
大将が戸口に提げてる南部鉄の風鈴の音もまた涼を誘う。
それなのに私は…チェイサーとして注文した生ビールを前にため息をつくばかりだ。
錫製のタンブラーの表面に浮かんだ水滴が下に伝って敷かれたコースターに滲みて行く。
炎天下を潜り抜けて来た私が…こんなになるまでこれを手つかずに置くなんて、異常事態だ。
「華ちゃん! どうした?」
という大将の声に目を挙げると彼は背中を向けてなにか作業をしている。
脇では最近バイトで入った咲ちゃんが作務衣の胸にお盆を抱えて心配そうにこっちを見ている。
なんかその空気感に私はじんわりとして…思わず口走る。
「…ん、恋煩いでさ」
『「えっ?!」』
ふたり、ハモるように驚きの声を上げ、大将はこちらに向き直るし咲ちゃんはお盆を取り落としそうになる。
いやいや そんなに驚かんでもよかろうに…
この手の話は私には『まったく縁がないもの』とされていると改めて思い知らされたので私も発言をボカしにかかる。
「お酒への“恋煩い”だよ…この間、旅行先で飲んだのが忘れられなくて…」
本当はホンットに!恋煩いなのだ!!
ミスディオさんにたくさん…
で、山口くんにちょっとだけ…
実は今着ている服…まるっとミスディオさんの物
時間を巻き戻すとね!
例の“ブラ無しトランクス”談義の後、待ち焦がれたミスディオさんが来て…ガールズトークに徒花を咲かせた後、ふたりで店を出たんだ。
もうふたりともその気で…今日はミスディオさんの方からガバッ!と抱きついて来たんだけど…カノジョの髪に顔を埋めたら“?”系のにおいがして、私思わず身を引いた。
ミスディオさん、はっと気が付いて、パッ!と私から離れて言ったの。
「髪、洗ってなかった…ゴメンね オトコのにおいがして…ワタシ帰る」
私、もうとてもとてもやるせなく悲しくなって、ミスディオさんの腕掴んで引き留めて、そのままコンビニに引っ張って行ってブラトップだのショーツだのを買ったんだ。
「お部屋、行くよ」って
でもまだ水曜日だったんだよね…
昨日は“飲むだけ”のつもりだったのに…
お泊りしちゃったわけで…
始発に乗ってムリムリ家に一旦帰ろうかとも思ったんだけど…
お互いがお互いに離れがたくて…
結局、カノジョのキッチンで朝ごはん作って…
デザートにはお互いがお互いをつまみながら…ベッドで食べた。
まあ、私の胸は…カノジョのようなふわふわぽわんぽわんの極上のパンケーキでは無いのだけどね。
そうそれでね、ミスディオさんがクローゼットから選んでくれたが、このガウチョとレースブラウス。それから今、肩に掛けているマスタードカラーのカーディガン
「華ちゃんなら清楚に見えるよ」って言ってくれたけど…
ミスディオさんと私ではボリュームが違うから…このレースブラウス。私だと却って胸元がスカスカで“危ない”。
とにかく私は昨日着ていたスーツはショ袋に入れてコインロッカーに放り込んで会社に向かった。こんな風にコインロッカーを使うのはJKの時以来で、なんだか面白かったけど。
疲れているミスディオさんをゆっくり寝かせてあげたいなって思って今日は独り飲みにしたの。
でも、くだんのバーの“佐藤ちゃん”はこういう事になぜか目ざといので、勘ぐられるのは嫌だから…ここへ来たってわけよ。
「で、なんて酒に恋煩い?」
大将の声に私は我に返った。
「えっとね!」とスマホをタップしてラベルを撮った画像を見せる。
「『菊宵?』かなあ。グラスに注いでもらっている時にサッと撮ったものだから…捕まえてちゃんと撮れば良かった」
「うん、キクヨイだな。静岡の酒」
「へえ~静岡?!」
「静岡って美味しい地酒多いですよ! ホラっ!華さんの好きな『運気自慢』や『由井の雪』も静岡の地酒です」と咲ちゃん。
「へえ~ 咲ちゃん凄い!! 勉強熱心だね!」
「えへへ 私、前から日本酒が好きで…このバイト始めてますます拍車がかかってるんです。『バイト』の特典で大将から色んなお酒、飲ませてもらっています。」
私はちょっとジトっとした目で大将を見る。
「“店主特典”でバイトにこんな風に飲ませて!!…ウイスキーには『天使の取り分』って言葉があるけど…『店主の取り分』とか言って、咲ちゃんに手を付けちゃ駄目だからね!!」
「華さんったらヤダぁ!」と咲ちゃんはケラケラ笑っていたけど
それが本当にそうなったって話も…
リクエストがあれば
話してあげる。
。。。。
2022.7.29
イラスト追加しました。
突然思い立って書いたのでバタバタですが…
華ちゃんにも色々と事情があるようです…(^^;)
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