オトコを挿す丸い人差し指 ①
今回はしっとりとしたバーのお話…
ではなく、華恵さんがお灸をすえられるお話です。
たしなむのなら日本酒
だけど今日みたいに
隣に誰かが欲しいときに
行く店がある。
もともとは単純な理由だった。
そこにはアイリッシュウィスキーのジェムソンくんが居たからだ。
ヤツは甘い香りのくせにシャキンとしていて…
そのくせ地味なボトルなので
私みたいな喪女が耳障りなこと言われずに飲めてありがたいのだ。
「佐藤ちゃんはさあ~」
佐藤ちゃんはあんまり上手くない丸い氷を作っている。
カウンターは私ひとり
ボックスの方は 二組くらい?
まあカップルなんでしょう
そのうちの1組のオンナの声がちょっとエロくなってる。
古びた招き猫みたいに灰色の事務机に据え置かれた私には、そんなことを聞き分ける無駄な能力が身に付いてしまった。
まあしておけ
「タバコ吸う?」
「節煙中」
「マジ?!店、禁煙とか分煙とかしないよね?」
「そんなの、オーナー次第」
「やめてよね~ そんな狂った店にするの…ならないよう援護射撃してよ」
「しない」
私は佐藤ちゃんから灰皿を受け取ってバッグからタバコを取り出し1本咥える。
中に突っ込んでいるライターを振り出そうとするが、おみくじの棒みたいにタバコが出てくるばかりだ。
と、ふわっと“花束”が近づいて来て、眩しく光るシルバーのハートが私のタバコに火を点けた。
この香り
ミスディオさんだ。
今日はOFFなんだな。
ONの時は“N°5 ロー”さんになる。
「ハナちゃん 横いい」
私はタバコをふかしてニッコリする。
ほら、後ろがザワついたぞ
カノジョの開けた背中にオトコの熱い視線、オンナの刺す視線が降り注ぐ。
その余波が私の方にも零れて来る。
こういう時、私の頭の中は、彼らの動きがまるで『動物の生態』の学習用ビデオのような映像として流れるのだ。
笑える。
ミスディオさんは、今度は自分のタバコにヴィヴィアンのハートシェイブライターで火を点けた。
佐藤! 私の時と灰皿を出す速度が違うぞ!
「目が覚めたら暗くなっててさ」
「ご飯食べたの?」
ミスディオさんはタバコの先で表をさした。
「そこの牛丼屋」
おいおい
「ちゃんと食べないと 体に障るよ」
ミスディオさんはマッターホルンのような自分の胸に目を落とした。
「確かに…カラダが資本だからね…面倒見がいいよね ハナちゃんは 会社でもそうなんでしょ?」
「ウザがられている」
視線も動かさずに返した。
「へえ~面白そう。ちょっと聞かせてよ」とミスディオさんは出されたソルティドッグのグラスの縁を舌先でつついた。
こんなおねだりをされたら…
私がオトコだったら何でも聞いてしまうだろうと思う。
「そうねえ~」とグラスを覗いた。
「佐藤ちゃん! ジェムソンくんをロックで…」と指二本立てた。
私は…
何だか今日は
オトコに腹が立っていた。
あと、安全パイを持ちながら中途半端な駆け引きを繰り返すオンナに…
なので“場”を“空気”を壊したい衝動に駆られてしまった。
ダブルのグラスを一気に呷って、更にと、佐藤ちゃんに顎をしゃくった。
「会社が移転する前は、小汚い雑居ビルにあってさ、女子社員って私だけだったのよ」
「へえ~紅一点ってやつ?」
鼻で笑うように煙を吐く
「不幸一点てやつよ。 ある日社長に呼ばれてさ、何事かと思ったら『お前ちゃんとトイレ掃除してるのか! 男は人数多いんだ』って言われてさ」
「ちょっと待って! トイレ掃除? マジ? 業者頼んでるんじゃないの?」
「そんなレベルの雑居ビルじゃないんだって」
「いやいや そういう話じゃないって」
「とにかく…」
「“とにかく”で済ましちゃうんだ…まあ、いいけど…」
とミスディオさんは肩を竦めた。
「寝起きで来た~」という投げやりな髪なのにカノジョが動くたびにキラキラと輝く。
これは女子力というレベルではない!!
「…とにかく、男子トイレみてみたら…小便器?から溢れかえって床に零れてのね。 掃除用の長靴、ゴム手履いてさ、小便器に手を突っ込んで陶器みたいな蓋持ち上げたら…」
私はチラチラこちらを見ている佐藤ちゃんを睨みつけてやった。
「陰毛がビッシリ!!」
ミスディオさんは無言で煙を吐き、灰皿で火をギュッ!と揉み消した。
「私大抵の事には動じないけど…さすがにこの時は怒りながら泣いたわ~ トラウマで未だにもずく食べられんもん」
また一気に呷って顎をしゃくり、佐藤ちゃんにグラスを突きつける。
「佐藤!てめえ! 『ここでそんな話するな』なんて言ったら、切り落とすよ!!!」
佐藤ちゃんはそそくさと背中を向け、へたな玉氷にジェムソンくんを注いだ。
ちょっと熱くなった。 私はブラウスのボタンをひとつ外す。
ふと、ミスディオさんの人差し指の爪だけが短く丸く整えられているのに気が付いた。
「何か楽器でも? その人差し指」
「ああ! これね…」
ミスディオさんは意味ありげを持ち合わせた妖艶な笑みを頬に浮かべた。
「がっついている男に一瞬でどどめを挿す、鬼的方法を教えようか?」
「いやあ~私には縁ないかなあ~」
「そお? 縁、ないの??」
ミスディオさんは濡れた瞳で子犬のように首を傾げる。
胸を射抜かれるように可愛い。
照れ隠しにグラスを口に運ぶ。
なんだか更に熱くなって、もうひとつボタンを外す。
「うん、じゃあ、教えて」
ミスディオさんは丸い人差し指を私に示した。
「これは医療処置の応用なんだけど…」
と、私の髪をそっと掻き揚げ
唇を近付け
耳打ちした。
「いつまでも終わらないオトコには付き合いきれないから…
ソイツを悦ばせるような声をあげて後ろに手を回して、人差し指で挿すの、あるポイントを狙って」
「へっ?!!」
私はその内容に目を見開いた
「ま、訓練は必要なんだけどね」
「えっ??!! えっ??!! ちょっと待って!!…それって?」
ミスディオさんは悪魔的にニヤリと笑った。
「それって!! ヘタしたら色々付いちゃうじゃん!!!」
思わず声が大きくなる
「だから、丸く整えるの… さすがにお客様だからね…ケガされられないし…」
私の頭の中で線が繋がって理解したと同時に凄まじく笑いがこみ上げ、大声でケタケタ笑った。
佐藤ちゃんを始めとして店の中のすべてが凍った。
いや、ミスディオさんだけは、グラスの縁に艶っぽく舌を滑らせ、カクテルを飲んでいる。
私を見る瞳の中がキラキラまたたいている。
カノジョは私の右側に座っていた。
みんながぎこちなく私にそっぽを向いている間に
私の右側に体を寄せて
左手を後ろから回して
私が逃げられないように肩を掴まれた。
私は迂闊だった。
ブラウスのボタンを3つも外していたのだ。
ミスディオさんは神技で右手を差し込み、私を!!
「うわぁぁん!!」
叫ぶほどの快感を私のカラダに残して
ミスディオさんは席を立って行った。
「オシッコ行ってくるね~」と
酔いを一気に醒まされた私は、呆然とカノジョを見送った。
気のせいなのだろうか…
ミスディオの香りがまだ私の周りに残っているようだった。
ミスディオさんは自分の倫理観?から外れたヤツは男だろうが女だろうが容赦しない…
魔性の女ではございますが…ね




