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Apollo  作者: ゆいまる
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廻る季節〜青〜

 藍は桃に言われたのか、それから桃の部屋から人生ゲームを持ち出してきた。

 ボードタイプの、昔からあるタイプのやつだ。良く桃はこんなもの持っていたな…青は少し驚いたが、藍いわく学園祭の時に何かの景品で貰ったものらしい。

 鍋を片づけて机に広げると、それなりの大きさになった。

「懐かしいな〜。人数多いから、ペアでやろか」

 大張りきりで蒼汰は盤を組み立て始める。

 協力。藍が何を自分に求めていたのかはわからないが、了承した以上、応援しないといけないのだろう。青はそう判断すると、

「じゃ、ペアは春日とスミレ。蒼汰と藍な」

 と勝手に決めてしまった。

 つまり、自分は残り物の中年の親父と組まないといけなくなるわけだが、振り返って三宮を見ると「異存ない」と言った風に頷いていた。

「よっしゃ、わかった。藍ちゃん宜しくな」

 そんな意図もわからず藍の隣に座る蒼汰を、藍は少し照れたように見てから、青に目配せする。

 久しぶりのこんな感覚に苦笑いしか出ない青は、肩をただすくめて見せただけだった。


 負けず嫌いがそろうと、ゲームは白熱するらしい。

 スミレが真剣な目で春日が手にするルーレットを見つめる。それはまるで『宝くじが100万当たる』『2』を出さないと、別れを切り出しかねない必死さだ。

 回す方の春日も、その迫力に押されびくついている。

「いい? 絶対外すんじゃないわよ。今、大事な勝負どころなんだから」

「ははは。まぁ、せいぜい神に祈るんやな」

 春日に発破をかけるスミレに、蒼汰は金の札を成金よろしくヒラヒラさせてみせる。

 そう今、接っているのはこの二組で……

「みんな頑張りますね〜」

「うちも、ある意味頑張ってるんだけどな」

 そうビールを傾ける青と三宮の手元には借金の手形と、車に乗りきらないほどの子どもの人形が山と積まれていた。

「じゃ、じゃあ、行きますよっ!」

 春日の手元に視線が集中する。

 カラフルなルーレットがくるくる回り、止まったのは……

『3』

「あ〜!」

「よっしゃ!」

 一斉に声を上げる。

 しかし、その様子は両極端。一方は頭を抱え、一方はガッツポーズだ。

「もう! あんたって、いっつも肝心なところで!」

「ごめんってば」

 スミレにつつかれる春日を青は眺めながら、どうして『だったらお前がやれ』と言わないのか不思議に思った。

 隣で三宮が困ったような顔で笑う。

「いいバランスだな」

「あ、あぁ」

 妙に納得してしまった。つまりは、良くも悪くも春日が表に出て、スミレが焚きつける方が二人はうまくいくって事だ。青は「なるほどね」と呟くと、彼らが三つ進んだ先のマスを見てみた。

「おい、土地を誰かに売りつけるってなってるぞ」

「え?」

 揉めていた春日達が振り向く。

 途端にスミレの眼に好戦的な光が宿った。

「梅田せんぱ〜い。うち、いい物件あるんですよ。200万で売ってあげますよ」

 ちゃっかりしている。宝くじを当てるより儲けるつもりだ。

 青はそんな抜け目のない後輩の横顔と、金の札を握りしめる親友の顔を見比べた。

 買うか買わないかは相手次第だから、ここで蒼汰がどう出るかが勝負の分かれ目になるかもしれない。

「蒼汰くん、やめとこうよ。この先、バブルが弾けるマス、あるし」

 藍らしい慎重な意見だ。青は、まぁそれが無難だろうなと思った。敢えて相手に金をやり、自らリスクを背負うことなんかない。自分でもこの申し出は拒否するだろう。

 しかし、蒼汰は盤をしばらく見つめた後に

「いや、買ぅとこう」

 と正反対の結論を口にした。

「ほぅ」

 三宮が興味深げにそんな蒼汰の決断を見守っている。

「でも」

 藍の不安げな顔に

「『バブル崩壊』のマスは確かに怖いけど、この先『土地価格高騰』のマスもあるやん。そこで売ったら買うた時の3倍の金が入るねんで」

 と喜々とした表情で蒼汰は答えた。

「でも私は、子どもも2人いるし、借金しないで来れてるし、このままでも十分」

「アカン。目指すなら上を目指さなぁ」

 まるで、現実の夫婦の様な会話に青は呆れて苦笑する。

 まぁそう考えると、桃がこのゲームを勧めたのもあながち、的外れでもないのかもしれない。

「どうします〜。先輩!」

 スミレが決断を迫る。

「蒼汰くん」

「大丈夫や」

 蒼汰はそういって藍を振り返ると

「見てみ? ピンチもチャンスも同じ数しかないやろ? せやったら、チャンスにかけるしかないやんか」

 と言い切り、にかっと笑顔で断言した。

「人生、絶対うまくいくって信じた者の勝ちやねんで。心配すんな」

 青はこの時、藍の頬がわずかに上気するのを見逃さなかった。こんな風に蒼汰に言われて、藍が首を横に振れるはずがない。

 青は、何気にこう言った事を堂々と言える蒼汰が、羨ましいと思った。自分には、絶対できない考えだ。

「アイツらしいですね」

 隣の三宮にだけ聞こえる声で呟く。三宮は新しい缶ビールを開けながら

「まぁ、梅田くんは成功率が半分どころか、1%でもあれば飛び込む性格だろうけどな」

 と目尻に皺を作って答えた。確かにそうだろう。青はなんだか負けた気持ちになって、黙って頷いた。


 結局、ゲームは本当に蒼汰と藍のチームがチャンスを掴み優勝した。

 青は、負けた事と一人も子どもがいなかったことを悔しがり春日に駄々をこねるスミレを、ほほえましく横目にみながら蒼汰に声をかけた。

「おめでとう。負けず嫌いは相変わらずだな」

「あはは。楽しかったな」

 そう言いながら台所に立つ藍と三宮を一瞬振り返り、二人でボードの片付けに入る。

「俺なら、あそこで土地は買わないな」

 青はどうしても引っかかるあの場面を正直に口にした。

 蒼汰はそれを聞いて、くったくない笑顔を浮かべた。

「別に難しいことやない。やるか、やらんか。道はいつだって二者択一。シンプルなもんやからな」

 やるか、やらないか、か。青はそんな冗談めかした言葉の深意に、溜息をつきかける。

 自分はいつだって後者で、蒼汰は前者だ。

 だから、自分は彼女がいてもなんだかモヤモヤしたままで、蒼汰は失恋してもこんなにスッキリしているのだろうな。青はそんな事を考えながら、人形を袋に入れ始めた。

「なぁ、なんでこのゲームは金持ちが優勝なんやろな」

 それは、青が自分の使っていた、車からあふれている子どもの駒をしまおうと手を伸ばした時の事だった。

 蒼汰が金の札の束を手に、呟く。

 青は、それはルールだからだと、身も蓋もないことを口にしかけて親友の、少し影のある表情に口を噤んだ。

「俺は貧乏でも、好きな人と一緒にたっくさん笑ってる方が好きやけどな」

 まだ、紅の事を引きずっているんだと感じた。

 蒼汰はあの後からも、いつも明るくはしている。以前と変わらない様子で笑いもする。でもやっぱり蒼汰の中で、彼女との事はなくなるわけではなくて……。

「人生に勝ち負けなんてないよ」

 言えるのはそんな言葉くらいだった。蒼汰はそんな青を、振り返り。

「せやな」

 と小さく笑った。その笑顔にどんな意味があるのか。それを思うと、青の胸は自分の事のように痛む。だから、それ以上、どうしていいかわからなくて俯いた。

 瞬間

「やっぱ、お前が女やったら良かったのに〜」

 蒼汰がいきなりふざけた声を上げたかと思うと抱きついてきた。

「!」

 突然の事に青が固まったのをいい事に、蒼汰はわざと大げさに熱い抱擁をして見せる。

「青! もう、結婚しよ! お前、生まれ変わるかなんかせいや!」

「馬鹿か!」

 落ちそうになる眼鏡を必死に抑える。

「いや〜。なんかお似合いかも〜」

 何故だか喜ぶスミレの声に

「おぉ、とうとうカミングアウトか? 俺も、以前からお前らの仲の良さには何かあると思ってたんだよな」

 無責任な三宮の声。

「スクープですね! あ、結構絵になってますよ!」

 春日はデジカメをむけ、蒼汰はそれに応えるように頬をすりよせてみせる。

 青は鳥肌が立つのを感じ、思いっきり蒼汰を引き剥がそうとするも、一向にそれはうまくいきそうにもなかった。

「もう! いい加減に……」

 眼鏡を抑えながら、ふと藍の方を見た。

 お腹を抱えて笑っていた。

 そしてそこに……地の底から響くような鐘の音。

「あ」

 一同がはしゃぐのをやめて、テレビの光景に集中した。

 レポーターが新年が明けた事を伝えていた。

「年、明けてんな」

 いつの間にか離れていた蒼汰がポツリとそうこぼした。

 正月を特別祝うのなんて、これまで好きじゃなかったが。

 青は不思議と静まり返った皆の顔を見てみる。

 何かの始まり。それを改めて認識して、受け入れ、踏み出すのは、こんなにも背筋の伸びるものなのかと、なぜか清々しい気持ちを感じた。

 最後に藍を見る。綺麗な横顔は、やはり理由ない痛みをまだここに遺していた。

 視線を外して、真っ暗な外を見る。

 新たな年。それは自分達には終りの始まりなのだという事を、青はうっすらと感じ、いつか必ず訪れるその夜明けを、まだ待ち望む気にはなれない自分のわだかまりに目を伏せた。

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