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Apollo  作者: ゆいまる
88/121

廻る季節〜青〜


 その年の年末はなんやかんやと理由をつけて地元には帰らなかった。

 実家は嫌いだし、たぶん藍がここに残るのをクリスマスの時に聞いたから、それが自分を引きとめたのだろう。

 青はそんな自分の未練がましさに苦笑しかけて、背後の笑い声にそれをやめた。

 大みそか。桃が実家に帰っていないその夜に突然押しかけて来た訪問者。それは当然、藍ではなく……。

「なぁ、青も早よ、こっちこいや〜」

 すっかり出来上がった蒼汰に

「園田先輩って、料理もできるんですね!」

 学園祭以来、妙になついてくる春日、そして

「すき焼きが料理のうちにはいるのか?感謝するなら肉を持ってきた俺にしろ」

 暇を持て余す独身中年の三宮だ。

 青はすき焼きの鍋をコンロから上げ居間に戻る。何が悲しくて、年末に野郎ばっかり4人で過ごさないといけないんだろう。つい数時間前にならされたドアベルを不用意に開けた自分に怒りすら覚えた。

「これ、食ったら帰れ」

 真剣にそう願い口にしてカセットコンロにやや乱暴に鍋を置く。が、そんな様子にひるむ人間は不幸な事に、ここには一人もいなかった。

「青〜眼鏡曇ってるし〜」

 むしろ、怯むどころか蒼汰はゲラゲラ笑い、春日がそれに呼応するように噴き出している。

「はぁ〜」

 もう、きっと何をいっても通じない。諦めのため息に座り、青はカセットコンロの火を調整し始めた。

 せめて、うまいものでも食べなければ、割が合わない。

 なんの割かはわからないが、とにかくこんな年末は不当な気がした。

 ぶつぶつ言いながら火を調節する青の耳に不穏な声がした。

「うまそうですね」

「肉や肉!」

 二人のはしゃぐ声に

「おぅ、食え食え」

 と三宮の声だ。

「!」

 青は元来、鍋はちゃんと彼なりのルールのもと野菜と肉類のバランスを保ちつつ消費していかないと気がすまない質だった。なので、いくら出来上がっているとはいえ『いただきます』の開始の号令もなしに始められるのなんかあり得ないことであり、許せる行為ではない。

「おい! ちょっと、待て」

 慌てて火から目を上げる。そして食べ方を細かく指示しようと口を開けた瞬間、その目に映ったのは、無残にも野菜だけになった鍋だった。

「青! これ、めっちゃうまいで!」

 無邪気にそういいながら、肉を思いっきり頬張る蒼汰のその口が憎い。

 青は眉を吊り上げると、蒼汰の唇を思いっきりつねった。

「お・ま・え。デリカシーのかけらもないのか? 鍋はなぁ、火が通る順番とタイミングを考えて……って」

 今度は春日の皿が目に入る。

「春日! お前も肉ばっか食ってんじゃねぇ!」

「ええ? すき焼きで野菜食うのなんか邪道でしょ」

「あはは〜。青、また眼鏡曇ってるで〜」

 もう無茶苦茶だ。三宮の方をチラリとみると、彼は澄ました顔で

「年寄りには肉より野菜や豆腐がありがたいんだ」

 とわかるような、わからないような事を言って

「いいじゃないか。好きに美味しく食べられれば。な? 鍋将軍」

 と不本意なニックネームで呼んできた。

「なっ」

 怒りに言葉を無くす青に、蒼汰と春日がその呼び名に納得の表情で頷く。

「せやせや。青がこないに鬼鍋将軍とは思わへんかったで。ええやん。細かい事はどうでも」

 なにげに『鍋将軍』に『鬼』がついている。

「そうそう。それじゃ、もてませんよ〜」

 したり顔で春日がそう言ったが、奴にだけはそんな事言われたくない。いちいち心の中でツッコミ出すともう、きりがなかった。

「もう知らん」

 むくれると、ビールに口をつける。

 だいたい、勝手に押しかけておいてこの三人、ろくなことをしない。

 料理の材料を押しつけるだけ押し付けて、人に調理しろと上がりこみ、何か面白いものはないのかと居間を物色し始め、これといったものがないとわかると、今度は自分の部屋に入りエロ本やDVDはないのかと探し始める始末。それもないのがわかると、人を不健康呼ばわりして、勝手に飲み始めてしまった。

 本当に、最低だ。

「どうして、年末にこんな目に……」

 思わず零した言葉を、三宮が拾う。

「まぁ、そう気を落とすなよ。ちゃんと、そこらへんは考えてるからさ」

「え?」

 そう、顔を上げた時だった。

 ドアベルが鳴る。

 もしかして。青の心臓が不謹慎な期待に高鳴りを覚えた。

 悪戯っぽく微笑み、軽快に立ち上がる自称年寄りは、その訪問者が誰だか知っている足取りで玄関に向かい、それを開けた。

「こんばんは」

「おぅ。いらっしゃい。今、はじめた所だよ」

 途端に冷たい外気が暖房のきいた室内に流れ込む。

 青はその声に思わず顔を上げた。

「そうですか。良かった〜。スミレちゃん、先にどうぞ」

 その冷たい空気に乗って聞こえてきたのはそう、他の誰のものでもない、藍、その人の声だった。

 いくら広めの居間とはいえ、大人が六人もいれば少々手狭だった。

 本来はそういった込み入った雰囲気は好きではないのだけれども、わいわいやれるのも限られた時間なんだと思うと、悪くない気がしていた。

 青は少し皆の輪から離れたところでビールを飲みながら、はしゃぐ皆の様子を見ていた。きっと、桃に話せば悔しがるだろうな、などと思い、携帯を手にしてみる。

 一応同居人なんだし、皆がここにいることくらいは話してもいいかもしれない。ふと顔を上げると、藍も携帯を手にしていた。お互い目が合い、なぜか笑ってしまう。

 日本人にこういった曖昧な意味の笑みが多いのは、言語的コミュニケーションが貧困だからだろうか?

「あ、桃ちゃんに電話してみようと想ったんだけど、もしかして青くんも?」

「あ、あぁ」

 どうやら言語が貧困なのは、一般的な事ではなく自分の事のようだ。藍の言葉に苦笑して、携帯を閉じようとすると、それを彼女が止めた。

「だったら青くんがしてあげて。私より、絶対青君の方が桃ちゃんは喜ぶと思うよ」

「ん」

 そう言う言われ方はあんまり好きじゃなかったが、藍は特に他意はない様子なので渋々携帯を再び開ける。

「もしかして、青、桃ちゃんのラブコール?」

 呼び出し音を鳴らした途端に、蒼汰が茶化してきた。

「え〜。青って意外とまめなんだ」

 棘があるスミレの言葉に

「同棲してまだ一か月も経ってへんもんな」

 携帯を覗き込もうと背中からもたれかかってくる蒼汰

「え? ここで同棲してるんですか?」

 何故か春日が焦り

「お? 春日知らなかったのか?」

 何故か生徒の事情に詳しい三宮がニヤリと応える。

「何よ春日。何か言いたいことあるわけ?」

 そう言えば、春日は一年の頃桃が好きだったんだっけ。

「いや、別に」

 尻に敷かれてるんだな。

 青は皆のやり取りを観察しながら、コールが途切れるのを待った。

 藍と目が合い、彼女も皆の様子に苦笑していた。青は何となくそれが茶化されるよりもくすぐったくて、黙って肩をすくめた。

『もしもし』

「あ、桃? 俺」

 久し振りの声にこたえると、一気に皆が携帯の声を拾おうと近寄ってくる。

「あっちいけよ!」

 小声で追い払うが、効果なし。逆に電話の向こうの桃が

『え? 何?』

 といぶかしんでいた。

「青ぃ。誰に電話してんのぉ」

 蒼汰が女の声を真似しているつもりなんだろうか? 妙に甲高い声を出してみせる。

「馬鹿! 黙ってろ!」

 青は眉を寄せて肘でつつくと、電話の桃は笑っていた。

『なんだ、蒼汰くんが来てるんだ』

「まぁな」

 ほら見ろ、バレバレだ。青はなをもふざける蒼汰の額を小突く。

「藍や教授、春日にスミレもいるよ」

『え? 皆で忘年会? いいなぁ』

 羨ましがる声に、その表情まで想像できる。思わず笑みをこぼすと

「あ〜園田先輩が笑ってる」

 春日がそんな心外な事を口にした。

「俺だって笑う事ぐらいある」

 そうムッとして返すと、三宮が腕を組んで髭を撫で

「でも、こんな風に笑うのって珍しいよな。やっぱり、本当に付き合ってるのか」

 と、さらに心外な事を口にした。

「あのなぁ」

『青くんどうしたの? 楽しそうだね』

 溜息をつきかける青に桃の声。青は眼鏡を触ると

「楽しいって言うか、騒がしいだけだよ」

 と、皆を睨みながら言った。また桃の笑い声が耳をくすぐる。

『会いたくなっちゃったなぁ』

「皆に?」

『ううん。青くんに』

 ストレートな言葉に、青は片眉を上げた。

 誰かに聞かれていやしないかと、慌ててみるが、皆不思議そうな顔をしている。青は胸をなでおろしながら声を落とした。

「ごめん。やっぱ今度かけなおす。皆いるからさ」

『あ、うん。そうだよね。ね、藍ちゃんいるんだよね? かわってもらえる?』

 何故かドキリとした。

 別に悪いことをしているわけじゃないのに、藍を電話に出すように言われ動揺してしまう。

「あ、いいけど」

 青はできる限りの平静を装い、藍に携帯を向けた。

「私?」

 黙って頷いて見せる。受け取った藍は、何かを話し始めた。

 言いようもない居心地のの悪さに溜息を吐き、振り返ると、獲物の帰還を待ち望んでいた連中の嫌な笑みが並んでいた。

「俺らなんかに気を使わないで、もっと普段通りの会話していいんだぞ」

 そういう三宮の横で、蒼汰が立ちあがって両手を広げていた

「会いたいよ桃! 今すぐに君を抱きしめたい〜!」

 バカみたいな大げさな演技に、春日が悪乗りして胸の前で両手を組み、蒼汰を見上げる

「私もよ青くん。さみしい。早く帰りたい〜」

「桃っ」

「青くんっ」

 そして固く抱き合う二人。

「青い春だ」

 意味不明な事をいって拍手を送る三宮に、おもしろがってスミレはデジカメで二人の写真をとっていた。

「馬鹿馬鹿しい」

 青は冷めた目でそんな光景に一瞥だけくれると、付き合ってられなくなり天井を仰いだ。

「青くん。ありがと」

「あ、あぁ」

 そこに聞こえた助け船の様な声に青は振り返り、その藍から自分の携帯を受け取る。

 まともな人間が一人でもいて良かった。そう思いながらも、桃と彼女が何を話したのか気になって仕方なかった。

「青くんによろしくって」

「桃、なんだって?」

「あ、別に」

 藍は言いにくそうに口をつぐみ、尚もふざけて青を演じ続けている蒼汰をチラリと見た。

 青は、あぁ、そう言う事か。と何となく会話の内容を推測し、苦しくなる胸の痛みを誤魔化すように携帯を掌の中で弄んだ。

「で、なにか良いアドバイスはもらった?」

「え? あ、うん」

 図星だったらしい。藍は一瞬驚いた顔をしてから、ちょっと困ったような顔で恋する瞳を蒼汰に向ける。

「特別な事じゃないんだけど、ゲームでもしてみたらって」

「ゲーム?」

 今度は意味がわからなかった。藍は頷き

「青くん。協力してくれるかな?」

 と尋ねてきた。嫌な役回りだな。そう想いながらも、断る理由も自分の中で認められずに頷く。

 それにしても

「桃。君は俺の太陽。俺はこの眼鏡にかけて君を守り抜……」

「いいかげんにしろっ」

 青は思いっきり、まだ続けていた蒼汰の頭を思いっきり叩いた。蒼汰は『おいしい』と言わんばかりに嬉しそうな顔をして振り向く。止めるまで、続けるつもりだったのか。青は呆れ顔で、「ええやん。照れんでも〜」と笑う蒼汰に溜息をついた。

 一応場を整え、藍を振り返ると、藍は苦笑いしながら

「ありがと」

 と小さく言って。青に小声でこう言ったのだった。

「で、青くんって、普段は本当にこんな事いってるの?」

「……」

 青は本気で帰りたくなった。いや、ここが自分の家なのだが。とにかく、帰りたくなったのだった。

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