裏切りの雨
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首都高はこの天候のせいか、はたまた慢性的な持病のせいか、相も変わらず渋滞していた。
エンジンを切るまではいかなくても、今までの快適な流れとは比べ物にならないほどの停滞したものとなり、焦りに舌打ちした。
勢いで出て来てしまったが、どの飛行機か聞けばよかった。
この渋滞を利用し、片手で携帯で検索する。
よく考えれば、成田か羽田。どちらともしっかりは聞いて出なかったのだ。自分の勘が外れていれば、少々面倒なことになる。
いまだに計画がうまくたてられない自分の性格に嫌気がさし、前髪をかき回した。
「たぶん、これやな」
確証はないが、迷っている余裕もなかった。
幸い、自分が向かっている方の空港の便で、胸をなでおろし携帯を閉じる。
天を見上げ、どうせここで足止めするのなら、彼女の足も止めてくれ。と曇天に願った。
今は、考えたくないことばかりだ。考えれば、胸の苦しさにがんじがらめになりそうになる。
どうして、こうも人の心っていうのは厄介なのだろう?
ここまで来たら、前に進むしかないと分かっているのに。今更、藍に弁解のしようもなく、青に向ける顔もないのに。それでも、思い出の中には今、自分が会おうとしている彼女と同じくらい彼らがいて……。
すべてが幕を閉じようとしている今となっては、あの頃の自分たちは随分複雑でもどかしいバランスの上で、分かりあっているような顔をして、それに気付かないふりしてはしゃいでいたんだと、あきれ半分の苦笑しかでない。
自分は紅のことばかり見ていた。
それは苦しくて、切なかったけど、それでも紅にも神崎川にも宣言していた以上、まだ良かったのかもしれない。
ずっとずっと自分の気持ちを口にしなかった彼らは、あの頃、一体どんな想いでいたのだろう。
ふと、隣の車線をみると、家族連れらしいその車内が見えた。
運転席にいる男も、後部座席に座る女性もこんな渋滞なのに幸せそうに笑っている。目を凝らすと、その女性の隣にチャイルドシートに安らかな寝顔で横になっている赤ん坊の姿があった。
何とも言いようのない、痛み?
いや、そんなものじゃない、悔しさや怒りか?
違う。
蒼汰は唇を強く噛みしめた。
これは……哀しみだ。
あの、小さな命を永遠に失った、哀しみ。
「なんで」
蒼汰は覚えていた。
その命が芽生えた時の彼女の喜びと戸惑いを。
その命が危険にさらされた時の恐怖を。
その命が生まれた時の喜びを。
「なんでや!」
考えたくないことばかりだ。
蒼汰は深い溜息を吐きだした。
そっと自分の手を見てみる。
「俺は」
自分の手を握ったそのか弱く、それなのに、途方もないくらい尊く感じた、あのぬくもりは、まだリアルに思い出せる。
「なんで、いっつも、こうなんや?」
もう、こんな後悔はごめんだ。
蒼汰はハンドルを握りしめると前を見据えた。
「そうや。そのために行かな」
蒼汰は呟くと、流れ始めた首都高を再び走り出した。