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Apollo  作者: ゆいまる
74/121

見上げた空に 11


 青からその事を聞かされた時、蒼汰は唖然とした。

 それは、紅の事を簡単に説明し終え、少々気持ちもスッキリし、仕切り直した後の事だった。

「ところで誕生日会、どないしよ。やり直すか?」

 よくよく考えたら、彼の誕生日をほったらかしてしまっていたのだ。申し訳なく思っていたのもあるし、自分自身の景気づけにもしたくて蒼汰はそう口にした。しかし、誕生日会を反故された当人は苦笑しながら

「いいよ。あのあと、桃としたから」

 と気にもしていない様子で返した。

 蒼汰はあの日、張り切ってケーキを用意しいていた彼女を思い出し、同時に青が想っているはずの藍を借りてしまった事に思い至った。

「そっか。でも、悪かったな。藍ちゃん借りてもうて」

「それなんだけどさ」

 青がはにかんだ。そんな表情をここで見ると思わなかったので、蒼汰は目を瞬かせる。青は涼しい顔で

「俺、桃と付き合う事にしたから」

 それはまるで選択講義をどれにしたかを報告するような感じだった。

「へぇ。そうなん! 良かったなぁ」

 だから、蒼汰は始め、何のことかピンとこなくて無難に返事すると、目の前の枝豆に手を伸ばそうとした。

 青が桃と付き合う。そう言う事になったのか。そういう……

「……って」

 蒼汰の手が止まる。

 そして口をあんぐり開けて、青をじっと見つめた。

「今、なんて?」

 青が『桃』と付き合う?

 『藍』じゃなくて『桃』?!

 凝視する蒼汰の視線に耐えられなくなったのか、青はいつもの仏頂面で眼鏡を触りながら言い放つ。

「だから……桃と付き合う事にしたって」

「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 その言葉の意味を理解した時、蒼汰は世界がひっくり返ってもこんな声は出さないと自分でも断言できるような声を上げた。

 青が桃と付き合う?

 確かに、桃の気持ちは一途でそれはもう、一年のころから変わらず、見ているこっちもいじらしくなるほどだったが…青の気持ちは藍から不動のもののように見えていた。

 第一、二人が接近する要素も事件も蒼汰にはまるで思い当たらなくて、本人の口から聞いた今も信じられない心境だ。

 青は苦々しそうに蒼汰の後頭部を叩いた。

「馬鹿。声、でかすぎ」

「いや、え、ええ? 藍ちゃんやなくて……」

 もう一度確認してみる。青は面倒臭そうに。

「桃」

 と、一言だけ告げてジョッキを飲み干し、日本酒を頼んだ。

 蒼汰は、その日本酒が届くまで青の横顔を見つめ、混乱する頭を整理する。いや、整理しないといけないほど込み入った事情でもないのだが……

「いつのまにそんな事に。冗談ちゃうやんな?」

 日本酒が青の前に置かれた時に、ようやく言葉がこぼれ落ちた。

 青はそんな蒼汰とは全く対照的に、いつものポーカーフェイスに僅かな赤みを差した程度の顔で一息つくと。

「あの日、泊ったんだ」

 決定打を打ち上げた。まさに勝負どころの満塁ホームラン。蒼汰はその言葉の意味に柄にもなく、真っ赤になった。泊まったという事は、つまり、付き合うというより、すでに友達の境は越えてしまっているというわけで……。

「え、じゃ」

「そういう事」

 青はしらっとした顔で肩をすくめ、これ以上の質問は受け付けないと言った体を取る。

 青が、桃と?

 全くの想像がつかないというか、想像するのも何だか野暮と言うか、蒼汰は自分のこと以上になんだか気恥ずかしくなって、耳まで真っ赤にすると、なんどか瞬きをした。

 つまり、まぁ、桃の気持ちが通じたという事だ。

 あんなに、希望もなく難しいポジションから、ついにあの小さな女の子の強い思いがこの、鉄仮面を打ち壊したってことだ!

「そうなんやぁ!」

 蒼汰は無性に嬉しくなって、青の背中を思いっきり叩いた。凄い! 凄いことだと思った。桃はやったのだ。自分の思いを貫き、ついに幸せを自らの手で掴んだのだ!

「いやぁ。なんって言うか……めでたい! そうか。とうとうお前に春が来たんか。桃ちゃんもええ子やもんな」

 なんだか勇気を貰った気がした。そう、桃だってきっと青の気持ちには気が付いていた。自分には遠い場所にしか気持ちはないのも知っていた。でも、それでも好きって言う気持ちを一生懸命に真っ直ぐに持ち続けたのだ。

 蒼汰は童顔の友人の、いつもは頼りない小さな、そして幸せを自ら引き寄せたその手を思い出した。

 彼女はやり遂げた。自分もごちゃごちゃと言い訳していないで、頑張らないと!

 自分は何のために旅をして来た? 何のためにここまでやって来た? 危うく全てを放り出してしまうところだった。

 蒼汰は心の中で桃に最大の尊敬と讃辞を送りながら、こんなめでたいことは思いっきり祝わないと! と手を上げた。

「そや、赤飯! マスター! 赤飯ないか? 祝い事には赤飯と鯛や!」

「あるか、そんなの」

 青のいつもの冷静な突っ込みも、今は嬉しくて仕方ない。

 蒼汰は自分が桃みたいに純粋になれなくなっているのに、気が付き始めていた。以前なら、ただただ紅の幸せを願えた。でも、今はそれだけじゃ足りなくなってきている。

 神崎川を叩きのめしたい。超えたい。彼女を自分のモノにしたい。

 なのに……神崎川にまだ憧れている自分がいる。

 捻じれている。

 歪んできている。

 そんなこの想いを、今夜ばかりは忘れたかった。忘れて、この世には桃みたいに純粋でも幸せになれるんだって信じたかった。

 そして、この隣にいる親友も彼女に満たされたらどんなにいいだろうと、素直に彼らの幸せを願えた。

 蒼汰は、一時でいいから、ただただ人の幸せを喜べる自分に戻りたかったのだ。

 はしゃぎ、笑う声がもう、心の底からのものでないにしても。

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