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Apollo  作者: ゆいまる
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見上げた空に 7


『御影ちゃん、悪いけど園田君の様子を見てきてくれるかい?』

 そう言って三宮教授に押し付けられた一万円札を見つめて、藍は困った顔で薬局へと歩いていた。

 実際、新人歓迎会を今夜欠席していた青の事が気にはなっていた。

 後で桃とお見舞いに行くつもりでもあった。でも、教授は自分だけに、しかも宴会途中で彼の様子を見に行くように言ったのだ。

 何故かわからないけど、周りの後輩たちも『行ってください』と自分を追い出す様に口々に言うし、桃は蒼汰に捕まっていて話しかけられる雰囲気じゃなかったし……。

 一人で出てきてしまったが、桃に対してまずかったんじゃないかという気持ちに、ちょっと気が重くなっていた。

 いや、本当にそうなのだろうか?

 藍は薬局の明かりを見つけ、まだ開店している事にほっとして小走りになりながら自問する。


 本当に自分は一人で来る事に気おくれしていたのか?


 店内の眩しさに目を細め、溜息をつく。

 さっき、彼の部屋を後にする時にみた、その寝顔を思い出して胸の真ん中あたりがキュゥと痛んだ。

 いつもの何事にも涼しい顔をする彼ではなく、熱っぽく少々心細そうなその顔を見た時、自分は何を感じていた?

 藍は唇を軽く噛んで、その思考を追い払うように頭を振った。

 きっと、少々さっきの飲み会で酔っぱらってるんだ。自分にそう言い聞かせて、風邪薬を探し始める。

 そう、そんなはずない。青は桃の片思いの相手で、自分は蒼汰に片思いをしている。それがどうしようもない現状なのだから。


 部屋に戻ると、青はまだ眠っているようだった。仕方ないので卵粥を温め直し、土鍋に蓋をする。これなら少々なら冷めないだろう。テーブルにその粥と、風邪薬と水をセッティングしてソファに背中を預ける。

 これでいつ青が起きても、すぐに食べさせて薬を飲ませることができる。

 見たこともない無防備な表情に、また胸がキュゥと音を立てた。

「反則だよね」

 こんな綺麗な顔。という意味で言ったつもりだったが、そのセリフを同じ場所で言った覚えがして、藍は瞬きした。

 それはいつだったか……。確か、蒼汰が帰ってきた時だ。あの時、青は自分の手を握り、そして。


『俺じゃダメなのか?』


 心臓が大きく軋んだ。途端に物凄いスピードで高鳴りだし、藍は両頬を抑え青から目をそらす。

 あの時は、蒼汰の事で頭がいっぱいだったし、なにより真に受ける勇気なんてなかったから、笑い飛ばしたが、もし、あれが本気だったとしたら?

 そっと青の寝顔を窺ってみる。

 青には好きな人がいるって言っていた、それは……誰?

 皆が自分をここに焚きつけたのは何故?

 そして、彼の傍に自分がいるのは……。

 駄目だ。

 藍は固く目を閉じると首を横に振った。

 桃の顔が瞼の裏に浮かぶ。彼女の一途な想いを自分は知っている。ずっと見てきている。これまでだって、一向に成就しないお互いの恋を応援しあってきていた。だから、こんな気持ちは、あっていいはずない、あるはずない。

「酔ってるのよ」

 藍は呟くと深く息をつき、力を抜いてソファに身を預けた。

 徐々に鼓動が収まり、代わりに緩やかな坂を下っていくような眠気が訪れてきた。部屋に唯一響く秒針の音が心地よい。

 藍はいつの間にか深い眠りについていた。


 気がついたのは、その手にある感触に夢から連れ出された時だった。

 まだ半分夢の中を彷徨う思考に、うっすらと目を開けると部屋の電気が落とされているのに気がついた。

 次いで、毛布が自分にかけられておいることに気づき、どうやら自分は眠ってしまい、その間に青が起きたのだろうと推測された。

 目が冴えてくるにつれ、手に触れる感触がより鮮明になって来た。

 そして、それの正体に気がついた時、藍は思わず息を飲みかけ目を閉じた。

 青が、自分の手を握っていたのだ。

 それは意図したものなのか、寝ぼけた末もモノなのか、はたまた寝返りに重なっただけなのか、わからない。

 でも、自分の指さきを握るその僅かな、少しでも動けば解けてしまいそうなほどの力に藍は自分の鼓動が、また囁きだすのを聞いた。

 重なった部分が暖かくて、切なくて、どうしていいかわからなくなる。

 蒼汰の事を想った、桃の事を想った。でも、どうしても、重ねられた指先は離れようとしない。

 これは、夢なのよ。

 藍は心を鎮めようと言い聞かせる。

 これは、酒が見せる不思議な夢なのだ。

 青は確かに、自分にとって大切な存在だ。

 唯一、心が許せるまるで……兄。そう、今撮っている映画の役柄上の様に、いつもいつも見守って理解してくれる、兄のような存在だ。

 だから、この高鳴りも決して、恋なんかじゃないはずなのだ。

 藍はゆっくりと動揺を吐き出すと、もう一度眠りに誘われるのを願った。

 これを、このぬくもりと躊躇いを夢にするために。

 そうしないといけない。そうするべきなんだ。そうでしょ?

 青くん。

 藍は心の中でそう囁くと、同意を求めるように、その切ない痛みを覚えさせる温もりをほんの僅かに握り返したのだった。

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