片想い 2
夏休みは合宿が始まる前までは実家に帰る事にした。
特に理由はなかったが、高校のツレも帰省すると連絡があったし、逆に大学の連中は初めての夏休みに帰省して残る奴は少なかったというのが、理由といえば理由になるのだろう。
大学のある町には大きな川が流れているのだが、毎年そこでその地域ではそこそこ名の知れた花火大会があるらしい。
サークルの連中、青、藍、桃とはその花火大会に合わせて戻って来ようと約束し、蒼汰は実家の奈良へと戻った。
大学からは新幹線とローカル線を乗り継ぎ、半日はかかる。
それでも苦じゃなったのは、出来上がったばかりの台本を夏休みに入る直前に神崎川から手渡されていたからだろう。
蒼汰は人気の少ない昼間のローカル線に揺られながら、すでに幾つもの書き込みがされている台本を飽きることなく繰っていた。
台本を読みながら、先日のサークルでの出来事を思い出す。
それはキャスティングでの事だった。
二十人しかいないサークルは、一応の役割分担はあるものの、一人何役かをこなす事は珍しくない。例えば、監督の神崎川が演出に回る事だってあるわけだ。
そういった流れと、外見で、初め、この作品の要となる男の役を青にとの声が上がったのだ。
蒼汰も悪くないと思ったし、むしろ見てみたいと思った。
もともとはこの男を撮ってみたいと思って声をかけたのだ。期待も少なからずあった。
しかし人前にあまり出たがらず、もともと写真が趣味らしいが(これも訊いた時には意外に感じた)カメラ班を希望していた青は、それに激しく難色を示した。藍や桃の説得でやっとの事で台本を読んだ青だったが……。
蒼汰はちょうどその青が読んだ下りのページで手を止め吹き出す。
どうしようもないくらいの大根、つまり演技がど下手だったのだ。
それは、もうがっかりする余裕すら与えないくらいの大根っぷりで、しばらく部室から笑いの渦が消えなかったほどだ。
「結構、直観、外れへんねんけどなぁ」
蒼汰はそう零すと前髪を苦笑いにくしゃっとかきあげた。
正直、残念ではあった。
その演技を除けば、やっぱりフレームの中の彼は絵になる。
この数か月付き合って、器用なのは感じていたし、自分達がメインで作るのはまだ二年あるから、諦めるのは早計だと楽観する事にした。
電車が揺れて、見知った駅に止まる。
顔をあげると、通っていた高校の最寄りの駅だ。
三年も通ったのだ、懐かしくないはずはない。
ドアが開くと同時に外の熱気が入り込んでくる。
思い出の多いそのプラットフォームを何気に見ていた時だった。
良く知る顔が駆け込んで切る。
似合わない茶髪が相変わらずのその姿に息を飲み、ちりっと胸の底が痛んで、反射的に顔を台本の方へ伏せた。
スカートを揺らす彼女は、上がった息を整えるようにしばらくドアの前に立っていたが、電車が動き出す頃、彼に気が付いたようだった。
「え……蒼汰?」
「よぉ」
蒼汰は諦めのため息を小さく吐きだすと台本を閉じ、気まずい思いに顔を上げ中途半端な薄笑いを浮かべた。
元カノの小林茜へと。