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Apollo  作者: ゆいまる
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見上げた空に 6

 桃がまとめる脚本班の働きは素晴らしく、台本が出来上がったのはなんと春休み前で、出来栄えも蒼汰の手直しなんかほとんどいらない程だった。

 自分の世界観を理解し、表現してくれた童顔の友人の才能に蒼汰は驚きながらも感謝する。

「桃ちゃん、ほんまにすごいなぁ。将来、作家とかになったらええんちゃう?」

 彼女の表現力は、実は神崎川も塚口も認めていて…桃本人はそれをお世辞か何かととっているらしいが、本当にその繊細で絶妙な言葉の使い方は素晴らしかった。

「ほめすぎだよ〜。作家だなんて。たぶん、卒業したらただのOLだよ」

 と笑って「でも、第一希望はお嫁さん」と本気か冗談か蒼汰に耳打ちすると小さな肩をすくめて照れ笑いした。

 蒼汰はそれに

「青はアカンで。今は俺の世話女房なんやから」

 と答える。

「誰がお前の世話女房だ」

 すぐに声が返って来て、蒼汰は苦笑いに振りかえった。

 出来上がったばかりの台本を手に、青が憮然とした顔で蒼汰を睨んでいた。

「照れることないやん〜。俺、青の肉じゃが大好きやで」

「へぇ、本当にそんな仲なんですか?」

 珍しく会話に入って来たのは春日だ。春日は青を嫌っているらしく、これもイヤミのつもりなのだろう。

 飽きもせず、毎度のように繰り返される眉を吊り上げる青と春日の攻防に、蒼汰と桃は顔を見合せて笑った。


 自分から連絡しなくなったのも、彼らが東京に引っ越してしまったのもあり、蒼汰が神崎川や紅とつながる事はほとんどなくなった。

 映画のクランクインは春休み中になったのだが、その当日に、入籍を知らせる形式的な葉書が一枚届いただけだ。

 ちょうどいい、と蒼汰はそれを挑戦状として自分の部屋の一番目立つ所にピンでとめた。

 撮影そのものは順調に始まったが、すぐに壁にぶつかった。

 青だ。

 青の大根っぷりがここに来て、みんなの想像以上に痛かった。綺麗な顔で、いい声なのに、まるで表情がない。それはどれだけ練習しても、場所を変えても、撮影スタッフを変えてみても効果はなく、申し訳なかったが、彼のシーンを撮り終えるまでは彼にカメラを降りて演技に専念してもらうしかなかった。

「あれ? 今夜はうちの大根はいないのか?」

 新人歓迎会をする居酒屋に一緒に行こうと部室に顔を出していた三宮が、きっと今日も青をからかおうと思っていたのだろう。彼の姿がないのに残念そうに声を漏らした。

 蒼汰は苦笑する。

 正直、彼は副部長だし、彼目当てで入部してくれた女子部員もいるから今日は出席してほしかったんだけれども……

「風邪らしいですよ。高熱でダウンだって」

 無理をさせてきた自覚もあるので、蒼汰は青に申し訳なく思い眉を下げて教授にそう言った。

「へぇ、鬼の撹乱か?」

「言いえて妙ですね」

 春日がここぞとばかりにほくそ笑む。蒼汰は肩をすくめ

「新歓の後で見舞いには行くつもりですけどね」

 と答えると、三宮がにやりとその髭面を笑みに変えた。

 そして、蒼汰の肩に腕をまわし耳打ちする。

「お前なぁ、こう言う場合、野郎が行っても風邪は治らんだろう?」

 その声には笑いをこらえる震えがわずかに混じっていて、三宮の悪戯心か老婆心か、とにかく彼のもくろみを見抜くと、蒼汰もにやりとした。

「ですよね」

 そして二人して、後輩たちに居酒屋の場所を親切に教える、今夜の白衣の天使役になる藍の背中を見つめたのだった。

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