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Apollo  作者: ゆいまる
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見上げた空に 2

 ドアの前に立つ。

 旅立ちの前、ここに蒼次を託しに来たのが遥か昔のような気がした。

 そっとドアノブに手かけると鍵は開いていた。

にやりとほくそ笑み、蒼汰はチャイムを鳴らし、間髪入れずにドアを思いっきり開ける。

「ただいま。マイホーム!ただいま!マイスイートハニー!!」

 さぁ、この感動の再会に飛び込んでおいで!と言わんばかりに両手を思いっきり広げて見せる。

「蒼汰!」

「蒼汰くん!」

 二つの影と二つの声に、蒼汰は目を丸め「おろ?」と口の中で呟いた。

 青と藍がそこにいたからだ。二人は同時に立ちあがりこちらをポカンと見つめている。

「あ、れ?藍ちゃ……。もしかして、お邪魔やった?」

 藍がここにいるなんて予想外だった。自分がいない間に、もしかしてうまいこと話が進んじゃってたのか?

 タイミングの悪さに苦笑いする蒼汰の前に、やっぱり思いっきり迷惑そうな青が腕を組んで仁王立ちした。

「ったく、一か月近くもどこほっつき歩いてたんだよ。それに、ここはお前の家じゃないし、俺はお前のハニーで……」

 それに、相も変わらずの悪態。帰ってきたんだとじわじわと実感が湧いて来て、蒼汰は思わず青に抱きついてしまった。

 青だ。青がここにいる!

「会いたかったやろ〜。もう、この照れ屋さん」

 ノリが悪いのも、たじろぐのも変わっていない。もう嬉しくてしかたなくて、蒼汰は青の存在を確かめるように背中を何回も叩いた。

「くさっ。風呂貸してやるから、とりあえず入れ」

 つれない返事も青独特のものだ。

「さすが、マイハニー」

 そして、なんだかんだと面倒見のいいところも、やっぱり青だった。蒼汰は顔中に笑顔を浮かべると、ようやく青から離れて部屋に上がった。

 その時、ふと、藍と目があった。

 藍は照れ臭そうに笑った。なんて言っていいかいい言葉が思いつかなかった。でも、彼女にはもう隠さない。そう決めたんだ。目をそらす理由はどこにもなくて、蒼汰は軽く手を上げると、以前と変わらぬ調子で声をかけた。

「おう。もう、復活したから。心配かけたな」

「お帰り」

 一音一音に響く想いに気がつかないわけじゃない。でも、自分はそれには答えられない。だから……

「はいはい。ただいま」

 蒼汰はなるべく青に対するのと違わない様な態度で答えると、さっさと風呂場に向かった。

とにもかくにも、帰って来たのだ。

 心底気持ちが解放され、荷を下ろした肩が軽くなった。

 居間を後にする前に少しだけ、二人を振り返ってみた。困ったように微笑む藍に、肩をすくめて見せている青。

 旅は成長させてくれる。そして、その果てに帰りたいと思う場所、自分にとってのかけがえのない大切な場所を教えてくれるのだなと、痛いほど感じた。

「ただいま」

 蒼汰は誰にも聞こえない小さな小さな声で二人にそう呟くと、せっかくのテンションがしんみりしてしまう前に風呂場に向かったのだった。

 旅に出ていて、一番不自由したのは風呂だった。

 銭湯はけっこう探してもそうそうあるわけじゃなかったし、あってもレジャー施設のようなやたらに高くて、貧乏旅行者には敷居が跨げないようなものだったりして、なかなかゆっくり体を洗うってことは案外、難しかった。

 風呂を出ると、青が用意したのだろう、真新しい下着とスウェットが置かれていて、本当に世話女房のようだな、と蒼汰は苦笑した。

 何もかもがスッキリし、なんだか背筋が伸びる。そうなると、旅の総括をしたくなった。

蒼汰はタオルで髪を乾かしながら、居間に戻り二人に

「あ〜気持ち良かった。お風呂ごちそうさん」

 と笑うと、ふざけて彼らの前で姿勢をただした。

「何だよ」

 訝しむ青を見て、蒼汰は選手宣誓よろしく片手を挙げる。

「私、梅田蒼汰は長い旅路の果てに、一つの結論に達したのであります」

「で? 何?」

 呆れ顔の青が片眉をあげてこちらを見ている。蒼汰は深く息を吸い込むと、

「私、梅田蒼汰は、宿敵と書いてライバルと読む、神崎川を超える作品を作り、紅先輩を奪ってやるのです」

 そう一気にまくし立てた。

 結局、長い旅をしても、目的も気持ちも変えることはできなかった。

 わかったのは、そう言う事。

 自分は中津紅っていう女性が好きで、神崎川翠という男を超えたい。その気持ちは、何がどういう状況になろうと、まだ変えることも諦めることもできなくて、それはもう、今になっては失敗や敗北を恐れている余裕もないくらいに、強い想いなんだ。

 それが、どれだけ馬鹿馬鹿しくて、格好悪くても、それが自分なんだと、この旅で見つけた。

「はぁ?」

 青と藍はポカンとしていた。蒼汰はにやりと笑って手を下ろす。そりゃそうだろう。人を騒がせておいて、結局、何にも変わらないじゃないかよって思っているのかもしれない。

「入籍にも、出産にも間に合わへんのは重々承知や。でも、ちゃんと勝負もせんで、惚れた女を諦めるなんてできへんのや。世間体とかそんなんどうでもええ。俺はちゃんと勝負してケリをつける。そう決めてん」

「決めたって、紅先輩の気持ちは……」

 唖然とした口から思わず出た青の言葉に、蒼汰はわずかに真剣な顔になった。

 さっき会って来たばかりの彼女の事を思い出す。身を締め付けるような切なさが胸を痛めた。あの細い肩を抱きしめた感触を握りしめる。

「色々あるねん。だから、俺のやる事は、決して紅先輩の気持ちを度外視したものでもない。そう理解してくれ」

 ここには事情を知らない藍もいる。

 深くは話せない。

「蒼汰く……」

 藍の視線が少し心苦しかったが、蒼汰はにぱっと微笑むと

「まぁ、積もる話もあるから、桃ちゃんも呼んで今夜は飲もうや!」

 そう言って青と藍の肩に両腕を回したのだった。


「蒼汰くん〜!!」

 藍の連絡ですっ飛んできてくれた桃は、蒼汰の顔を見るなり彼に飛びついた。

「もう! みんな心配してたんやで!! あほ〜!!」

「桃ちゃん、関西弁になってるし〜」

 胸に飛び込んできた桃の頭を苦笑してなでる。

 もし、大学でミスコンではなく、『みんなの妹コンテスト』なんて開かれたら、間違いなく彼女が優勝するだろう。

 桃は小さな拳で何度も蒼汰の胸をポコポコ叩くと、顔を上げた。

 つぶらな瞳に涙をいっぱいに浮かべて、ふにゃっと微笑む。

「おかえり〜」

 そんな彼女に、蒼汰は心の中で『頑張ろうな』と呟くと、頭を撫でて

「ただいま〜」

 と彼女の間延びした口調を真似して答えた。

 それから、即席の飲み会が始まった。

 蒼汰はデジカメの画像を青のパソコンに立ちあげながら、ふとハムスターのゲージを探した。

 それは部屋の隅にちゃんと置かれており、四つん這いで近づいてみてみると、自分が世話していた時より、きちんと綺麗に掃除されていた。

 青らしい。ブツブツと文句を言いながらもこまめに世話をする青の様子を想像して蒼汰は小さく笑った。

「蒼次くん、良かったね。ご主人さま帰って来たよ」

 背中で藍の声がした。ゲージの中の蒼次はその声に答えるように立ち上がり、鼻をひくひくさせる。その無邪気な様子に、二人は顔を合わせて笑った。

 台所の方で、青と桃の食事を作る楽しそうな声がしている。

 帰ってきたんだなぁ。大好きなこの雰囲気に蒼汰は目を細めた。

「ほんまに、心配かけてすまんかったな」

 蒼汰は背を向けたまま藍に呟いた。藍は長い髪を揺らし

「帰って来てくれて嬉しかったよ。それにね」

 藍が振り返る。蒼汰もつられるように振り返った。

 藍は目を細めて

「青くんは信じてたよ。蒼汰くんは無事に帰ってくるって。だから、私も桃ちゃんも安心して待ってられたの」

「そうなんや」

 青は、自分がまたスタートラインに立てるという事を、自分が思うよりずっと前から信じていてくれていたって事か。

 桃に指示を出しながらフライパンをふるう青の横顔に、蒼汰はまた小さく笑った。

 幸せは、こんな所にもあるのだと、そう思った。


 久しぶりの青の料理はやっぱり美味かった。

 4人でそれらに舌鼓を打ちながら、蒼汰の写真を一枚一枚見て行った。

 まひるの写真に始まった旅の足跡は、どれも宝物のように輝いていて、蒼汰は改めて自分のたどった道が長くて、曲がりくねっていて何物にも代えがたい、一生に二度とない時間だったのだと実感した。

 大橋冬樹の作品は意外にも桃が知っていたらしく、大興奮していたし、北斗の演奏にクラシックマニアな青も唸っていた。

 自分の旅のどの場面もおざなりに流さずに聞き入ってくれる三人の顔を見て、蒼汰はここで旅が終わったことを本当に幸せに思えた。

 北斗の演奏が終わり、パソコンの画面がまひるに戻った。

 蒼汰はマウスをクリックして、画面を閉じ三人を振り返る。メモリを戻したカメラを手にした。

「でもな、帰ろうって思った時、実家やなくて、ここを思い出してた。お前らの顔がみたいなぁって……」

 そして、カメラ位置をセットする。

「そやから、皆との写真で、この旅の撮影はクランクアップや」

 タイマーをつける。

「ほら、青も、藍ちゃん桃ちゃんも、入って入って!!」

 焚きつけられた三人は三様のはにレンズの向こうに集合した。

「もう!急なんだから」

 困った顔で前髪を直す桃

「ちゃんと入るかなぁ」

 気にしながら蒼汰の隣に立つ藍

 二人を苦笑しながら見る青

 そして、

「そのままでええって」

 大きな笑顔の蒼汰

 このかけがえのない時が、レンズに焼き付けられる。

 永遠に続きはしないこの時を、永遠に忘れないその為に。

 この四人だけで、しかも一人も欠けず写ったその写真は、意外にもこれが最初で最後になった。

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