片想い 1
新人歓迎会の飲み会の後、入学以来上がり調子だったテンションはその反動のように地の底を這っていた。
一瞬で火が付いた心臓に、氷が思いっきり投げ込まれたような…そんな感じだ。
大学生活は始まったばかりだし、しかも希望が叶い憧れの人のもとで映画を作れる目標も叶ったのに、楽しまないのは損だとは分かっているのだが…何かの拍子にあの泣き黒子の笑顔を思い出しては胸が痛んだ。
蒼汰はくしゃくしゃと前髪をかきまわし、講義の開始を待って扇状にならぶ机の一角に突っ伏した。
「梅田君。今日は園田君来る?」
同学部の女子の声が隣からして頭を上げる。
まだ化粧が馴染まない彼女達は、きっと今夜のコンパの為に精一杯の背伸びをしているのだろう。
蒼汰は愛想よく頷く。
「来ると思うで。まだ断って来てへんし」
携帯を見ると、メールの着信。青はいまだかつてメールというものを返信はして来ても自発的に送って来たことはないので、きっと他の人間からのメールだろう。第一、青もこの講義は取っているはずで、もうすぐこの教室に来る人間がわざわざメールするとも思えない。
「じゃ、こっちは3人だから」
「は〜い」
ひらりと手を上げると、彼女達は彼の後方に顔を上げてきゃいきゃい黄色い声を騒がせながら、他の席に移動していった。
千両役者のお出ましやな…と心の中で呟いて首を巡らせる。
「よぉ」
目があった青は、相変わらずのポーカーフェイスで当然のように隣にを一つ開けて座った。
この距離間にこの友人の不器用さが感じられて思わず苦笑いする。
「よぉ」
必要以上の会話もまだ好んでしようとしない。
はっきりいって最近彼が開催しまくってるコンパには全く向かないキャラクターだ。実際、コンパの席でも本人が楽しんでいる様子はない。
それでもやはり断りはしないから不思議だ。
蒼汰にすれば、彼につられてコンパに来る女の子は他学部や学年を超えて事かかないし…無口なぶん聴き上手な青と盛り上げ役の自分のコンビは結構受けていてリピーター…てこの場合言うのかわからないが、また飲みに行きたいと言ってくれる子も少なくないのである意味助かっているのだが。
ふと視線を違う方向に回す。
少しさえない感じの男子の塊が、あからさまな嫌悪の目をこちらに向けていた。
男の嫉妬は格好悪いで…と心の中で舌を出して隣の友人を見てみる。
鞄から教科書を出すその横顔はそんな視線に気が付いているのかいないのか…とにかく表情を変える様子はなかった。
ま、こうやって騒ぐのもそろそろ控えた方がいいのかもしれない。
どうせ…
蒼汰はサークルで配られた夏休み合宿のプリントに目をやった。
こんな馬鹿騒ぎでもあの泣き黒子は、自分の心臓を掴んだまま放してはくれない。楽しく笑えて、どれだけ他の女の子達と仲良くなれた所で…帰り道には迫ってくる虚しさと切なさの密度は増すばかりなのだ。
「なぁ…青」
「ん?」
顔を上げたその表情は…彼自身の恋にまだ気がついていないようだった。それとも、彼が藍に気があるんじゃないかって言うのは、自分の思いすごしだったんだろうか?
「解けない問題の答えを探すのって、無意味やと思うか?」
叶いそうもないこの想いを受け入れるのは、風車小屋に挑むドン・キホーテの様に愚かなことだろうか?
意外にもその質問に、青は「うん…」と唸り、真剣な顔をした。
「思考自体をすることに無駄って言うのはないと思うよ。もしかしたら、その過程でなにか違う収穫があるかもしれないし」
「そうか」
気持ちが不思議なくらいに軽くなる。
生真面目なその答えは、まるで今の自分を丸ごと肯定してくれているようだった。
蒼汰はやっぱり自分の直感に間違いはなかったと、彼を友人に選んだ事にある種の満足を覚えながら
「ありがとう」
素直に口にした。
礼を言われて照れたのか、鼻白んだ友人は傍から見たら不機嫌そうな顔をして前方の黒板に黙って視線を移した。
そんな彼に微笑む。
そして、自分の片思いの始まりにも…。
開始のベルがその時、教室内に響きわたった。