旅路 7
廻と別れてからも、いくつもの出会いと別れと発見を蒼汰は繰り返した。
気がつけば、沖縄まで辿り着いており、生まれて初めての船旅で見た夜空は酷く感動的だった。
本島に戻る船の甲板で、蒼汰は月明かりに纏まってきたストーリーの構想を書き綴りながら、少しずつ自分がシンプルになっていくのを感じていた。
余計なものが削れて、剥がれて、溶けて消えていく…そして残ったものがきっと、本当に大切なものだ。
「今なら、もう一度飛ぶ夢を見られそうな気がします」
蒼汰は月を見上げて呟いた。
まだ、今は空を飛ぶことは出来ない。でも、助走だけは随分して来た。
きっと、辿りつくべき場所に辿り着けたら、今度は思いっきり飛べる。そんな気がする。
一度じゃ無理なら、何度だって飛んでやる。偉い人間がたくさん集まっても月に辿り着くまでには何年もかかって、何回も命を賭した失敗を重ねたのだ。
自分の羽根じゃ、何百回の失敗も必要かもしれない。それでも、あの月に辿り着きたい。
暗い海を船は進む。
帰りたい場所。辿り着くべき場所へ。
蒼汰は目を閉じてみた。
そこには、彼女の顔があった。
映画を作る自分の姿があった。
そして、大切な友達の顔があった。
「帰ろう」
帰りながら、自分の伝えたいものを纏めて行こう。
きっと
童顔の友達はそれを綺麗な文章にしてくれるだろうし
照れ屋な大根役者は自分の考える世界を作り出してくれるだろう
そして……。
藍の事を思い、蒼汰はわずかに生じた痛みに目を開けた。
彼女の想いを、自分はどうすればいいのだろう? 明言されたわけではない。だから、かえって何もできない。なら、この、心を彼女には素直に曝け出していくしかないのかもしれない。
どうして恋は、こんなにも、人に苦しみを与えるのだろうか。
蒼汰は暗闇に揺らめく海に映った月影を見つめた。夜風がもうすっかり冷たい季節になっていた。
生きていく中で、誰かを求めずにはいられない。
求めれば、同時に苦しみがやってくる。
その苦しみの向こうに果たして、本当に幸せはあるのだろうか?
まひるに貰った鏡をポケットから取り出してみた。影が差すそこに映る顔は、まだ迷いに曇っていた。
「旅はまだ終わられへんなぁ」
溜息をつくと、それを仕舞い、もうすっかり癖になってしまった煙草を口にくわえたのだった。