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Apollo  作者: ゆいまる
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旅路 4

 蒼汰はまひるとの別れ際に、小さな安物のデジカメを買った。旅を続けるのに痛い出費ではあったが、それでも出会いを残したかった。

 彼女はいい顔になったら、写メールしてねとアドレスをくれた。彼女の夢も彼女の彼氏の夢も、叶うといいなと蒼汰は心から願った。


 その後、宮城を出て北上した。

 海峡を渡り、北海道の端まで行き、荒々しい冷たい海を眺め、また本土に戻ってきた。

 今は日本海側のルートで南下を始めている。

 行けるところまで行ってやろう。そして、できる限りたくさんの人やモノと関わろう…そう蒼汰はまひると出会って以来、決めていた。

 そうする事で何が『いい顔』で、どうやったら『いい顔』になれるのか、わかるかもしれないと思ったからだ。

 本当にそれで『いい顔』になれる保証なんかどこにもなかったし、たとえなれたとしてもその先には何があるのかもわからない。それどころか、この旅がどこで終わるのかすらもわからなかった。

 それでも蒼汰は構わなかった。『わからない』事それ自体に怯えるのをもう止めたからだ。

 わからないなら、答えを探せばいい。それがわかっただけで、自分に背を向けたように感じた世界は、またこちらに向き合ってくれるようになった。蒼汰にはそんな気がしていた。


 その夜も蒼汰はコンビニの駐車場で車を止めて、リクライニングを倒して横になった。

 たまに旅先で知り合った人の部屋に世話になることもあるが、夜はたいていこうやって休み、その日撮ったデジカメの映像を見直すのが常になっていた。

 それらを一枚一枚眺めていると、出発したのは時間にして2週間ほど前でしかないのに、ずいぶん昔のような気がした。

 今日の分を見終わり、うん、と背伸びをすると、チラリと後部座席のバックパックが視界に入った。

 何もかも捨てるといっても、結局たくさんのものを引き連れてきてるじゃないか、とその大きな影は言っているようだ。

「何持ってきたっけ」

 着替えが大半だったが、そう言えば鞄の底の方は触っていない。

 あの時、思考がままならなくて、とにかくあの場所から逃れたい一心で荷づくりしたから、自分でも何を入れたのか見当もつかなかった。

 蒼汰は身を起して鞄の中をまさぐった。

 底の方に何かが当たる。覚えのない感触に首をひねってそれを取り出した。

「あぁ」

 その手の中のモノが何か分かった時、蒼汰は思わずため息のような声を漏らした。

 それは、一冊のノートだった。いわいるネタ帳って奴だ。自分が三年になったら撮ろうと思っていた映画のアイデアや、浮かんだフレーズや映像、それら色々な事を、本人にしかわからない暗号のようなもので、この二年間書きためたものである。

「心は知ってるか。やっぱ、俺にはこれしかないっちゅう事なんやな」

 こんな状況でも映画を手放せない自分のアホさ加減が妙に嬉しくなって、蒼汰はそのノートを開けた。

 今の自分なら、どんな世界を作れるのだろう?

 どんな世界を作りたいのだろう?

 そして、彼女にどんな世界を見せたいだろう? 

 蒼汰は横になり、ノートを開けたまま、自分の顔を覆うように顔にそれを乗せた。

 目を瞑っても、どんな暗闇の中でも、気持ちが壊れようとしないのはきっと彼女を、紅を想う気持ちがまだあるからだ。

 北海道で出会った、ゲイのスタイリストは言っていた。

『あるがままを受け入れるのは勇気がいるけど、自分が一生懸命その人生を誇りを持って生き抜きさえすれば、きっと後悔だけはしないわ。少なくとも、一般常識を言い訳にして逃げ回る人生よりはね。あなたの味方は少なくないはずよ。だったら、なにも迷うことなんかないわ』

 言い訳か。そう、結局、彼女が結婚しようが子どもを産もうが、きっと彼女が彼女である限りこの気持ちは消えやしないのだ。

 結婚するから。子どもができたから。そんな理由で消せる想いなら、こんなに苦しみはしない。

 だったら、どうするのがいいというのか?

「俺にはこれしかないんです。貴女しかいないんです」

 呟いてみた。

 旅に出て、はじめて帰りたいと思った。ノートの奥の瞳から涙がこぼれ落ちる。蒼汰は、自分の心が以前のように動き出したのを感じた。そして同時に、まだ帰れないことも実感した。何かをつかむまでは、この情けない顔のままではまだ、彼女に会う事はできない。

 でも、いつか、きっと……必ず。

 蒼汰は何かを呟くと、そのまま深い眠りの闇へと落ちて行ったのだった。

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