旅路 1
−
ここはどこだろう?
蒼汰はガソリンの続く限り走ったその先の道で、給油ランプの点滅に急かされるようにガソリンスタンドに滑り込んだ。
見慣れない土地の名前は読み辛い。
一晩中寝ずに車を走らせたのもあり、猛烈な睡魔にも襲われていた。
「レギュラー満タンで」
「はい! レギュラー満タンですね!」
バイトの高校生だろうか。ハキハキした大きな声が、寝不足の頭にガンガン響く。
蒼汰は苦笑して頷くと、目を覚ますために外に出た。
早朝の外気は肌に冷たく、自販機で温かいコーヒーを買ってから体を捻って伸びをした。
あの夜以降、頭のネジが飛んだように何にも考えられなかった。
彼女と買った蒼次の、回し車の音だけが部屋中に響いていた。
何にもする気が起きず、自分はこのまま廃人になってしまうんじゃないかと思った。
蒼次の餌を食べる音だけが、部屋の中で生きていた。
目を瞑っても、開けていても、何を見ても、何を聞いても、思い出すのは彼女の事ばかりだった。
蒼次は横になって動かない自分を不思議そうに見ていた。
情けなくて、ため息も出なかった。
ちらりと窓の外に目をやった。
今まで信じていた世界が、冷酷なほどがらりとその表情を変えて自分を包んでいた。
悔しかった、情けなかった、やるせなかった、抜け出したかった……方法がわからなかった。
だから、すべてを一度全部棄てることにした。
初めにしたのは携帯の電源を切ることだった。
最後にしたのは彼女との思い出…蒼次を親友に託すことだった。
今の自分はちっぽけ過ぎて、すべてを棄てるのは意外に簡単だった。
コーヒーを飲み干すと、もう一本買い、車に戻ろうとして足を止めた。飲料用の自販機の隣にある煙草の自販機が目についたのだ。
それまで、吸ったことは一度もなかった。
高校の頃、好奇心に負けた同級生達が口にしていたのを見たが、別段憧れはなく、勧められても苦笑いで逃げていた。大人の気分を彼らは味わいたかったのだろうが、ルールを破った時点で、それはずいぶんガキ臭いんじゃないだろうかと思った。
でも、ビールの味が今は美味いと感じるように、今ならこの煙もそう感じられるのかもしれない。
蒼汰は迷いながら、見たことのあるパッケージの煙草を一箱買ってみたのだった。
料金を支払うとバイトはこちらが嫌になるほど清々しい笑顔で、何やら声を上げた。
エンジンをふかせる。
自分はどこに行きたいのだろう?
自分は何がしたいのだろう?
自分は誰なんだろう?
答えがこの先にある保証はなかったが、きっと部屋でハムスターという形の思い出や未練と餓死するよりはマシだろう。
行けるところまで行ってみよう。
無限に続きそうな道を生気のない目で見つめると、先ほど買った煙草に火を付け口にくわえてみた。
途端に、口中に経験したことのない苦みが広がって、蒼汰は吐き出しこそはしなかったが不快感に顔を思いっきりしかめた。
皆、こんなものを中毒のようにウマいといって、口にするのか?
理解に苦しみ、唇から離すとさっき肺に満たした朝の新鮮な空気を台無しにするような毒素が体中に沁み渡っていくのを感じ、たまらず窓を開けた。
県境の看板がずいぶん北上していることを教えていた。
手元の一本の細い毒の塊にチラリと目をやる。
自分の指に挟まったその白い物体は、ヘビースモーカーのあの男の事を思い出させた。
煙草よりも苦々しい思いが胸に広がる。
蒼汰は奥歯を噛みしめると、この一箱は絶対に吸いきってやろうと思った。
そして気が付く。
この苦々しさは、希望や目標を失った大人になろうとしている自分によく似合う事に。
蒼汰は自嘲すると、再びその煙草という名の諦めを投げやりに口の中へと放り込んだ。