裏切りの雨
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首都高の流れはそれでも緩やかで、気ばかり焦らせた。
時計と何度睨み合っても、その速度は変わらないというのにそれでも確認してしまう。
『関西人にはせっかちが多いね』
と言ったのは誰だっただろう?
自分ではそれほど短気だとは思っていなかったのに人に指摘された時、改めて自覚した。
そう言う事は、あの自分探しの旅では山ほどあって…今でもあの一か月は人生の財産なんじゃないかと思っている。
旅で出会った人や風景を思い出してみる。
高架下の未完成な壁画を自慢する少年
巨大な桜
ゲイのスタイリスト
早朝の雲海
元夫にDVにあっていたと言う老婆
初恋を忘れない音楽家
果てのない鉛色の海
告白を曲に込めるバイオリンを持った少年
地元の連れ
将来を信じる小児科医
澄み渡った空
遠距離恋愛の恋人を待つ女性
様々な人生を抱え、歩み、悩んで、笑って、時には一緒に泣きもした。
彼らの人生の何百分の一の時でも一緒に過ごせた事を、今でも誇りに思う。
そう、あの時紅の妊娠と結婚を聞いて、呆然自失で霧の中を彷徨っていた自分に、道標を示してくれたのは彼らだったではないか。
そして、帰る場所があることに気が付き…居場所を見失っていた自分は地に帰ることができた。
あの時、帰った自分を迎えたのは、他の誰でもない…青と藍だった。
それは、今となっては皮肉としか言いようがない。
彼らを裏切った先に、どんな道が開けるというのだろう。
『大切なものはいつだって心は知っている』
そう言ったのは、彼らの中の誰だっただろう?
『大切なものを全部は連れて行けない。神様は意地悪だよね』
確かこれを言ったのは、壁画を誇らしげに見上げていた少年だ。
もし、あの頃の自分に今あったのなら、自分はどんな言葉をやれるのだろうか。
「たいしたことは、まだ何も言われへんな」
でも、彼女に会えたなら、何かが言える人間になれる気がする。
蒼汰は霧雨の向こうに見えてきた空港をその瞳に写し、その大きな箱の中のどこかに居るであろう彼女を見つけ出す奇跡を祈った。