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Apollo  作者: ゆいまる
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裏切りの雨

 一目惚れは英語でも直訳できる。

 Love at first sight

 他にも言い方はあったが、とにかく、そういう現象はどこにでもあるって事だ。一種の突発的なアレルギーや病気に近いのかもしれないなと、蒼汰は過去の自分に溜息混じりの苦笑を浮かべた。

 雨足は和らいできている。

 背を向けた誓い

 置き去りにした約束

 それらは今、この冷たく残酷なまでに柔らかい雨の中でどうしているのだろう?

 視界の悪い真っ黒な路面の先を睨むように目を凝らしても、それらが見えるはずはない。

彼女を選ぶのに、さした時間が必要ではなかった。

 しかし、安易にこの道を選択したわけではない。

 蒼汰は今の今まで思いっきり踏み込んでいたアクセルを少し緩めた。

 飛沫を上げる音が耳に届き、ようやく何かの音楽がカーステレオを振動させているのに気がつく。

 この車を貸してくれた友人、青の好きなクラシックだ。曲名は分からないがきっと有名なんだろう。こういうジャンルに疎い彼にでさえ、聞き覚えのある旋律だった。

 不思議に思う。

 こういった有名なクラシックというのは、だいたいが大昔の人間が作ったものだ。最近のはやりの曲は五年といわずたった半期前でも、懐かしく感じたり古めかしく感じるのに、こんなへたしたら百年も前に生まれた曲が、未だに人々に新鮮な感動を与え、今も親しまれるというのはどういう事なのだろう?


『自分という存在を刻み込むんだよ。DNAに』


 あぁ、神崎川はそんな事を言っていたっけ。

 蒼汰はぼんやりと思いだす。

 本物は、民族も性別も時も空間も全てを飛び越え直接DNAに刻まれる。だから芸術は素晴らしいのだと。初めての映画部の飲み会の時に語っていた。

 ついでに『本物』になるためには、いかなる犠牲も仕方ないとも。

「その時に気がつけば良かったんやろか」

 呟いた声は湿った車内の空気に溶ける。

 その飲み会で、憧れの人と一目惚れの彼女が付き合っているのを、一つ上の先輩、塚口から教えられた時の衝撃は今でも忘れない。

 塚口は苦笑しながらも「憧れる気持ちは良くわかるけどな」とホローの様な言葉を自分にかけたが、そういった状況を全く予想していなかった当時の自分は動揺して二人を直視できなかった。

「本物か……」

 クラシックは本物になりきれない男を慰めるように、いや、もしくは優しい顔をして内心は憐れんでいるのかもしれないが…雨の音を従えて空間を満たして行った。


親友との誓いに背を向け

将来を約束した女性を置き去りにした自分は

なんの『本物』になれるというのだろう?


 蒼汰は県境を示す高速の表示に少し視線を上げて、再びアクセルを踏み込んだ。

 罪悪感に囚われるのを怖れる心は、再び過去への旅を始めた。

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