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Apollo  作者: ゆいまる
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拒否する背中 1

 蒼汰は相も変わらず自分たちを避ける青を捕まえるために、合宿の前夜無理やりに彼の部屋に押し掛けていた。

 この日なら翌朝早いし、出掛けはしないだろうと踏んだのだ。

 案の定、部屋に居はしたが至極迷惑そうな顔で、蒼汰は自分が仕掛けたドッキリ(女性の幽霊のまねをして廊下に立ってみた)も全く通用しない彼に、苦笑しながら強引に部屋に上がこんだ。

 もう、ここから動かないぞと意志表明するように、大きな荷物を降ろす。

「泊るつもりか?」

「ええやん〜。明日早いんやし、その方が合理的やろ。ほら、酒も持ってきてやってんから、泊めてや」

 蒼汰は胡坐を組むと、勝手に自分の持ち込んだものを広げ始めた。

 青はしかめ面のまま居間の入口に立ちつくして此方を睨みつけている。

 これではどちらがこの部屋の主人か分からない。

 紅が言っていた通り、手慣らされる、つまり自分の心の中のテリトリーに入ってきそうな相手を拒否する。その姿勢のようだ。

 相変わらず、青の部屋は綺麗でエアコン利いてて居心地がいいなぁ……とのんきに思っていた時だった。急に青が足早に近寄って来て、テーブルの上のビール缶を取り上げた。

「お、青はビールからか?」

 敢えてボケてみる。しかし。ノリ突っ込みなんてついぞした事のないこの関東人は、不愉快を顔中に集め低い声で言い放った。

「何のつもりだよ」

 本当に、猫のようだと心中で苦笑する。あの後、塚口部長にも何か事情を知らないかと聞きに行った。

 部長は「事情はまぁ、知らないこともないんだけだな」と言葉を濁し面白い事に彼もまた青を猫に喩えたのだ。

 周りにそんな風に見られているなんて青は知らないんだろうな、と蒼汰は涼しい顔で返した。

「それはこっちのセリフやで。ま、聞きたい事も山ほどあるし、興奮せんと座れや」

 追い出しもせず、無視もせず、こうやって口をきいてくれているのだから、入口には入れたという事だろう。

 まずは成功だ。

 蒼汰はプルトップをあげて、青に差し出した。

 しかし青は素直には受け取らない。それはもう、まるで餌を出されてもすぐには口をつけない野良ネコそのもので、蒼汰は苦笑して青の前にそれを置いた。

「乾杯ってのも変やけど。久しぶりの再会にかんぱ〜い」

 蒼汰は自分の缶をつけると、一口ビールを流し込む。

「それ飲んだら帰れよ」

 そっけない声だ。

 氷点下の眼差しもこの声も、ここまで来たら逆にやみつきになりそうやなと、蒼汰ほころびかける口元を隠すようにもう一度缶を口につけてから

「なぁ、スミレちゃんとは付き合ってんのか?」

 まずは確認することにした。

 この間の、苦しそうな彼女の顔を思い出す。

 ここははぐらかされるわけにはいかないと、青をじっと見据えた。

 しばらくの沈黙の後、青はため息をつくと

「別に。スミレがそう言ったのか?」

 吐き捨てるように答える。

「いや、本人はまだだって言っとった」

 その顔を彼は知らない。

 どういうつもりなのかはわからないが、そういう態度は良くはない。

 蒼汰は缶を机に押し付け、やや前のめりに青を問い詰めた。

「なぁ。どないしたんや? 俺達、なんか気に障ることしたか? スミレちゃんの事も……付き合ってないのにあんなの生殺しやで」

 自分たちへの八当たりにしても何にしても、彼女の気持ちを知っているはずだ。なのに、あんな期待を持たせるだけ持たせてお預けをくらわすなんて。

 しかし、青は

「お前に関係ない」

 取りつく島もない態度でいつの間にか手にしていたビールを一気に飲み干した。

 空になった缶を机に転がすと、今度は青の方が蒼汰を見据える。

 蒼汰はひるむ様子を見せず先に口を開いた。

「あのなぁ。心配したってんやんか。桃ちゃんもお前も、水くさいで。藍ちゃんの事は、もうええんか?」

 畳みかけるように二人の名前を挙げてみた。

 どちらの名前にも眉を寄せ不機嫌な顔をした青は、目を伏せた。

 一体、青に何があったというのだろう?原因はどちらにもあるってことか?

 考えていると、青の声がした。

「俺はお前に何も頼んじゃいない」

 まるで一音一音確かめるかのような口調で言葉をぶつけてくる。

「お節介もいい加減にしろよ。それに…」

 一度途切れるその間に、蒼汰はいぶかしんで彼の顔を覗き込んだ。

 まるで何かに追い詰められ、最後に一矢報いてやろうというような、そんな顔だった。

 青はそのまま射竦めるように蒼汰を見つめる。

「人のこと、とやかく言えないだろ。いつまでも女々しく他人の女追いかけ回してさ。いい加減、目を覚ませよ。お前が惨めになるだけだろ。こっちが見てられないっての」

「青」

 蒼汰は耳を疑った。青がそんな風に自分を見ていたなんて。しかもこれは……

「ぷ。なんやそれ。あはははは」

 思わず吹き出してしまった。

 なぜなら、青が言ったことは、以前藍が自分に言ったこと、そのままだったからだ。

 こんなところで、二人の気が合うところを見せられてもなぁ。となぜか蒼汰の方がくすぐったい気持ちになって青の頭をぐりぐり撫でた。

「お前、俺の事、そんな風に心配しとったんか。ほんまに……」

 蒼汰は一通り笑うと、涙目で青を見る。

「あんな、俺は別に周りにどう見られてもええねん」

 そう、もう何にも怖くない。

「紅先輩を好きな気持は、ほんまもんやからな。」

 彼女への気持ちは揺るがない。

 彼女の笑顔が、彼女の存在が今の自分を支えてくれている。だから、自分はそれを支えたい。これだけはもう、はっきり誰にでもいえる事だ。

 蒼汰は言い切ると、一気に破顔した。

「青は、ほんまに、かっこつけやなぁ」

「なっ」

 青がかっとなり顔が赤くなるのがわかった。

 そんな様子が可愛くて、蒼汰はもっと青が慌てる顔が見たくなり、言葉を続けた。

「塚口先輩が言うとった。青は寂しがりのくせに人間を怖がってる野良猫みたいな奴や。ああ見えて、人一倍コンプレックスを抱えてるんちゃうかってな」

 青は唇を噛んだ。どうやら反論できないらしい。

 いじめるのはここら辺にしておいた方が良いようだ。蒼汰はそう察すると、ひとつ間を置いてから、声を落ち着かせて、その頑なな横顔に諭すように話した。

「あんな。女と男の友情って正直、難しいかもしれへんけど。俺くらい信じろや」

 蒼汰はその時、目の前にいる親友がひどく不安げな顔をしているのに気がついた。

 いつも表情を出さず、容姿の良さも相まって自信あるように見えるけど、そうやって、肩ひじ張って人を拒むのは、青の自信のなさの表れなのかもしれない。

 そう思うと、一層、彼を放っておくことはできそうになかった。

 蒼汰はほほ笑むと、頭を撫でる手を止めて、またビールを差し出した。

「お前、自分の好きな所ないんか? 言うてみ?」

 青は差し出されたビールを受け取るが目は合わそうとしない。

 その様子は、仲間外れにされた子どもが、寂しいくせに素直になれないで拗ねているのに似ていて…。

 蒼汰は昔からこんな奴は見過ごせない性格だった。

 もったいないと思うのだ。本当に嫌いなら仕方ない。でも、勝手に「自分なんて」って諦めて、一緒にいれば笑えることも見られる風景も、みんなみんな気づきもしないで棄てる様な事になるのが嫌だった。


「言われへんのやったら、俺が言ったる」


彼の良いところならたくさん知ってる。


「朝まででも」


もし自信が持てないのなら 自分が気付かせてやる


「一日中でも」


それが友達だ。自分は、彼とこれからももっと笑いたいし、彼としか見られない風景も見てみたい。


「だから、友達を自分からなくすようなアホは真似はやめとき?俺は青のアホな所知ってても、友達やで?」

 青の凍った表情が雪解けのように和らいだ。途端に、蒼汰の心も解けて行く。久しぶりに笑顔を見せた青はビールで蒼汰の額を小突いた。

「お前、ほんまにアホやな」

 青のぎこちない関西弁。やっぱり、こいつはおもろい奴や。蒼汰は嬉しくなり微笑んだ。

そして、ここに来る勇気をくれた彼女、紅を思い浮かべ、次に会う時にはきっと良い作品と一緒に、今日のことを話そうと楽しみに目を細めたのだった。

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