視線の先に 6
誕生日を祝うというのにどんな意味があるのだろう?
自分を産んでくれた母に感謝する人もいれば、単純に生まれてきたことを喜ぶ人もいるだろう。
みんなで顔を合わせたり、集まるきっかけにしている人もいるかもしれない。
紅は、自分はどれだっただろうと考える。
「いい朝だな」
始発のホーム。
季節がらすでに明るい東の空を仰ぎながら、大きな影はそう呟いた。
彼、神崎川は誕生日を祝うのを厭う。
幸い彼自身の誕生日はクリスマスイブだから、彼に出会って三回訪れたその日はなんとか祝うことができた。祝うことで、彼に生まれてきたことを肯定してほしかったのだ。
電車が朝日に向かうように滑り込んできた。
車体がきらきら光ってまばゆく、紅は思わず目を細める。
きっと、彼にそんな事を言えば、笑って「自分ほど自分を肯定しているやつはいない」というかもしれない。でも…。
紅はその逞しい腕にすがるように手を添えた。
空を仰いでいた深い瞳が自分を振り返る。その中にまだ自分がいるのに安心して紅は微笑んだ。
彼が彼を肯定しているというのなら…どうしていつもあんなに寂しそうなのだろう?
紅には、彼は自分の才能は肯定していても、自分の存在そのものは否定…拒否しているような気がしてならなかった。だから、傍にいると決め約束した自分だけは、何があってもどんな彼でも、その存在を肯定し続けようと思ったのだ。
「どうした?」
朝日に照らされた彼は大きく微笑む。
その笑顔に、紅は先ほどの朝日を受けた車体を見た時のような感覚を覚え、また目を細めた。
「…そうか、今日は」
神崎川は勘違いしたのか、困ったように眉を寄せる。
紅は慌てて、自分が自分の誕生日のことを訴えているのではないと首を横に振った。
「誰かに…祝ってもらえそうか?」
静かな声には、この日を一緒にいることができないという罪悪感が混じっているのだろうか?紅は安心させる様に頷いた。
神崎川の顔が綻ぶ。
「梅田か?」
紅は首肯した。
神崎川にとって、いまや弟や弟子のような存在の彼だ、もともと隠し事は絶対にしないし、正直に答えても問題ないはずだった。
案の定、神崎川は苦笑して
「あいつも、頑張るよな」
というと、目の前に開いた電車のドアのほうに目をやった。
瞬間、紅は彼の心がもうここではなく東京…今手掛けている仕事に飛んでいくのを感じる。
「じゃ、梅田によろしく」
「ええ。気をつけて。いってらっしゃい」
紅は穏やかな声で手を振り、自分と彼を区切るドアを恨めしげに見つめた。
そのガラスに映る自分と、彼が重なる。
途端に息苦しくなった。
明日には帰ってくる。毎日一緒にいる。
暴力だって止んでない…。
それでも心は、こうやって離れるのは身が引きちぎれそうなほど…寂しい…と叫んでいる。
朝日の陰に黒くなった鉄の箱はゆっくりと彼を連れ去ってしまった。
巻き込まれた風が髪を乱し、朝日が再び降り注ぐ。
遠くの方で朝の訪れを歓ぶ鳥の声がした。
紅はその光の中…自分はここには似つかわしくない人間なのだと痛感して、あの影の中に戻りたがっている自分の性に苦笑した。
約束の時間までにはまだ数時間あった。
蒼汰は進みの遅い時計の針に溜息をつく。
本当は一日もてなしたかったが、紅がどうしても外せない用事が大学であるらしく、夕食を一緒に…との事になった。それでも、蒼汰の胸は朝から…いや昨日の夜から躍っており、早く会いたいと鼓動が駄々をこねていた。
3か月分のバイト代全額を握りしめ駅ビルをうろつく。
今日が給料日だったので、プレゼントをまだ買っていなかったのだ。
本当は青に一緒に探してもらいたかったのだが…。
青のことを思い、蒼汰の顔は僅かに曇った。
最近の奴は徹底してそっけない。サークルや講義には顔を出すのだが、誘えばみな振られてしまうのだ。
何か自分が悪いことでもしたのかと心配になったが、藍や桃に対しても同じようで…それに反比例するようにあの、4月は逃げまくっていた芦屋スミレとつるむようになっていた。
部内では、とうとうスミレの粘り勝ちで、二人は付き合っているのでは? という半ば確定のような憶測が飛び交っていたが、蒼汰が見る感じでは少しそれも違う。あくまで勘なのだが。
仮に、それがそうなのだとしても…女子を彼女の手前避けはしても、自分を避ける道理はない。
「おもんないよなぁ」
蒼汰は思わず顔をしかめ口を尖らせた。
本人がだめなら、一度スミレに訊いてみてもいいかもしれない。
「ま、今日はそんなんいいか」
いつもより余所行きの服なのは、今夜予約しているレストランがちょっと敷居の高いところだからだ。バースデー特典も頼んでいる。
喜んでくれるかなぁ…彼女の笑顔を想像すると、何とも言えないくらい幸せな気持ちになって、それだけで口元が緩んだ。
「さて…プレゼントは…」
女性にプレゼント…難しい。
でも、できるなら身につけてほしいし…アクセサリーが無難だろうか。
そう考えながら、この駅ビルに唯一ある有名ブランドの店に足を踏み入れた。
普段のGパンじゃ、ちょっと入れないようなシックな店内に、思わず緊張し「大丈夫や」と心の中で自分を奮い立たせたから、バイト代を入れた財布の入っている鞄に目をやった。
「いらっしゃいませ」
すぐにきっちりしたスーツに身を包んだ、美人な店員が声をかけてくる。
蒼汰は余裕を見せようと、笑ってみたが、ひきつってしまい「あの、アクセサリーください」と意味不明な言葉を口にしてしまったのだった。
店を出て、蒼汰はその手の中のきれいな包みに目を細めた。
店員は慣れないこの若輩者に好感を抱いたらしく、丁寧に一緒にプレゼントを選んでくれた。
指輪はサイズがわからないのでNG。
ネックレスは普段彼女はしていないのでNGではないが避けた。
結局、ピアスが無難だろうと…そういえば去年、クリスマス会に青がピアスを用意していたのを思い出し、納得した蒼汰は、その店員のお勧めに賛成したのだった。
予算に少し余裕ができたので、花でも買おうと思い立ち今度は花屋に向かった。
それにしても…と思う。
彼女へのプレゼントとなると、入りなれない店ばかりだ。
前はブティック、今日はブランド店に花屋…男が入るのにはどこも勇気がいる。
でも…
包みに目をやる。
彼女の笑顔が見られるなら、なんだってできる。
「何の花が似合うやろ〜」
花の種類なんかろくに知らないくせにそう呟くと、時計を見て
「アカン。急がな!」
はっとし、蒼汰は駆け出した。




