一目惚れ ３
「藍ちゃんとはメールとかしてんの？」
蒼汰は約束の時間より少し前に顔を合わせた青に、沈黙を埋めるよう訊いてみた。
少し唐突だったかもしれないが、昼間のやり取りを思い出し、彼女への連絡を頼んだのだから、聞いてもいいか。と思い返し、黙り込む青の返事を待つ。
『藍ちゃん』と親しく呼んでみたものの、正直…結構美人な子だったのはぼんやりと覚えているが、それ以上もそれ以下の印象もない。
青はその呼び名には特に気にならなかった様子で、黙って肩を竦めて見せた。
彼が彼女に多少の気持ちを抱いていると思っていた蒼汰は、呆れて青を見つめる。
「なんやそれ」
外見に反して、コンプレックスがあるどころか、意外に奥手なのかもしれない。もし本当にそうだとすれば勿体ない話だ。
蒼汰は涼しい顔の相手に閉口する。
自分は自分の外見はごくごく普通だと思っているが、そんな自分でも好きな相手が出来ると 必死になる。恋愛は早い者勝ちだとどこかで思っているからだ。
ぼやぼやしている間に、好きな子に彼氏ができて涙を飲んだっていう経験があるせいかもしれないが、こんなに恋愛において有利な外見をしていて奥手だなんて…信じられなかった。
本当に何もかも自分と正反対のこの男に、苦笑をこらえて視線を巡らせると、春色のコートが見えた。
「お、噂をすれば……やな」
蒼汰は話題の彼女。藍の姿を見つけ手を振る。そこにはもう一つの影があった。見覚えは全くない。
「ごめん。迷っちゃって。待った？」
見知らぬ女子と一緒に現れた藍は、軽い駆け足でこちらに向かうと自分達を見上げた。
その彼女の言葉に、蒼汰はまるで今来たばかりとでも言うような声で答える。
「全然。それより、そちらの彼女は？」
気になる事はすぐに尋ねる方だ。
一緒に現れた、背の低い、一見まだ高校生に見えるその女性に目を向けた。
「あ、紹介するね」
藍は彼女の背中に手を添えて、二人の前に一歩踏み出させる。
見上げたつぶらな瞳は丸い。幼さの残る頬の傍で何かを伺うように青の方を見ていた。
「西宮桃ちゃん。私のルームメイトで、昨日からサークルに入ったの」
「桃ちゃんか！かわいい名前やな！よろしく！俺は梅田……」
やや硬い表情の彼女の緊張をほぐそうと、わざと陽気な声で手を差し出す。
しかし…
「やっぱり園田君だったんだ」
桃はその手に全く気がつかず、青を見上げてそう微笑んだ。
なんだ。知り合いか？
勢いのそれた蒼汰は苦笑いをして行き場のなくした手をそのまま握り、名指しされた青を肘でつつく。
不思議と、食堂での女子達に向けたような邪険な表情はしていなかった。
「なんや。園田先生は、藍ちゃんだけやなくて、桃ちゃんまでもうひっかけてたんか」
「ば〜か」
青はそんな蒼汰の冷やかしを一睨みすると、説明を求めるように女子二人を見返した。
藍が慌てて口を挟む。
「あ、桃ちゃんがね、サークル迷ってるって話してて映画部と梅田君、園田君の話をしたの。そしたら、桃ちゃんも興味あるって」
「そうなんだ」
青も桃がここに来た経緯を初めて知ったようだ。
「じゃ、よろしく」
そういう青を見上げる桃の瞳に全く自分が入っていないのに、蒼汰は気が付いていた。
ここまでストレートに態度に出されると、かえって清々しい。
他の女子と違ってこんなにとっつきにくい青に果敢に挑んで来ているのだから、もしかしたらこの小柄で童顔な彼女は存外強い子なのかもしれないな…なんて蒼汰は青をまねて肩をすくめ、同じような顔をしている藍を目を合わせ小さく苦笑した。
