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Apollo  作者: ゆいまる
37/121

視線の先に 3

 芦屋スミレが起こした小さな波は、どうやら彼女自身と青の距離は多少縮めたが、青と春日の溝を決定的にしたようだった。

 ある日、皆の前でスミレの弁当をキッパリと拒否した青を、春日が責めたのだ。

 見た目も性格も両極端の二人は、映画部の爆弾の様な二人になった。

 この二人が一所に揃えば、いつ何時衝突が起こってもおかしくない。そんな緊張感ができてしまい、部員達はハラハラ見守るはめになった。

 塚口部長はそこら辺は心得ているから、二人の班を当然のように分けたが、蒼汰は少しそれも残念な気がしていた。

 青がむきになる事は珍しい。

 大抵の事は涼しい顔で受け流す。なのに春日に限っては彼が突っかかって来るほぼすべてに反応する。

 悪くない変化なんじゃないかと思った。

 人と深く関われば、多かれ少なかれ平静ではいられなくなる。

 青は藍に対しても、一年たった今でも見ているこちらがもどかしなるほど消極的だ。これで少しは感情表現も広がれば、恋にもいい影響があるんじゃないかと思う。

「なんてな」

 人の恋愛を気にする余裕なんて自分にはないのに。と苦笑しながら、脚本を製本する手を速めた。

「?」

 桃が不思議そうな顔をするので、変な顔をしてわらかしてみせる。

 ゴールデンウィーク前、映画部は脚本の製本に忙しかった。

 去年までは脚本の班が担当していたから、大変さなんて知らなかったが、今年からはそういった雑事は班を超えてみんなでする事になっていた。

 これも、結束を固めるための塚口部長の考えなんだろう。

「今日中に終わりそうやな」

 蒼汰はホッチキス止めをしながら首をまわした。

 授業が終わってから、2年だけで製本のラストスパートにかかっていた。

 今日は部の最終オリエンテーションに言ってる1年と3年がいないのだ。

 できれば終わらせたい。そうすればスケジュールにも余裕ができる。しかし、蒼汰は時計を申し訳ない気持ちで見上げた。

「すまんけど、俺、6時からバイトやねん」

 そう、この春からいくつかバイトを入れるようになっていた。ガソリンスタンドとコンビニ。必須科目の講義と神崎川の手伝い、サークル活動それ以外はみんなバイトにつぎ込んでいた。と、言うのも……。

 クリスマスイブのあの、ふわっと天使のような無邪気で可愛らしい紅の笑顔を思い出す。

 彼女の誕生日が来月の末なのだ。

 もう一度あの笑顔が見たい。そして、できるなら神崎川より少しでもいいものを贈りたい。そう思っていた。

「大丈夫。俺はバイトないから。先に帰れよ」

 青が顔を上げる。

 この間、その事を話すと彼は呆れ顔で閉口していた。

「すまないな」

 蒼汰は言いながら荷物をまとめ、桃の方を見た。

 ここ最近、彼女の周りで不審な影があり、青と交代で彼女の送り向かいをしていたのだ。春になると変な奴が増えて困る。

 桃が申し訳なさそうに

「ごめんね」

 と小さい声で謝った。それを隣の青が子供をたしなめるような口調で

「だから、お前が謝るなって」

 と、声色は冷たいがなかなか優しい言葉をかけた。

「うん……」

 桃は困ったように笑った。

 こんな事するから、桃は諦められないのだろうな、と蒼汰は心の中で肩をすくめる。

 みんな幸せになる方法があるのなら、知りたい。

 青も桃も大切な友達だ。

「じゃ、俺、そろそろ行くわ」

 蒼汰が立ちあがった時だった

「あの。私も一緒していい? 買い物したいから」

 おもむろに藍が席を立つ。珍しいと思った。買い物なら、終わってから皆で行けばいい。

ちらりと藍の影になった青と桃を伺う。なるほど。夏あたりにも感じていたが、女子は女子で共同戦線を張っているわけか。こりゃ手ごわいな。

 蒼汰は前髪をかき回した。ならば、外堀から埋めるしかない。

「じゃ、店まで送ったるわ」

 蒼汰は藍から色々と話を聞くつもりでそう言った。

 いまいち、彼女の事はよく分からない。青を応援するには彼女を知っておくのもいいだろう。

「うん」

 藍が快く頷いた。

 蒼汰は心の中で「青、任しとけや!」とウィンクすると、藍と二人で部室を後にした。


 藍が一歩踏み出そうと思ったのは、ほんの小さなきっかけだった。

 今朝、桃と見たテレビの星占い、ちなみに桃はうお座で藍は山羊座なのだが、二人とも恋愛運が最高だったのだ。

 そこで、最近桃に付きまとうストーカーのせいで、少しうかなかった毎日に何か変化をつけ好転させようと思ったのだ。

 そっと、駐車場へと肩を並べて歩く蒼汰を見てみる。

 彼は確か……

「ね、蒼汰くんの星座って」

「ん? 獅子座やで。獅子座のO型。藍ちゃん、占いできるん?」

 機嫌が良かったのか、鼻歌交じりだった蒼汰は気さくに答えた。

 藍は心の中のメモに獅子座、O型と記す。後で相性占いに使えるかもしれない。

「まぁ、朝の占いくらいは見てくるよ」

「ふぅん。やっぱり、女の子やなぁ」

 そう言われて、藍は少し気恥ずかしくなった。

 蒼汰に他意がない事はわかるが、いつもの『ただの友達』扱いからこう、女の子扱いされると、ちょっとくすぐったくて嬉しかった。

「で、ルームメイトの桃ちゃんとは恋占いでもするん?」

「桃ちゃんは好きかな。そう言うの」

 ルームメイトの彼女とは、たまに、二人でネットの占いサイトとかで遊ぶ。いつも真剣に自分と青との相性を調べては一喜一憂する姿が微笑ましい。

「で、藍ちゃんは、桃ちゃんを応援してるわけや」

 蒼汰の車まで着くと、藍を招き入れるように助手席のドアを開けた。僅かに自分を責めるような口調に、藍は複雑な気持ちのまま頷いて乗車する。

「あの……やっぱり、青くん迷惑って言ってる?」

「いや。どちらかというと、奴は今は『スミレちゃん』でいっぱいいっぱいやからな」

 運転席に座りながらそう答えると、エンジンキーを回してから蒼汰は顔を上げた。

「やっぱりって……藍ちゃん、何か知ってるん?」

 藍はそう訊かれ。申し訳なくなって頷いた。

「文化祭の打ち上げの時、自分には好きな人がいるからって」

 蒼汰は俄かに言葉を失ったのか、キョトンとして藍をしげしげと見つめた。

 それもそうだった。そこまで言うなら、なぜ青が告白しなかったのか、蒼汰には理解できなかったからだ。しかも、藍も藍だ。そこまで言われて、青の気持ちに気がついていないのか?

「で、藍ちゃんは……」

「ん。桃ちゃんを応援はしたいけど、青君の迷惑にはならないようにって。なんか微妙なんだけどね」

 藍は苦笑いすると、シートベルトを締めた。

 なんだか難しい顔をしながら車を動かし始めた蒼汰の横顔を窺って見る。

 それでね、桃ちゃんは、私の恋を応援してくれてるんだよ。蒼汰くんへのね。と心の中で囁いてみるが、やはり蒼汰の視界に自分が入る事はなくて……。

 苦しかった。

 これまで、彼氏がいた事もあった。

 でも、こんなに苦しくて長い片想いは初めてだ。

 一度『良いお友達』になってしまった自分は、どうやったら意識してもらえるようになるんだろうか?全くいい考えが浮かばない。

 視線を外にやると、下校する同学部の子が彼氏と歩いている姿が見えた。

 友達から一人の女性として見てもらいたい。でも。

「ね、紅先輩、元気?」

 そんな質問をして、自分はつくづく嫌な女だな、と溜息が出た。

 しかし、蒼汰はそんな様子に気がつく気配もなく

「ん。元気やで。卒論頑張ってはるわ。この間なんかな……」

 弾む声に彼女との時間を口にする蒼汰は、本当に幸せそうだった。その顔が笑顔に崩れるほど、自分の中の心が嫌な形に曲って行く。

「蒼汰くん」

 藍は自分の頭に血が上っているのを感じていた。でも、溢れだしたどす黒い感情は、もう止まらない。

「他の人の女の人追いかけてて、惨めにならない?」

 藍は行った後から唇を強く噛んだ。きっと、自分は今、すごく醜い顔をしている。嫉妬、妬み…醜く捻じれたこの想いこそ惨めだ。

「へ?」

 しかし、意外に背中に届いた声は明るかった。吹き出す蒼汰の声がして、何故か腹が立って振り返る。

 訝しむ藍に蒼汰は心底あっけらかんとした笑顔で

「そんな事、考えた事なかったわ。ほんまやなぁ」

 と、拍子抜けする位のんきな言葉を返した。

 そして、ゆっくりとスーパーの駐車場に車を入れる。

「確かにな。改めてそう思うとカッコ悪いな。でも、惨めとは思わへんで」

 藍のシートに手をかけてバックで駐車しながら

「もし、紅先輩が嫌がってるんやったら問題やけど、今の所拒否られてへんし。その間はちょっとでも可能性があるんやったら、頑張らせてもらうつもりや」

 そう答え、車を止めた。

 そして、あんな言い方をした藍に気を悪くした様子は微塵もない笑顔で

「心配してくれてありがとう。でも、心配やったら、青の心配したって」

「え?」

「あいつ、蟹座のAB型。明日でええから、アイツの運勢もチェックしたってや。アイツの片思い、今、うまく行ってへんねん」

 そう言うと、藍の前を横切る形で手を伸ばしてドアを開けた。

「あ、ありがと」

 藍は気まずさと、恥ずかしさにどもりながら車を降りた。

 そう。恥ずかしい。

 こんなに捻くれた自分は、真っ直ぐな彼の視界に入る資格があるはずないのだ。

「じゃ、また明日な〜」

 ドアを閉めると、蒼汰はそう、良く通るその声で手を振って、あっという間に去って行った。

 その車が見えなくなるまで見送る。

 藍は目を伏せ、拳を握り締めた。


どうしたら

そんなに真っ直ぐになれるの?

どうしたら

そんなに綺麗でいられるの?

同じ『好き』って感情なのに…

何故

私のはこんなに醜いの?


 ふと、あの日の温もりを手に感じた

 顔をあげて自分の手のひらを見つめる。

 自分の手を包んだ青の力強い手の感触。

 無性に青に会いたくなった。

 会って、また泣かせてもらいたかった。

 でも……。

 藍は手を握りしめると、首を横に振る。

 そして、自分の浅はかさと脆弱性に自嘲するのだった。

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