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Apollo  作者: ゆいまる
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視線の先に 2

 蒼汰にとって部室は、もはや青の部屋の次に居心地の良い別荘になっていた。

 蒼次の世話があるし、風呂や着替えがないから一日に一度は帰宅を余儀なくされるが、もしそれらの条件を満たされれば、映画は見放題だしエアコンのあるここは天国だ。

 今年は塚口部長のもと、大胆なサークル改革がなされた。

 神崎川がいた時の様なワンマンな体制でもなければ、こちらは蒼汰の入学前なので知る由もないが、それ以前の飲み会サークルの隠れ蓑でもなかった。

 きちんと組まれたスケジュールに細かな軌道修正をしていくための週一のミーティング。班分けも班員の顔が見える人数で括られており、部員それぞれに役割が決められている。

 それだけでも、なんとなくぼんやりで纏まっていたサークルにいい制度を取り入れたものだと感心していたが、塚口の良い所は実はその体制自体ではなく、彼の人柄にあると蒼汰は思っている。

 人に押し付けない。せそれでいてキチンと抜け目なく各部員の力をアテにしているのだ。

 また、計画は整然としているのに、いつでも軌道修正できるように必要以上にはきつくはない。フレキシブルだ。しかし実際、こう班を分けては統制をとる塚口本人は大変ではないかとも思った。

 青も同じ事を思ったらしく、一度尋ねたらしい。

「部長いわく『皆、いい大人何だし、班長もいる。うまく行くよ』だって」

 青は肩をすくめてそう言った。

 自分の力しか信じない神崎川と、人を信じる塚口部長。根本的に違うのだなと思った。

「梅田せんぱ〜い」

 鼻にかかった甘い声に、蒼汰はスケジュール表から顔を上げた。

 芦屋スミレだ。

 蒼汰は厄介なのに捕まったと苦笑いする。

 蒼汰はこの新入生を面白いキャラだとは思う。家庭教師のバイトをしていた青の元生徒で、彼に冷たく扱われ、見返す為にここに入学したのだとか。

 そのためだけに、努力して進路まで決めてしまうのだから、少々短慮とはいえ、ガッツはある。見た目だって目を引く美人だし、きっと青と並べば絵にはなるだろう。

 ただ、彼女には悪いが、青の方にその気はまるでなかた。

 あの男、ビックリするほど、自分が無関心なものに対しては何の遠慮も未練もない。

「青どこにいるかしりませんかぁ?」

 不満げに眉をよせ、きょろきょろ見回す彼女の手には、恒例の手作り弁当だ。

 自分なら、気はなくてもこう毎日毎日、自分の為に一生懸命になってくれる子をここまで無視はしないのにな。少なくとも、弁当くらいは食べてもいいのにと思う。

 しかし、青がそうしないのもよくわかっていた。

 この一年、桃や藍には話さないが、青が女子たちを切っているのを何度か見た。コンパでメルアド交換しても、帰り道にはさっさと「メモリに不要なのがあるの、気持ち悪いから」と削除するのも知っている。

 同学年の男子達には信じられないと冗談半分、本気半分に唖然とされたし、蒼汰ももったいない、と思うが、そういう男なのだ。

「しらん。スミレちゃん、今日も愛妻弁当?」

 多少気の毒に思いながら、蒼汰は鋭い視線を走らせるスミレに軽口を叩いた。スミレは唇を可愛らしく尖らせ

「はい。今日は朝の5時から頑張ったですよ。ほら、桜がもう散りかけでしょ?お花見出来るのも今日が最後かと思って、気合入れたんです」

 そう自分の手元の、これまた可愛らしい包みに目を落とした。

 彼女なりに、色々考えてるのだ。罪作りだなぁ。と蒼汰は今頃この彼女の影に怯えて逃げまくっているだろう青を思って苦笑した。

 まるで、子どもの頃みたアメリカのアニメだ。ネズミと猫の追いかけっこ。コヨーテとトリのもあったっけ。

「梅田先輩!」

 くだらない事を考えていた自分に、スミレが半ば八つ当たりのように厳しい声を飛ばした。 思わず「はい!」と返事してしまう。

「青、見かけたら、スミレに連絡くださいね! いいですね?」

「はい」

 その迫力に押され、思わず頷いてしまった。

「探して来ます。お弁当、置いて行きますから、誰も触らないように見張っててください!」

「はい」

 勢いで返事すると、スミレは長い髪を揺らして雄々しく出て行ってしまった。

 おいおい。と蒼汰は溜息をつく。形こそ丁寧語だったが、弁当の見張りなんて先輩に押し付けるなよ。

「俺だって、腹減ってるんですけど」

 思わず呟いた、その隣に誰かが座った。

「すごいね。芦屋さん」

 桃だ。桃は複雑そうな顔をして、スミレが置いて行った弁当に目をやった。

「蒼汰くん。お昼まだなら、これ食べる?」

 さっきの呟きを聞いていたらしく、桃はおにぎりを差し出してくれた。

 蒼汰は素直に「おおきに」と受け取ると一口頬張る。程良い塩加減に海苔の香りが食欲をそそった。

「芦屋さん。本気なんだね」

 呟く桃は唇を湿らすようにお茶を口にした。

「今回のライバルは手ごわそう?」

 あんまり重い空気は沈んだ気持ちには逆効果だ。蒼汰は茶化して尋ねる。桃は案の定、苦笑いして

「青くん気にする子、だいぶん減って来たのに、まさか新入生でこんな子来るなんてね」

 確かに、彼の難攻不落っぷりは在学生には有名だ。

 それを一番感じているのは桃のはずだが、蒼汰は青の気持ちも知るのでできれば早く彼女には見切りをつけてほしいと思っていた。それが、彼女のためだと思うからだ。

「桃ちゃんはまだ……」

 桃は眉を寄せて小さく頷いた。

「しつこいでしょ」

「あ、いや」

 自嘲の言葉に戸惑う。それを神崎川の恋人に恋する自分には言う資格はないからだ。それに、気持ちの強さをそういう風に考える思考回路は、蒼汰は毛頭持ち合わせてはいなかった。

「自分でも、時々そう思うの。友達にも言われる。さっさと諦めて、手に入る幸せ掴みなって。……でもね、どう思う? 蒼汰くん。本当に好きな人への片思いと、そんなに好きじゃない人との両想い。どっちが後悔しないのかな?」

 桃は強くて綺麗な心を持っているんだな、と蒼汰は感じた。

 口にするのは気恥ずかしかったが、尊敬の念すら抱いた。

「俺は、好きな人にしか好きって言われへんからなぁ」

 桃は小さく微笑んだ。

「うちら、不器用やね」

 初めて聞く桃の関西弁に蒼汰は目を瞬かせる。桃は悪戯が成功したような子どもの顔でそんな彼を見ていた。

 そうか。普段は、標準語の青の為に無理しているのかもしれない。そんな事、気にしなくていいのに。そういじらしく思っってから「頑張ろうな」と笑って見せた。

 二人はこの時、自分達しか部室にいないと思い込んでいた。

 後ろで桃の気持ちを聞いて呆然とする、影の薄い後輩の事など、まるで気がついてなかったのだ。

 入学式の校門でサークル勧誘する桃を見て以来、彼女に想いを寄せていたその二人の後輩、春日は愕然としていた。

 よもや、あの鉄仮面(春日談)にあの可憐な桃が恋しているなんて。

 手元にあったスケジュール表を、太い指で握りしめる。滅多に波立たない彼の心が俄かにざわつき始めた瞬間だった。

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