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Apollo  作者: ゆいまる
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嫉妬と憧憬 5

 クリスマス会なんていつ振りだろうか?きっと小学生以来だ。

 藍は青の料理が出来上がるのを待ちながらそう考えてみた。

 一緒に机の上に広げた、青のアルバムに顔を寄せ合う他の二人は、その頃の自分を思わせる無邪気な顔をしていた。

 ここに来る前に、桃は完成した手編みの手袋を入れた、自分とは色違いの袋を抱きしめ、今台所に一人で立つ彼の事を話していた。

 その彼女の目は本当にキラキラ潤んでいて、同性の自分でも可愛らしいと思うほどの表情で…藍はそんな風に恋出来る彼女が羨ましかった。

 自分達の前に広がる、桃の片思いの彼…青の世界を藍は好きだった。

 とてつもなく広い空間に、何もかもの存在を許している…それなのに、どこか寂しい…不思議な写真だと思う。でも、この世界観は何となく共感できた。

 青は以前一度、写真が好きなのはその向こうには自分はいないからだ…そう言った事がある。では、彼は自分のいない世界に何を求めているのだろう?

「これ、傑作やな〜」

 サンタクロースの格好をした蒼汰が、合宿の時の花火の写真に屈託なく笑った。

 彼がいたずらでネズミ花火を入れた缶を、2年の先輩が蹴り倒してしまい、周囲が軽くパニックになった時のものだ。

「もぅ、あの時、本当にびっくりしたんだからぁ」

「あはは。ええ思い出やろ? ガキの時にせぇへんかった? ロケット花火で打ち合いとか……」

「しません」

 桃と蒼汰の掛け合いに藍は思わず微笑む。

「なぁ? 普通するやんな? 藍ちゃん」

「しないよ〜」

 苦笑しながら手を横に振る。

「ほんま? 奈良では鹿の飼育とこれがスタンダード…」

「なわけないでしょ? 奈良県人に謝って!」

 吹き出す。

 蒼汰のこんないつも明るい所が好きになるきっかけだったのかもしれない。藍は笑いながら彼の横顔を見つめた。

 気がつくと、自分の笑顔の傍にはいつも彼がいた。

 初めはただただ面白い人だと思っていたが、サークルでの真剣で、自分の目標をしっかり持って突き進む姿をいつしか追うようになっていた。

 胸の奥が疼く。

 好き。

 心の中で彼に向って呟いてみた。

 もう、それだけで何故か泣いてしまいそうになった。

 再びアルバムをめくり始めた二人をよそに、藍はあの日、あの旋律に誘われ食堂を出て行った彼を思い出した。

 また疼く。

 自分は彼の笑顔が大好き。

 彼の夢を追う姿が大好き。

 でも……

 その彼が好きなのは、自分じゃない。

 窓ガラスが木枯らしに揺れ、乾いた音を立てた。


 クリスマスのプレゼントに特別な思い入れがあったわけではない。

 でも、街に流れるクリスマスソングや、テレビに溢れるクリスマスでは、この日贈るプレゼントは特別なものだと謳っていて…だから、藍と桃が仲直りするのにも、青と藍の距離を近づけるのにも役に立つと、蒼汰は期待していた。

 プレゼント交換と名を打ってはいたが、始めから藍と青に交換させるつもりだったので、予想外に手作りで来たとわかった時は少々桃には悪い気はした。

 誤魔化すように桃には少々大袈裟にはしゃいで見せたが、さすがにその程度では納得いかないようで、心苦しくなった。

 自分は彼女から気持ちを青への気持ちを聞いている。あとから文句の一つも来るかもしれない。言い訳を考えねば……と重い気持になった。

 それにしても、と涼しい顔をして「使えるものが欲しい」なんて、藍のマフラーを自分につきつけた青を呆れてみる。

 こんなに腐心してやったのに、何考えているんだ?

「おい」

 今、降り出した雪にはしゃぐ女子たちに気がつかれないように小突いた。

「ええんか?プレゼント」

 耳打ちする。青は眉ひとつ動かさず

「言ったとおり。いいじゃん。使えた方が」

 そう言い返してきた。

「使える使えへんじゃなくってなぁ」

 文句の一つでも言ってやろうと口を開いた時だった。


誰かの着信が鳴る。

心臓が跳ねあがる。


 このメロディーは紅からだ!

 しかも、このオルゴールバージョンはメールじゃなく通話!

 蒼汰はマンガの様な素早さで自分の鞄に飛びついた。

 あの日以来、メールのやり取りだけはよくするようになった。

 ハムスター、蒼次の様子を紅が尋ねてきたり、こちらが写メールで報告したり、とにかく堂々とやりとり出来るネタができたからだ。

 ちなみに名前を付けたのは紅で、そのセンスに思わず苦笑した。

 蒼汰にとってはメールの内容なんて、ハッキリいってどうでもよかった。

 彼女とどんな形でも繋がれる。その事実だけで幸せで。

 でも、正直、この通話の方の着信が鳴った事が数えるほどしかなかった事が寂しいと感じでいた。我ながら欲張りだとは思うが…。

 今日は神崎川の誕生日じゃなかったっけ?ふと頭をそんな事が掠めながら、急いで携帯を開き耳をあてる。

「もしもし。梅田君? 今、大丈夫?」

 あの声がして、もうそれだけで舞い上がる。

「はい」

 携帯を握りしめ、頷く。

「あの、いつも急で申し訳ないんだけど……私、明日小樽に戻らないといけなくなって。だから、できれば今日、会えないかしら?」

 メールのやり取りで、それとなく彼女の事を聞いていた。

 幼いころに両親を亡くし、小樽の祖父母に育てられた事。その祖父の体調が最近おもわしくない事。

「はい。わかりました」

 それにしても、こんな日に彼女に会えるなんて。事情は予想できるが、素直に嬉しい。その気持ちを抑えるのは難しそうだった。

「今、駅ビルのコーヒーショップにいるの。私の方は8時くらいまではここに…」

 たぶん、帰ってくる神崎川を迎えにでも行っているんだ。

 奴より後に会ってたまるか。

「すぐに行きます!」

 考えるまでもなかった。電話を切ると、すぐに立ち上がり皆を振り返る。

「すまん。ちょっと行くわ」

「おい、いきなり何だよ」

 ジャケットを羽織りだす蒼汰に青が眉を寄せ、不服そうに顔を曇らせた。

 蒼汰はサンタの帽子を脱ぐと、多少申し訳なさを感じながらも、自分の役目はもう済んだし、なにより一刻もはやく紅に会いたくて仕方なかくて、はにかみ悪気なく答えた。

「紅先輩からやねん。俺、車持ってるやん。それで、アッシー君。あ、古い?」

 適当な言い訳も思いつかない。気持ちはすでに駅ビルに飛んでいる。

「なんだよそれ」

「外、雪だよ?」

 腕を組んで憮然とする青の後ろから、藍が心配そうに言った。

 その言葉に窓の外を見る。

 ホワイトクリスマスか。恋人には最高のシチュエーションじゃないか。余計にテンションを上げた蒼汰は調子よくそう答えた。

「惚れた紅先輩のためなら、たとえ火の中水の中、雪なんてこのあっついハートで溶かしたるっちゅうねん」

 言いきってから、ふと、持ち上げた鞄の隣に置きっぱなしにしていた藍のマフラーに気がつく。

「ちょうどええわ。さっそく使わせてもらうで」

 勢いよくヒーローのマントよろしくそれを首に巻くと、玄関に急ぎ靴を履いた。

 肩越しに申し訳程度に呆れた風の三人を振り返り

「じゃ、悪いな。あとは三人で楽しんで〜。メリークリスマス!」

 そう声高に叫ぶと、一気に雪降る街へと飛び出した。

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