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Apollo  作者: ゆいまる
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嫉妬と憧憬 4

 黒い毛糸は幾重にも絡まり、一つの形をなして行く。

 単純作業の繰り返しにふと肩の重みを感じるけど、編み棒を繰るその一つ一つの網目に西宮桃はこの色をイメージしたその彼を想い、手を止める事はしなかった。

 図書室の一角。

 暖房のきいたその場所は、サロンのようになっていて飲食も許されており、休憩に使う生徒も少なくない。

 彼…青は喜んでくれるだろうか?

 手編みなんて嫌じゃないだろうか?

 藍からクリスマス会の事を聞かされ、二人で毛糸を選びに行った。

 彼女は蒼汰にグレイを選んで、自分は青に黒を選んだ。

 藍がその色を選んだ時、意外に思った。蒼汰はそんなモノクロよりもっと色のあるものの方が似合う気がしたからだ。実際、蒼汰がモノクロな服を着ているのをあまり見た事がない。

 一方、青はモノクロが多い。色のついたものと言っても、暖色系を着ているのは見た事がないし…グレイなら青の方がイメージだ。

「…」

 正直、たまに藍の事が分からなくなる。

 藍から彼女の気持ちを聞かされたのは、夏休みに入る前の事だった。それで、お互い、お互いの恋を応援しようって約束したのだ。確かに、自分と青を二人にしようとしたり、気を使ってくれることもある。でも…学園祭の後の打ち上げ…それから彼女は少し変わった。

 青と二人でいなくなってしまって、帰ってくるまで連絡も取れなくて…戻って来てからは前より積極的には応援してくれなくなった。

 疑る自分の気持ちは汚いと思うけど…だから、すごく苦しいんだけど…それでも小さな心のしこりは確かに胸の中にあって…。

「あ、桃ぉ。何してるの?」

 同じ学部の友達が声をかけてきた。

 最近彼氏ができたその子は、彼氏の腕を離れると駆け寄って来た。

 そういえば…クリスマス前にカップルが急増している。

 ふと視線を巡らせると、彼氏の方は手持無沙汰に自販機を見上げていた。

「編み物だよ」

 桃は手を置くと顔を上げてこたえる。

 友人は目を丸め

「誰に?まさか、あんた、まだ園田青なの?」

 そういえば、彼女も入学当初は青を紹介しろとうるさかった口だ。

 桃は気まずい思いで頷いた。友人は呆れ顔だ。

「頑張るわね〜。彼、難攻不落って評判じゃない?あの英文の茨木さんも振られたって噂よ?やめときなよ〜」

「うん…」

 桃は返事とも相槌ともつかない声を漏らして眉を寄せた。

 英文の茨木さん…結構可愛い子だ。

「きっと、地元に彼女でもいるのよ。あんな難しいのより、身近な幸せに気が付いた方がいいわよ」

 何故か勝ち誇ったような口調でそう言うと、そっと肩越しに自分の彼氏に目をやる。

「せっかくの大学生活、寂しく片思いで終わるより…手に入る幸せ掴んだ方がましだって」

「そう?」

 確かに…今のところ全くと言っていい程青に脈はない。

 夏に妹のようだと言われてから、自分なりに髪型や服装を変えてみたり、化粧だってするようになったが、気づく様子は一向になかった。

「叶わない恋ばかり追いかけるなんて無意味よ。なんなら、彼の友達紹介しようか?結構、園田青じゃなくても良い男はこの世にいるって」

「…ありがと。でも、今はいいや」

 少なくとも、この手袋が完成するまでは彼を想い続けていたい。

 あっさりした友人はキョトンとすると「あんた、見た目より結構頑固なのね」と苦笑してから彼女を呼ぶ彼氏に振り返った。

「じゃ、行くね。気が向いたら連絡してよ」

「うん」

 再び彼氏の元に戻り、仲よ下げに腕を絡めて出ていく二人を見送る。

 無意味か…桃は手元に視線を落とした。

 恋は叶わなければ無意味なのだろうか?

 確かに…片想いは苦しい。切ないし、不安にもなる…。

 でも、同じくらい相手の笑顔を願う時に幸せな気持ちになって…その笑顔に自分が出来る事を探している間…本当に温かな気持ちになれる。

 できるなら、その笑顔の一番傍にいつもいたい…そうは思うが…。

 彼女がいるなんて話は聞いた事はないし、様子を見ている限りその可能性は低い。でも…。

ちりっと胸の痛みを感じ、何とも後味の悪い想像に顔をしかめた。

 青には好きな人がいる?それは…もしかして…?

 軽く目を閉じて、頭をふった。

 そしてその卑屈でネガティブな想像に自己嫌悪に陥る。

「青くん…」

 その形のない靄の様な不安を振り払うように声にしてみた。

 そしてさらに小さな声で、親友の名を呟いてみる。

 それはないよね…祈るような気持ちで溜息をつく。

 少なくとも、藍は蒼汰を好きだと言っていて、自分が青の事を好きなのは知っている。だから…気にする事はないはずなんだ。

 不安はいつも悪い想像しか連れてこない。それを親友に八つ当たりするのは止めよう。

 桃はそう思いなおすと、嫌な想像を忘れるように再び編み物に集中し始めた。

 どこかでこの心の隅に沁みついた疑惑はもう消える事はないだろうと、わかっていながら…。

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