裏切りの雨
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蒼汰は、また雨足の強くなった雨雲を仰いだ。
灰色に塗りたくられたその空には、何の表情もない。
初めで最後になった神崎川との作品は、今でも詳細に思い出せる。
出来あがった作品を見た時に、神崎川の底のない才能に言いようもない虚脱感を感じ、真剣に逃げ出したくなった事も。
あの時、青が傍にいてくれたから、自分はもう一度リングに上がる事が出来た。タオルを投げかけた自分の手を、とめてくれたのはいつだって、彼だ。
「青」
そんな彼との約束を、自分は破った。
本当はわかっていたんだ。
まだ、青に藍を想う気持ちが残っているという事を…でも、自分にとってももう、彼女はかけがえのない存在になっていて譲れなかった。
「俺は卑怯やったな」
自嘲する。
昨夜、自分に藍を託すと口にしてくれた親友は、きっと全ての信頼を寄せてそう言葉にしたのだろう。そして、あの時は自分も自分の人生を全てかけてでもその約束を果たすつもりだった。
なのに、約束をあえなく破った自分は、その事に後悔すらしていない。
一度、塚口に自分と神崎川は似ている所があると言われた事がある。その時はどこが…と思ったが、こういう所かもしれない。
何かのためには、全てを投げ出せてしまう。そう言う所。
冷酷だと思った。
我儘だと思った。
その神崎川の一番嫌な部分が自分の中にもあるって事か。
窓を伝う雨が藍の涙を思わせた。
彼女の気持ちに気が付いたのは、神崎川の大学最後の作品よりずっと後のことだったが、彼女は一体、いつから自分を見ていたのだろう?
彼らが大学にいる間は正直、彼女の事は自分の視界に入っておらず…思い出の中でも彼女の影はぼんやりとしていた。
彼女の気持ちに気がついても、心の中にすら入って来なかった彼女にきちんと向き合った時、ようやく初めて彼女のその笑顔の愛らしさに気が付いた気がする。
その笑顔を、大切だと思った。
彼女と一緒に歩いて行こうと思った。
それは本当だ。でも……。
ステレオからの曲が切ない高鳴りを歌っていた。
そのバイオリンの調べに、蒼汰はこみ上げそうになる涙を飲みこんだ。
自分が泣くのはもっと卑怯だ。
自分は『捨てた』側なのだから。
高速を滑る車の影が増えて来た。
顔をあげると、空港のある町へもう数キロのところまで来ているのがわかった。