疑惑 1
好きな言葉は『堅実』『誠実』『現実』…少々地味か?
ミーティングを終え、皆が雑談し始めた頃、塚口は苦笑を噛み殺しながら自分の荷物をまとめた。
そんな事を考えたのは、ちょうど自分の向かいに座っていた、蒼汰がたった今、同じような事を言ったからだ。
彼は『勇気』『勝利』『友情』ってどこかの少年漫画雑誌のキャッチフレーズをそのまま口にしていた。本気なのか冗談なのかよくわからなかったが、彼らしいなと思った。
この元気のいい一年に、塚口は好感を抱いていた。
自ら志望して入部してきた彼を、初めは調子のいい関西人…そういう目で見ていたのだが、騒がしいのを引いてみると実にサークル活動に対しては真面目で熱心だ。
このサークルは夏休みに入るまでは脚本班以外の活動はほとんどない。それはこれまでの慣例で…塚口自身はあまりその慣例は好きではなかったが…他のサークルに比べると、どこか緩かった。
部長の神崎川にしても、熱心なのだが…この一年彼を見て来て、あの天才の映画にかける情熱や知識、センスそれらを自分達凡人に照らし合わせる事は無意味に等しく…部長本人もそれを周りに押しつける気配すらないから、限りなく独走に近いワンマンな空気を感じていた。
それを、うまくクッション役でまとめているのが彼の傍にいつも影のように寄り添う副部長だ。
塚口は差し出された冷たいお茶に顔を上げる。
まさにその副部長…紅が皆を労い振舞っているものだった。
「すみません」
今日はリーダー会議の為にたまたま気の利く人間がいない。
先輩である紅に気を遣わせて、その事に塚口は礼とも謝罪ともつかない言葉を口にした。
紅は密やかな笑みを浮かべただけで、他の部員の方へと視線を移した。
塚口は麦茶を口に運びながら、再び皆の様子を観察する。
人間観察は癖に近い…。
どんな人間も興味の対象になりえたし、いま視線の先にある後輩…彼のように大きな流れに一石を投じるような人間は非常に魅力的だった。なぜなら、自分にはそんな事は出来ないからだ。
観察し、分析し、理解はしても、流れを乱したり変えたりするのは得意じゃない。そういう点では、蒼汰よりもう一人の一年…いつも無口な青の方が自分に近い人種な気がしていた。
まぁ…背の高い彼と、女子よりも背の低い自分とでは、視線の高さと見てくれにかなりの差があるのだが。
塚口は、それらは皆個性だと思っている。
悲観する事もましてや卑下する事もない。
色が違う、味が違う…人には向き不向きがあり、適材適所…言いかえれば様々な人間がいないと世の中成り立たない。
それだけの事だ。
「塚口、時間あるか?」
今まで蒼汰に質問攻めにあっていた神崎川部長が、ようやく解放され大きな声をこちらに飛ばした。疲れは全く見えない。むしろ、思う存分話せて満足しているようだ。
きましたか…塚口は心の中でほくそ笑む。
部長はこんな自分の個性をずっと前から把握している。
きっと、今回のスケジュール作成に置いてのまさに『適材適所』を果たす為に、人間観察を得意とする自分の意見を聞きたいのだろう。
「ありますよ。飯でも食いに行きますか」
塚口は快く頷くと立ち上がった。
一瞬、紅の方をちらりと見る。
不思議と、彼女だけは自分の観察眼が役に立たない。
あの笑顔は心からのものでもなく、漂う影ははっきり感じるのに、それが何だかは判然としていて分からないのだ。
まぁ、部長という彼氏がいるんだから、自分が気にする事ではないさ…塚口はそう思いなおすと、自分に神崎川を任すとでも言わんばかりに頷いて見せた紅に頭を下げて応えた。
自分を羨ましそうに見上げる蒼汰に「お前とはまた今度な」と声をかける。
今年は神崎川と一緒に映画を撮れる最後のチャンスだ。
塚口は、自分も去年まで蒼汰と同じように監督を目指していた事を思い出し、彼の真っ直ぐな目に苦笑した。
そして先を行く神崎川の大きな背中について行きながら願うのだ。
あの真っ直ぐな後輩が、自分の様にこの化け物のような才能に飲まれてしまわない事を…。




