片想い 11
想像していたものより花火大会ははるかに盛大だった。
大阪である有名な淀川花火大会よりはさすがに規模は小さいものの…この街の規模にしては上出来だ。
蒼汰はウルトラマンのお面を後頭部につけると、もうたがが外れたかのように出店という出店を制覇しにかかった。
こんなに大人になって良かったと思う事はない。
子どもの頃に親から貰った1000円札を握りしめ、友人達といかに夏祭りを楽しむか必死になっていたのを思い出す。あれはあれで楽しかったのだが…こう、大人買い…というのか、好きなものに片っ端から手を出せるって言うのも悪くない。
ちらりと振り返ると、後ろをついて来ている筈の二人が何か話をし、ちょうど手をつなぐところが見えた。
桃の話によると、藍は実家の用事の方が押して出発が遅れたそうだ。
頑張って花火大会に駆けつけるつもりらしいが、それもギリギリか…間に合わないかもしれないと…なら、悩む必要はなかった。
ここに来る前に青にも藍の事をどう思っているのか探りを入れたが、本人も特に意識はしていないらしい。たとえ、気にはなっていたとしても、それはほんの僅かで…つまり、まぁ桃のサポーターをするのに障害になるほどではないという事だ。
そこで、自分は夏祭りを思いっきり楽しみつつ、二人を置き去りにする事にしたのだ。
手を繋ぎながらこちらに向かってくる二人を確認し、自分の作戦の成功にさらに気分を良くした蒼汰は、大きな声で的あての親父に声をかけた。
青の涼しい顔に戸惑いながらも手を引かれる桃。まるで兄妹の様な二人に思わず笑みが零れる。
手渡されたボールに、せめてこの花火大会の間だけでも、桃に幸せな時間が訪れますように…と願いをこめて的に向かって投げたのだった。
「ったく…お前のせいだぞ」
結局、蒼汰のせいでついた花火会場はすでに人がいっぱいで、斜めになった土手にしか座る場所は取れなかった。
戦利品を手にいっぱいにし…一部は桃にもお裾分けした…満足そうに目を細める蒼汰を青は睨みつけた。
笑って誤魔化し、桃にウィンクすると桃は礼を言うように可愛らしく微笑み返した。
藍からの連絡はまだない。
青がさっきから頻繁に携帯をみているが彼にも連絡はまだないらしい。
三人で周囲を見回してみるが、それらしき人影もなかった。
夜の帳が夕闇に静かに降り、大会事務のアナウンスの頻度が高くなってくる。
打ち上げの時間が近づいているのだ。
嫌がおうにもその夜空に彩る煌めきの競演の始まりに、人々の興奮が高まり、普段は静かなはずの河原の夜気に熱気が覆いだす。
「いっよいよやなぁ」
テンションの落ちない蒼汰は団扇で扇ぎながら空を見上げる。
カウントダウンが始まった、その時だった。
「あ、部長と紅先輩!」
桃の声。
予想もしていなかったその名前に心臓が跳ねあがる。
桃が顔を向けるその方向を見ると…数十メートル離れた人ごみ中に、お互い浴衣姿で寄り添う二つの横顔。
「…」
自分でも意外なほど胸が痛んだ。
人影の波の向こうに、その二つの離れ小島の様な二人は果てしなく遠い存在に感じられた。
まるで嵐の海に投げ出された遭難者が、手を伸ばしてももがいても絶望的なまでに辿りつけない場所を見るような…そんな気分だ。
以前は二人の姿を見ても、ここまでではなかった。
無意識に着信を変えた携帯に手が伸びていた。
彼女を想って、何の曲にするか頭をひねり、一人気恥ずかしい思いで着信メロディーの設定を変えた自分が、愚かでアホらしく思えてくる。
昨夜感じた嫉妬よりも、激しく重苦しくそれでいて諦めに似た焼けつく気持ちが喉にせり上がって来た。
それは喉の内側に貼りつき、まるで声を出させない。
目をそらしたいほど絵になる二人なのに…そこから視線を外せない。
頭上で光の塊が轟音とともに弾けた。
本当の恋というものはこんなに苦しいものかと、愕然としてその光に浮かぶ二人の幸せそうな笑顔を見つめた。
頭上で競い合うように大輪の花を咲かせては潔く闇に溶け行く花火は、まるで生き急ぐ蝉のようだ…。
蒼汰は二人から引き剥がすように視線を上空に移すと、目を細めた。
自分のどうせ恋も散るなら、こう潔くありたい。
一生懸命、やれるところまでやって…その先に消えゆくとしても、この花火や蝉達のように自分の中に刻みこめるような…そういう恋にしたいと願う。
たとえ、その痛みが一生を左右するものであっても構わない。
彼女に出会えた…その事を思い出に変える事がいつかできたとしても、忘れる事だけはしたくない。
それほどまでに
視界に入っていないはずの二人の影を感じて息をのむ
そう
これほどまでに
自分は彼女の事が好きだ。
……何故?
そんなに好きになるきっかけや出来事があったのか?
そう自分の心に問いかけるが、それには否定に苦笑するしかない。
でも…どうしようもないくらいに惹かれてしまう。
それを嫌になるくらい認識させたのが、この胸を身を焦がすほどの嫉妬だったというのは皮肉としか言いようがないのだけれど…。
帰り道は、二人に悪いが一言も話す気にはなれなかった。
二人がどんな様子で、打ち上げの間どうだったか何かまるで見ていなかったし、帰り道の様子も視界には入らなかった。
桃を送り届けるのを青に任せ、一人家路に向かう。
携帯が後ろポケットで細かな振動を伝え、メロディが流れた。
でも、それは彼女の為に選んだものではない。
小さくため息をつき、着信が誰からかサブディスプレイで確認してみる。
藍からだ…たぶん、今日、合流できなかった事へのメールだろう。
悪いが、今はそれに応じる気力もわかない。
携帯を開きもせず、再びポケットに突っこむと、忌々しいくらいに煌めく星を仰ぎこの夜気に今のわだかまりを全て吐き出すように深呼吸をした。