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Apollo  作者: ゆいまる
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片想い 10

 背をむけ、ふと思いつく。

 携帯を開け、ある番号にコールした。

「あ、もしもし赤也? 俺。うん。ちょっと聞きたいねんけど、一緒におられへん女になにかプレゼントするとしたら、何がええと思う?」

 友人からの詮索混じりのアドバイスに頷き、礼を言って切る。

「花か……」

 独り言をつぶやくと、コンビニに売ってるか悩みながら足を向けた。

 ふと、ポケットに突っ込む前に携帯を見つめる。

 紅先輩の着メロだけ、特別にするかな…たわいもない事だけど、それは自分への決意の表れになるような気がした。

 何の曲にしようか考えながら、夜のコンビ二に顔を上げる。

 そして、ふと明日、仕事から帰って来た母親が花を見て、どんな顔をするのか想像して苦笑するのだった。

 次の日の朝、蒼汰は食卓の上にコンビニで手に入れた貧相な花束を置いて家を出た。

 忙しい日々の中でも台本を手放すことはなく、彼の頭の中にはほぼ全てその内容が入っている。

 自分だったらどんな風に撮るか、どこでどんな効果を使い、どんな効果音や音楽を流すか、さらに神崎川ならどう撮るか、そんなシュミレーションまで出来上がっていた。

「さて」

 朝早い駅のホームに人影はない。

 遠くで蝉の声がする。耳を澄ませば、どこかの公園で集まっているのだろう子供達の声と、ラジオ体操の曲が微かに聞えて来た。

 東の空に目を凝らすと、それを受けた電車が緩やかなカーブを曲がり真っ黒な影の塊となってホームに滑り込んで来る所だった。

 これからが本番だ。

 蒼汰は自分の両頬を叩くと、自分に向けられ開かれたドアに一歩足を踏み入れたのだった。



 気合いを入れて地元を出発し、ここに着くまではそのテンションも高かった。

 昨日の紅からのメールででは、他の部員に先駆けて監督・演出班が先に集まり、撮影前の打ち合わせをするらしい。きっとそこで、今回の神崎川の構想が明らかになる。

 そう思うと大学のある町に近づくにつれ、その期待感と緊張感が同時に盛り上がっていき、今夜の青達との約束を忘れかけるほどだった。

 自分の部屋のドアに鍵を指す頃にはその気合いも最高潮で、今から呼ばれてもすっ飛んで行けそうだったのだが……

「うっわ」

 それは自分の部屋の惨状によって一気に吹き飛ばされた。

 そうだ。ここしばらく実家のあの整理された清潔な環境に馴れていたから忘れていたが、自分のこの部屋は、どこをどう見てもきれいとは言い難い。というか……汚い。

 冷蔵庫は開けなくてもわかるほど空っぽだし。

 時計を見る。約束の時間には少し早いが

「別荘に行くか」

 蒼汰は呟くと、荷物を下ろし、申し訳程度にかった土産を手に『別荘』すなわち青の部屋へと向かう事にした。

 彼の部屋はいつ訪れても綺麗だ。

 扇風機しかない自分の部屋と違って、エアコンもあるし、腹が減ったといえば文句を言いながらも何か作ってくれる。しかもそれがまた美味い。よく考えたら同じメニューが出て来た事もない。

 もう、青が女ならプロポーズしたいほどだ。

「あぁ言うのを器用貧乏っていうんやろうな」

 本人が聞けばあの形のいい眉を跳ねあげそうな事を言うと、夏の眩しい日差しに顔をしかめながら携帯を取り出した。



 夏祭りか……。青が戻っているのを確認でき、安心しながら刺すような日差しの中を行く。ふと、この日の為に浴衣を真剣に選んでいた桃を思い出した。

 藍もメールで浴衣を着ると言っていた。二人とも可愛いから、見ごたえはあるだろう。

 そこでだ。どちらを応援するかだが……。

 青が藍を想っているのなら、桃には悪いがそちらを応援しないといけないだろう。自分的には芽生えつつあると思っている友情に、いつもの飯の礼を兼ねて。

 でも、そうでもなさそうなら、あの、一生賢明で一途な恋心をなんとかしてやりたい。なにせ、彼女には悪いが、青に脈は今のところ無さそうなのだから……。

「探ってみるか」

 どうせ、自分が紅に会えるのは明日以降なんだし。

 そう、気楽に考えると、青のマンションの階段を駆け上がった。

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